第10話 戦闘開始

第一印象は人形のような、血の気のない怖い印象を抱いたが、こうしていくつか言葉を交わしてみると、それほど突拍子もない様子はなかった。


むしろ、表情だけは平静を保ちつつも、地面を剣でガリガリ削りながら歩いている俺のほうがよっぽど変な奴だろう。


岩を削っているときは、まさか自分が中に入るなんて思ってもいなかったから平気だったが、状況が変わり、いざ自分より倍以上も大きな扉の前に立ってみると、心臓は高鳴り、足が震えた。


そんな俺をよそにリヴィエッタは躊躇なく扉を開き、中へ入った。それに続くようにして、初めてのダンジョンへ足を踏み入れた。


大きな音を立てて扉がしまり、辺りが明るくなった。


先ほどまでいた殺風景な荒野とは異なり、丁寧に整備された洞窟のような印象を受けた。全体的に紫色をしていて、床はタイルのように平らで歩き心地はよかったが、壁は岩っぽいゴツゴツした感じだ。普段、自然の洞窟で仕事をしている俺からしたらふしぎな違和感を覚えたが、これがダンジョンか、と感動した。


「うっ……」


心の準備をする間もなくモンスターが現れたことで、小さなうめき声が漏れてしまった。赤い鬼のような見た目をしたそいつは、いきなりリヴィエッタに襲いかかったが、彼女は華麗な身のこなしでそれをかわした。


自分よりも一回り以上大きな巨体が、いきなりこん棒を振りおろしてくる。以前、穴掘りスキルを試して森に迷い込み、モンスターに襲われた忌々しい記憶がよみがえった。ふわふわした妄想から現実に叩き落とされた感覚。


こなければよかった……。


リヴィエッタは赤鬼を引き付けて俺から離れると、黒い炎をまとわせた鎌で切った。瞬殺だった。


「すげぇ……」


リヴィエッタが切り捨てたモンスターと同じものが三体、続けざまに出現した。


忘れかけていた勇者への憧れと、軽々と倒したリヴィエッタに背中を押され、重い剣を何とか持ち上げて赤鬼に切りかかった。


「俺だって……!」


が、隆々とした太い二の腕に弾き返されてしまった。あんな可憐な少女が簡単そうに斬るものだから、柔らかいのかと思ったがとんだ思い違いだった。


「すこし下がっていてくれるかしら?」


リヴィエッタは俺を入口付近まで下げさせると奥のほうへ進み、三体の赤鬼を引きつけた。そしてあっという間に囲まれてしまった。


彼女がくるっと鎌を回すと、黒い雷のようなものが赤鬼をいっぺんに貫き、あっさり葬った。


「剣はあまり使ったことがないの?」


さっき赤鬼に剣を弾かれたのを見られたのだろう。もう嘘は通用しない。それどころか、ここで吐く嘘は命取りになる。妄想から現実に戻っていた俺は素直に真実を告げた。


「はい……すみません。それに実は、ダンジョンへくるのも初めてで……」


「……」


リヴィエッタは呆れたような、訝しむような、そんな顔で俺をまっすぐ見た。


「その……ツルハシを試してみてもいいですか」


俺はリヴィエッタが怒り出してしまう前に慌てて剣を返した。そして彼女がジッパーから取り出してくれたツルハシに持ち替えた。


ああ、この感触だ。


別の用途で使うために返してもらったツルハシだったが、俺は根拠のない自信と慣れ親しんだツルハシだけ持ってもう一度だけモンスターに挑んでみることにした。


今度は赤鬼が五体も現れた。


先ほどまでは慣れない剣に注意を奪われていたが、今は違う。ずっと扱ってきたツルハシだから、もはや身体の一部みたいなものだ。


念のためゴーグルを装着し、全意識を敵へ集中させた。そうすることで敵の攻撃がよく見える。どうやら、目もだんだん慣れてきたようだ。落ち着いていれば、そんなに早い攻撃はしてきていない。


振り下ろされるこん棒をかわしながら、隙を見て重心を前へ倒す。ツルハシへの信頼から、先ほどとは違い身体に変な力も入っていない。流れるように身体をかがめ、その勢いを殺さずそのままツルハシに乗っけて振り抜くっ!


確かな手ごたえがあり、ツルハシは赤鬼の肩口にヒットした。低いうめき声とともに赤鬼は消滅した。


「や、やった!」


しかし安心したのもつかの間、二体の赤鬼に挟み打ちにされてしまった。


「すこし下がっていてくれるかしら?」


リヴィエッタは鎌を振り回しながら次々にモンスターを倒してゆく。


赤鬼を倒したことで自信を持った俺は、リヴィエッタと肩を並べて戦おうとした。しかし二対以上が相手となるとまったく勝てなくなってしまうことがわかった。悲鳴を上げた俺を助けるため、彼女が黒い煙になって離れた場所に現れる瞬間移動をしてこちらにくる、というのを二回やったのち、もう帰っても大丈夫だと言われた。


怒らせてしまったのだろうか……。


ここで帰ったらランドウに顔向けができない。俺は食い下がった。


「えっと、こういうのはどうでしょう」


もともと、ツルハシはこれを試すために取り出してもらったのだった。


俺は自慢の穴掘りスキルを使って地面に自分の身を隠すと、頭だけ出した。


「こうやってついていきます」


「敵がこうきたらどうするの?」


リヴィエッタは俺に鎌を振り上げた。


「そうなったら、こうやって……」


ふたたびスキルを発動させ、彼女のすぐ後ろの地面から顔を出した。


少しイジワルをしようと思ったのか、俺の位置を確認するとすぐにまた鎌を振り上げた。


俺も負けじと別の個所から頭を覗かせる。そんなモグラ叩きのようなことを何度か繰り返したあとリヴィエッタは言った。


「ずいぶん早いのね」


「これでもプロですから」


どうだと言わんばかりに口に出してから、その言葉がものすごく的外れだということに気が付いた。なぞのプライドを見せつけてしまったせいで、俺の仕事がモグラ叩きのモグラか何かだと思われてしまっただろうか。


ふしぎな空気が流れたが、彼女の邪魔にならないよう戦闘のときは穴を掘り、そこへ隠れているという提案は承諾を得ることができた。

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