第9話 冒険の始まり

日中に掘削の仕事を終えて帰宅すると、シャワーを浴びてソファに横になった。体の汚れを落としても、心についた罪悪感を払拭することはできなかった。


俺は、この仕事に向いていない。


確かに穴掘りスキルは強力だ。それは使っている俺が一番よくわかっている。だがこの仕事をするうえでそれ以上に大切な協調性が俺には欠けている。残るつもりで穴埋めを申し出たが、やっぱり今夜の仕事を終えたらランドウに辞表を出そうか。


「……はぁ」


無敵のチートスキルさえあれば、他人に頼ることなんてしないでも、最強の勇者として最高の異世界生活を送れるのに……。


そんなことを悶々と考えながら、本日二度目の現場に向かうため、日が沈んだころふたたび作業服に着替えた。夜とはいえ、一応ゴーグルは首から下げて出発した。


夜中にツルハシを持って仕事に出かけるというのが初めてで、ふしぎな感じがした。


日が暮れてから出歩いたことがなかったので、どんな凶暴な勇者たちがうろついているのかと内心怯えていたが、実際そんなことはなかった。


月のきれいな静かな夜で、上空を流れ星のように光りながら飛びまわる虫が幻想的な光景に華を添えていた。


しばらく歩くと、こちらの世界ではタクシーとして利用されている馬車乗り場に着いた。見た目は馬に近いが、口から青い炎を吹いているモンスターが引くそれに乗り込むと現場を目指して出発した。


悪路を揺られること数十分、指定された現場へ到着した。かなりさびしい場所で、巨石がゴロゴロと転がっているだけの荒野だった。


普段から天然石は見慣れている俺だからか、その問題の岩はすぐに見つけることができた。


さらに近づいて確認してみると、乾いた地面のような土色をしたダンジョンの入り口がかすかにのぞいている。それを塞ぐように鎮座するのは、やはりどう見ても自然の岩ではなく、魔法によって作られた、それもかなり強固に生成されたものだ。触れたその固さと冷たさから発見者の悔しさや憎しみが伝わってくるようだった。


作業は依頼主がきてから始めろというランドウの指示を守り、しばらく準備運動をしながら待っていると、突然、俺のすぐそばに縦開きのジッパーのようなものが現れた。


『しまった……モンスターか?』


こんな夜の荒野のど真ん中に突っ立っていた自分の愚かさに気が付いた。


ツルハシを握る手にぐっと力を入れた。


ジッパーが下りると、中の黒い空間があらわになり、そこから同じように真っ黒い洋服、真っ黒い髪、それに対比するような真っ白な肌が覗いた。


丸みを帯びた黒い革靴が地面につくと、少女は振り返ってジッパーを上げた。するとそれは消滅した。


ふたたび振り返った少女の赤みがかった瞳が俺をとらえた。


黒で統一された装いに映える白い肌に浮かぶ、妖しく俺を見つめる瞳と同じような赤みを帯びた薄い唇が、彼女を単なる美少女ではなく、不気味な印象を持たせた。


「こんにちは。あなたがモグラさん?」


少女は冬の夜風のように冷たく透き通る声でそう言った。


「……ランドウさんにそう言われたんですね。ソウタです。この岩石を掘りにきました」


「ソウタさんね、今日はよろしくお願いします。依頼主のリヴィエッタと申します」


少女はフリルのついたスカートの端をつまみ、お姫様のような仰々しいお辞儀をした。


俺が元いた世界でこんな行動をする輩が目の前にいたら、笑いをこらえるのに苦労しそうだが、その少女の可憐さは、そういった小馬鹿にした感情をねじ伏せるだけの力を持っており、俺はたどたどしく早口で返すことしかできなかった。


「こ、こちらこそ、よろしくどうぞ。じゃあ、早速始めますね」


そういえば女性と喋るのなんていつぶりだろう。緊張を察されるのがいやで、挨拶もそこそこに、そそくさと穴掘りスキルを発動した。黒い岩石をツルハシでガリガリ削ってダンジョンの入り口を出現させるまで時間はかからなかった。


よし、これで依頼完了だ。魔法で作られた岩を掘ったことがなかったから不安だったが、問題なくこなせてよかった。


「……」


しかし、少女……リヴィエッタから依頼完了の合図をもらうことができなかった。


もしかしたら、まだ依頼は終わっていないのか? ダンジョン内部にも、同じような障害物があるということなのだろうか。


これで、もし帰ろうとしたのならランドウへクレームを入れられてしまうのではないか?


「えっと……」


うん、絶対にそうだ。こんな簡単な仕事が高額なわけない。


「それじゃあ、先へいきましょうか」


「……先って、このダンジョンに? 私と?」 


言わなくてもわかっていますよ、といったふうに彼女の心を読んで発言したつもりだったが想像していた反応とは違った。


「え、ああ、はい……」


「貴方、私が誰だか知っているのかしら」


リヴィエッタはそう言うと、突如、大きな鎌を出現させた。鎌を携えるその姿はまるで死神だ。


妖しくも魅力的なその姿に思わず息をのんだ。


それにしても、ずいぶんとお高くとまったひとなんだな……。問題を間違えた瞬間に命が無くなるのか。


よし、落ち着いてよく考えよう。わざわざそうやって聞いてくるっていうことは、きっと有名な人なのだろう。


となれば、誤魔化しきるしかない。


「ああぁ……どっかで見たことあると思ったら!」


「……?」


「ええっとー……、ちょっと、ど忘れしてしまいました」


額に手をあて、なんだっけなぁ、と記憶を絞り出すふりをしながら彼女の様子をうかがってみると、目をぱちくりさせて困惑している様子だった。


あれ……もしかして、有名なひとじゃない?


となると、ほかにどんな可能性がある? ……ああヤバいヤバい、命が無くなる! 何か言わないと……。


「ええっと……その……」


「……変なひと」


そう言った彼女の表情は一瞬、ゆるんだように見えたが、すぐに元の冷徹な表情に戻った。


「普段はどういう武器を使っているの?」


一瞬ヒヤリとしたが、話題が変わったことに安堵した。


「え、武器? ……まぁ……剣みたいなやつとか……」


しまった! ダンジョン攻略もしたことないような人間をよこしたとクレームを入れられると思って適当なことを言ってしまった。


「……良く分からないけれど、これで大丈夫かしら」


リヴィエッタは目の前にジッパーを出現させ、中から西洋風の剣を取り出した。直接、剣に触れるわけではなく魔力か何かで浮かせている。


「ああ、なるほど。これでもぜんぜん」


なんだかすごいことになってきてしまった。ツルハシ片手に同行だけするつもりだったのに……。作業員の同行ってこういうものなのだろうか?


しかし俺も現場作業で肉体だけは酷使してきた。剣だって、転生当初よりは一丁前に振ることだってできるだろう。


俺は目の前で横向きに浮かんでいる剣を受け取った。


「うっ!」


手にした瞬間、あまりの重さに剣先が地面にめり込んだ。


「……大丈夫?」


「え? 何がですか?」


訝しげな彼女に、白々しく問い返した。


一瞬、変な間があいた。


「別に、大丈夫なら良いんだけれど。あとそれ、代わりに預かるわ。邪魔になるでしょう」


「あ、はい、ありがとうございます……」


リヴィエッタは俺の魂の分身であるツルハシをジッパーの中へ収納した。


普段はランドウの指示通りに穴掘りスキルを発動するだけの仕事をしている。こうして依頼主と直接のやり取りをすることなんてないから、とにかくビビっている自分がいることに気が付いた。向こうの提案を拒否したらいけないんじゃないかと思って、ツルハシまでもがとられてしまった。相棒が手から離れたことでよりいっそう不安が募った。


「それじゃあ、早速いきましょうか」


俺はそう言って歩き出したが、どうしても重たい剣を持ち上げることができず、ずるずると片手で引きずるかたちでしか足を進めることができなかった。


「……ずいぶんと変わった構え方をするのね」


恐らく、イカれた殺人鬼のような歩き方になってしまっているのだろう。


「そうですか? まぁ、確かにあんまりこのスタイルはいないかもしれませんね」


とりあえず、今のところ強キャラっぽい感じは出せていそうだ。……たぶん。


「……」


訝し気な反応を見せたリヴィエッタだったが、特に何も言わず歩き出した。

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