第7話 嫌いな仕事

こうして月日は流れていった。


自分に合った職業を探すための繋ぎとして始めた工事現場の作業員としての仕事だったが、単調な作業を続けるというのが意外と性に合い、結局はこの仕事をダラダラ続けることになった。


「ふぅぁ……っ……。ねむ」


そして今日も、仕事に行って帰って寝るだけの一日が始まった。


そんなつまらない毎日を送ることで得た唯一の賜物はこの家だ。貯まる一方だった貯金をはたいてカウラの町に小さな戸建てを購入したのは半年ほど前のことだ。


朝食を済ませて新聞を読んでいると、勇者同士のケンカによって一人が重傷を負ったこと、またモンスターが町を襲ったことが記載されていた。


「……」


すっかり埃をかぶった剣と魔導書に目をやった。


「……はぁ」


穴掘りスキルなどではなく、もっと強いスキルを得られていれば、もっと充実した異世界生活を送ることができるのに。そう思わない日はなかった。


新聞をゴミ箱に放り込み、着替えを済ませると玄関へ歩いた。


大きなゴーグルを首にかけ、ツルハシを持って家を出た。


このゴーグルは、穴掘りスキルを試したとき、地上に出た直後に太陽に目を焼かれてから持ち歩くようにしている。


仕事で穴掘りスキルを使うようになってから気づいたのだが、スキルを使用した直後は目が光に弱くなるという地味な欠点をこのスキルは持っていた。


家を出発し、ポータルを使ってコラドの町に飛んだ。


降り注ぐ朗らかな春の日のような朝日とは対照的に俺の足取りは重かった。今日の作業が、俺の最も嫌いなものだからだ。


その作業内容は、命綱を同僚に持たれた状態で、俺が宙づりのまま掘削作業を行うというものだ。今回が二回目となるこの作業だが、前回は集中力不足からうまく穴掘りスキルを使うことができず、通常の何倍も時間がかかってしまった。


「おはようございます」


現場に到着しても憂鬱な気分は晴れなかった。


「おうソウタ! おはよう。今日はお前に活躍してもらわないといけないからな。がんばってくれよ!」


「はい、なるべくスムーズに終わらせるようにします」


「ああ、頼んだぞ。命綱についてだが、今回はクライドに任せようと思う。お前も知ってると思うがあいつはうち一番の力持ちだ。安心して任せられる。ただ念のため、補佐役でもう二人つけるからな」


「わかりました」


「慎重にやってくれ。じゃあ俺は下に戻るぞ」


暗い気持ちを抱えたまま色々と考えていると、図体のでかい男がのっぺりとした声で話しかけてきた。


「おお、ソウタぐん、おはよう。今日はおでたちがしっかり支えっから、安心して作業に集中してくれよぉ」


「あ、はぁ……おねがいします……」


俺の命綱を持ってくれるというのが肥満男で、その補佐役は小男と老人だ。


……なぜ彼らなのだろうか。もっと頼りになる男たちがこの職場にはいくらでもいるのに。そう内心で毒づくのを止めることができなかった。


体にロープを巻かれ、崖を背負うように後ろ向きで立つと、慎重に掘削場所まで降りた。岸壁についた足が震えている。


「……ふぅ。よし」


さっさと終わらせて帰ろう、そう思って作業に取り掛かったのだが。


「……」


「ふんぬぅ! ワシだってまだまだ現役じゃぞい!」


老人は顔に血管を浮き出しながらロープを引っ張ってくれているが、今にもポックリ逝ってしまいそうだ。


「……」


「へっへっへ。あっしに任せるでやんす」


小男は自信あり気に肥満男と老人に指示を出しているが、ロープの持ち方のコツなんかを不明瞭にダラダラ言っているだけだ。


「勘弁してくれ……」


この状況はつまり、よく知りもしない人間に自分の命を握られているということになる。そんな無謀なことを――


「ソウタ、よそ見をするな!」


ランドウの声で我に帰った。


早く終わらせたいという焦りからだろうか。無意識のうちに、視線は命綱を引っ張る三人のほうへやりながらも、手だけは穴掘りを進めていたらしい。そんな状況でうまく掘削できているはずもなく


――洞窟が崩落してしまった。


「逃げろ! 崩落だっ! 早くこっちにこい!」


一気に血の気が引いた。


足元から突き上げてくるような怒号に交じって、洞窟のうなり声も聞こえてくる。




俺は、何をした?


今、何が起きている?




何かに吸い込まれるように、音と情景が遠ざかる。


放心状態のまま、気が付いたら肥満男が俺を担いで走っていた。


肥満男は俺を安全な場所におろすと、ほかのふたりと一緒に事故現場のほうへ駆けていった。


奇跡的に崩落によるけが人はゼロだった。そのことを聞いていくらか気力を取り戻した俺は、ほかの作業員に交じって崩壊した瓦礫を穴掘りスキルで黙々と片づけた。


当然、作業員たちの冷たい視線が刺さった。


あらかた片づけ終わると、俺はランドウに呼び出された。

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