第6話 異世界病院
それからどのぐらいの時間が経過したのか、今となってもわからない。俺は誰かの声で目が覚めた。
「大丈夫?」
「うっ……」
目をあけると、買い物かごをもった見知らぬ女性が心配そうな顔を向けていた。
また別世界に転生されたのかと思ったのだが、それは痛む全身が否定してくれた。
何とかして上体を起こして目をあけた。
「まだ動かないほうがいいよ? ほら、これを飲んで。すこし楽になるから」
「すみません、ありがとうございます……」
まだ朦朧とする意識のなかで渡された瓶の中身を飲みほした。すると徐々に痛みが和らいできた。体が少し楽になったことで、この場所に見覚えがあることに気がついた。ここは先ほどまでいたコラドの町だ。
「なにがあったの? どうしてここで倒れているのか、覚えてる?」
女性は透き通った海のような色をした髪を耳にかけながら聞いてきた。
「えっと……」
穴を掘っていたらモンスターの巣窟に迷い込んでしまった。説明するにはあまりに情けない出来ごとだったため、山のほうでモンスターに襲われたのだとだけ伝えた。
この親切な女性は町の病院まで付き添ってくれて、受付で俺の症状まで伝えてくれた。
丁寧にお礼をいうと、やさしい笑顔を見せて帰っていった。
病院の待合室のソファに座ると一気に体の力が抜けた。女性からもらった薬が効いてきたおかげで痛みはずいぶんと良くなったので、地中から脱出したあとの出来ごとを整理してみた。
地上へ出たあと、俺はモンスターに襲われた。重い一撃をもらって動けなくなった俺にモンスターがトドメを刺そう近づいてきたとき、何かが俺を守ってくれた。
もし助けてくれたのが人間だったのであれば、普通は病院まで運んでくれるのではないだろうか。それをせず俺を町の隅に置いたということは、人間以外の何かという可能性もある。
記憶が不確かな部分も多く、これ以上は考えても無駄と思い一旦思考をやめて、自分の幸運を祝い、愚行を呪った。
ほどなくして名前を呼ばれ、診察室に入った。
目に飛び込んできたのは、白衣をきた幼い女の子。そしてその後ろでは、黒魔術師のようなローブにいくつものアクセサリーをまとった怪しい男がぬっと立っている。よく見ると手の甲からタトゥーがのぞいている。
女の子だけ見たら、医者の子供が、ごっこ遊びをしているのかな、と推測することができるが、死人のような青ざめた顔をした謎の男の存在が状況をカオスにしている。
「さあ、すわって!」
脳の処理が追い付かないまま、女の子に着席を促された。抵抗したら後ろの男に抹殺されそうだったので、何も聞かず指示に従った。
「きょうはどーしたの?」
女の子は足を交互にバタバタさせながら尋ねてきた。明らかにイスのサイズが合っていない。
『……俺はこの子に診察してもらうのか?』
ごっこ遊びに付き合っている余裕はないのだが、ちらっと背後の男のほうを見ると、濃いクマが浮かび、瞬きひとつしない濁った眼でじっとこちらを見ていた。
「え、えっと……じつは……」
俺は負傷することになった理由を説明した。
「ふむふむ、なるほど。じゃあちょっとみてみるね!」
そういうと女の子は目をつむり、そして開いた。その瑠璃色の目のうえに何か魔法陣のようなものが現れていた。
「オークのこうげきとボルテガをうけたのに、ほとんどむきずだ。おにいさん、タフだね!」
『そうなのか? 一時は瀕死の状態だったと思うんだが……。というか、見ただけで俺が受けた攻撃がわかるのか』
「でもまだすこ~しダメージがのこってるみたいだから、いちおうかいふくさせておくね! となりのへやへどーぞ!」
女の子が部屋の奥を指さした。
「ああ、はい。ありがとうございました」
「ばいばーい」
女の子が指した部屋のほうへ男が歩いていった。処刑場にでも連行されているようで、とてもその背中を追う気にはなれなかったが、俺は渋々足を進めた。
となりの薄暗い部屋に移ると、床に描かれた魔法陣の上に立たされた。
男が軽くアクセサリーを掲げると、その魔法陣が淡く光った。
『ちょっと待ってくれ、俺はどこかに召喚されるのか?』
しかしそんなことはなく、間もなくして魔法陣の光は消滅した。
『……え、これだけ?』
どうやら今ので治療が終わったようで、何も言わない男にうながされ待合室に戻った。
時間帯のせいか混みあっていないため、すぐに会計に呼ばれた。
――ポケットをさぐると、所持金がすべてなくなっていた。
「くそっ……」
小さく悪態をついた。
「もしかして、お財布わすれちゃいました~?」
「はい……」
「あらら。ソウタさんのおうちってどこですか~?」
「えっとー……あれ、名前なんだっけ。あの、大きい羽根を飾った家が多い町なんですけど……」
「ああ! それならカウラですね! あそこにもうちと同じ病院があるんで、そこで払ってくれれば大丈夫ですよ~。話はこっちから通しておきますねっ」
俺は病院をあとにした。
カウラにある宿までお金を取りに帰った。
一体どんな考えの奴が、瀕死の人間から金を抜き取っていくのだろうか。俺に回復薬を恵んでくれた女性のような優しい人間がいる一方で、そういった人種がいるというのが俺の心を曇らせた。そしてその雲は濃さを増して闇となり、あの女性が病院に付き添うフリをして隙を見て抜き取ったのではないか、などと取りとめも無く疑いだしてしまったので考えるのをやめた。
カウラの病院に行くと、話は通っていたようで支払いを済ませると宿に戻って休んだ。すこし休むつもりが、気が付いたら翌朝になっていた。
気持ちは全く晴れなかったが、回復魔法のおかげで体は元気になっていた。仕事場に向かうための支度をしながら昨日の出来事について考えてみたが、色々なことがありすぎて朝の支度をしながら処理するのは無理だった。
「よし、いくか」
暗い気持ちを引きずったまま、俺は宿を出発した。
昨日と同じようにポータルを使って移動し、そこからあの忌まわしい山間を通って現場に到着した。
着任のあいさつを簡単に済ませると、早速作業に取り掛かった。その際、色々な人が俺に興味津津といった様子で話しかけてきた。
穴掘りスキルというのは現場作業員ならば皆が持っているものかと思ったが、彼らによるとこのスキルがとても珍しいもので、限られた一族のみが受け継いでいるらしい。そのため一般人で使える者はいないのだとか。
どうせ珍しいスキルをもらえるなら、もっと格好いいスキルがよかったな、と思った。
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