第2話 剣とキノコ
赤い屋根が特徴的な建物に、剣の描かれた看板がさがっていた。
『さっきまでは夢の異世界ライフを妄想していたけど、こうして実際に武器屋の前にきてみると一気に緊張感が増すな……。ひっそり入って、自分のペースで吟味しよう』
人生初の武器屋に緊張をしつつも、勇気を出してドアを掴み、おそるおそる引いた。
想像以上にドアが重かったこと、かつ緊張をしていたようで、引いたドアについていた鈴が、俺の震えで振動し、電話のベルのように店内に鳴り響いた。店内にいた全員がこちらに注目した。
カウンターに座っている、イカつい坊主頭の店員と目が合った。恥ずかしさのあまり耳の先までもが熱くなったが、恥ずかしがっていると思われるのが恥ずかしくて平静を装った。
『最悪だ……。早く終わらせて、さっさと店を出よう……』
壁一面に様々な武器が並べられており、その異様ともいえる光景に圧倒されたが、他の客や店員になめられたくないという精神が働いた。玄人感を出しつつ、わかりもしない武器の品定めをした。
ここで気を付けなければいけないのが、わかりもしない商品のことを知ったふうに振る舞いすぎると、その商品やそれに関連する事柄について、店員としゃべらなくてはならなくなる、ということだ。もし誤って知ったかぶりをしてしまおうものなら、そこからは地獄の時間が始まることになるだろう。
カウンターのほうに目をやると、坊主頭に無精ひげを生やした店員がナイフを研いでいた。百戦錬磨といった雰囲気をまとっているのは、その眼光の鋭さのせいだろうか。
『どの武器が初心者向けなのか聞きたいけど、めちゃくちゃ聞きづらいな……。それに、ここで長く迷っていたら向こうから声をかけられるかもしれない。それだけは避けなければ』
なるべく滞在時間を短く、かつ店員に声をかけられないよう、迷っている様子を見せないように素早く店内を見渡した俺の双眼は、ワゴンにごちゃごちゃと入れられた剣を発見した。ぱっと見たところそれほど高くなさそうだから、この中から選ぶことにした。
『あまり安すぎるのを買って、扱いにくくても困るし、かといって高いのを買うのもどうなのか……』
どうしたものかと悩んでいると、カウンターのほうから物音が聞こえた。振り返らずとも、こちらに近づいてきているのが気配でわかった。
『しまった、悩みすぎたか! このままだと店員に話しかけられ、あげく店側に都合のいい商品を買わされる!』
俺はワゴンの中から、適当に持ち手の格好いいものをつかみ、それを持ってレジまで歩いた。
やはり店員はこちらのほうへ歩き始めていた。鍛え抜かれた肉体が黒シャツをはち切れんばかりに伸ばしている。彼は俺が商品を選んだのを確認すると、レジに戻った。
『間一髪だったな……』
安堵しつつ、手にした武器をカウンターに置いた瞬間、それが普通の剣ではなくショーテルという曲がりくねった剣だとわかった。
「あっ……」
「ん、なんだ? どうかしたのか?」
「い、いえっ」
『最悪だ!』
西洋風のまっすぐな剣を購入するつもりが、刀身が大きく湾曲した非常にトリッキーなものを掴んでしまった。
武器について詳しくない俺でも、この剣が初心者用でないことはわかった。
しかし、恥ずかしくて変更を言い出せず購入を決意した。
「十五万ダレンだ」
『高ぇ!』
役所で受け取った給付金は五十万ダレンだ。このダレンという通貨の価値がいまいちよくわからないが、このへんてこな剣は、生命線ともいえる給付金の約三割にあたる。
『もしかしてボッタクリの店に入ってしまったのか? それともこれが相場なのか? クソッ! もっと下調べをしてからくるんだった……』
「……なんだ? なにかあるのなら言ってくれ」
購入を辞めると言いたかったが、強面な店員の灰色の眼光がそれを阻止させた。
俺はなくなく代金を支払った。
「……ありがとう。良い一日を」
「どうも……」
とんでもないものを買ってしまった、という焦りや後悔が、店を出た途端に全身の汗となって具現化した。
『こんなもの、どうやって使えばいいんだよ……。というか、剣って普通に街中で持ち歩いていてもいいのか?』
この曲がりくねった変な形の剣に鞘はあるのかと考えたが、武器屋に戻るのが怖いため、ポケットに入っていたハンカチでくるんだ。しかし剣のすべてを隠すことはできず、先端部分は出てしまっている。
『ないよりはマシかな……』
その足でクエストを受けるため役所に戻った。
『キノコモンスターの除去、難易度が星ひとつか……。簡単そうだし、これでいいかな』
俺は適当に簡単そうなクエストを選び、受注時にもらった地図を頼りに目的地を目指した。
『ええと……これが街の中央だから……。あっちか』
街を出て、崖道を登った。
三〇分程度は歩いただろうか。
『もうそろそろだな……』
戦闘の前にひと休み入れようと、あたりを見回した。
すると、森へと続く小道のわきにある切り株へ腰をおろしている影を発見した。オレンジ色の傘に白の水玉模様、間違いなく対象となるモンスターだ。
『思ったよりでかいな……』
対象のキノコは足を組んで座っており、タバコのようなものを吸っている。その煙が毒々しい紫色で、吸い込んでしまったらひとたまりも無さそうだった。
剣を包むのに使っていた布を顔の下半分に巻いて、煙か胞子かわからないが、あの毒を吸わないようにした。
『まただ。さっきまでは大丈夫だったのに、直前になると急に怖くなるな……』
キノコを見据えながら、何度もイメージトレーニングをした。
「よしっ……いくぞ」
俺はキノコの背後にまわった。こっそり近づき、傘をめがけて剣を振り下ろした。しかしキノコの傘は切れず、その弾力によってはじき返されたあげく尻もちをついた。
「うわぁぁぁあああ!」
俺は恐ろしさのあまり、腰を抜かしたまま悲鳴をあげ後ずさりをした。
「……あれ」
反撃に備えて顔を剣と手でガードしたが、攻撃が返ってくることはなかった。傘を帽子のようにちょっとあげて俺を一瞥すると、ふたたび煙をふかし始めた。
『なんだ、あまり好戦的じゃないのか? ……ってかこれ、よく見たら刃がついてるの外側じゃん!』
さっきの一撃が失敗したことで、攻撃することが怖くなってしまった。
『……というかクエストはキノコの除去だから、わざわざ討伐しなくてもこの場所からどかせばいいんだよな?』
俺は森の入り口で大きく頑丈な葉っぱを拾って戻ってきた。
ショーテルの刃じゃない部分、内側をキノコに引っかけて葉っぱの上に乗せた。
「よし……。頼むから、大人しくしておいてくれよ」
引き続きショーテルの内側をキノコの腰に当て、ソリのように引っ張って歩いた。
あとで切り株に戻ってこられると困るので、森の深部を目指した。
「暑い……」
先ほどからキノコが紫色の煙を出している様子がなかったので、俺は口に巻いていた布をズラして首にかけた。
すると、見計らったかのようにキノコが鮮やかな緑色の煙を吐き出し、俺はそれを吸い込んでしまった。
「コイツっ! クソ、まずい……どうすればいいんだ!」
頭が真っ白になったが、息苦しくなることはなかった。それどころか、溜まっていた疲れが一気に取れた。
「……もしかしてお前、回復させてくれたのか?」
キノコがしゃべることはなく、ただ傘の帽子をすこし上げて俺を見ると、ふたたび腕を組んでうつむいた。
適当な岩の近くに運ぶと、キノコはその岩に座って白い煙をくゆらせ始めた。
「よし! これでクエストクリアかな」
森を抜け、街に戻ると役所でクエスト達成の報告をした。一万ダレンの報酬を受け取った。
『まぁ、こんなもんなのかな? 物価がわからないから、喜んでいいのかもわからないな』
宿に帰り、クエスト達成の興奮そのまま意気揚々と鏡の前で戦闘ポーズをとった。
山登りで汚れた衣服をまとい、口元をハンカチで隠し、刀身の湾曲した剣を中腰で構える怪しい人物がそこには居た。目を輝かせながら鏡の前に立ったせいで狂気すら感じる出で立ちだ。
『そういえば役所に入ったとき、人に避けられてたな……。てっきり、俺の秘められたオーラ的なものに怯えてるのかと思ったが……』
誰もいない部屋でひとり顔を赤らめ、そっと装備をしまった。
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