モグラくん ~穴掘りスキルで戦います!~
牧嶋 駿
第1話 穴を掘るスキル
「大型の台風が上陸して、とても風の強い日でした。俺が横断歩道で信号待ちをしていると、少年がネコを追いかけて車道へ飛び出したんです。そこへ、大きなトラックがクラクションを鳴らしながら突っ込んできたんですよ。いつもこういうシチュエーションを妄想しては、命がけで少年を助けてヒーローになる。助けた代償に大怪我をしたあと、家族や友人に囲まれて、病院のベッドで奇跡の生還、なんてのは何度もやってきたんですけどね。実際にそういった現場に遭遇しても、正直、怖くて足が動かなかったです。でも幸い、その少年もネコも轢かれずに車道を渡りきったんですよ。
問題は、そのあとでした。間一髪で生還したネコは安堵感にひたるわけでもなくひたすら歩いて、今度はビルか何かを建設中の作業現場へ忍び込んでしまったんです。当然、少年もそれを追って作業現場へ入って行きましたよ。ガンガンと鳴る金属音に気付いて目線を上げると、風に煽られた足場が、今にも少年たちの頭上で崩壊しそうになっています。さっき恐怖で動けなかったのがすごく悔しかったので、もうやけくそで現場へ突っ込みました。そしたらガラガラとすごい音を立てながら鉄骨なんかが降ってきて、それがネコを抱えた少年に直撃する前に突き飛ばしたところまでは覚えているんですけど、その直後に妙な落下間を覚えて、気がついたらこの世界に転生されていたんです」
「わかりました。それでは、こちらにご署名をお願い致します」
受付の女性は、俺の人生最大の武勇伝を単なる口述として書きとると、こんな突飛な話にも一切驚くわけでも、まして感動するわけでもなく、事務的に転生の手続きをしてくれた。
突然の非日常に興奮して、柄にもなくペラペラと喋り続けてしまったことを反省しつつ、差しだされた紙にカタカナでソウタと署名をすることで正式にこの世界の住人になった。
「これで手続きは完了です。次にステータス鑑定をします。転生者にはいくつかのスキルが与えられることが多いので、それらを把握しておくことは極めて重要です」
「ああ、はい」
移動中、受付嬢はこの世界での暮らし方について説明をしてくれた。
「この世界で生きていくためには町で商売をしていく以外にも、剣や魔法でモンスターを倒してその報酬を糧にするという方法もございます。そういった仕事を生業にする人たちは、まとめて勇者と呼ばれております」
「はい」
「勇者になるには、基本的には戦闘用のステータスおよびスキルが必要となります。恐らく転生者にはそれらが与えられると思いますので、先に勇者として生活をする方法を軽く説明させて頂きます」
剣や魔法、モンスターの存在する世界で、商売しながら暮らすことを選ぶ年頃の男子がいるだろうか? 少なくとも俺にその選択肢はなかった。
「役所には日々、様々な依頼が入ります。モンスターを討伐する類のものから、危険な地帯にアイテムを取りに行く類のものまで。それらはまとめてクエストと呼ばれ、こちらの役所のクエスト受注課にて随時うけたまわっております。もし勇者としての生活を希望されるのであれば、追って詳しく説明いたします」
「わかりました」
受付嬢の案内でステータスを測る部屋へ移動して、結果を待っているときはソシャゲでガチャを引くときのような緊張感を覚えた。
荘厳な部屋に気圧されるように、俺の心臓は高鳴った。
「……!」
先ほどまではロボットのように仕事をしていた受付嬢の表情が険しくなり、測定結果に驚かされたことが見てとれた。
「どうかしましたか?」
「……申し訳ございません、ソウタ様。もう一度、測定をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「あっ、はい」
再度測定をした。受付嬢は短いため息をつき、そのあと深く息を吸い込んだ。
「測定が終わりました。まずは保有スキルについてお伝え致します」
俺は固唾を飲んだ。
「ソウタ様のスキルは穴掘りでございます」
「……?」
俺は思わず眉をひそめた。
「……え? それだけですか?」
「はい。通常、転生者はいくつかの強力なスキルを得ますが、ソウタ様は穴掘りスキルのみを取得されたようです」
俺は渋い顔のまま、思わずこめかみを押さえた。
「穴掘り……ですか? ……穴掘りって、あの穴掘りですか?」
「はい。穴を掘るスキルです」
「は、はぁ……」
『いらねぇ!』
俺は心の中で叫んだ。
この世界にはほかにも転生者がいて、通常では考えられないようなチートスキルや秀でたステータスをもらう。そんななか、俺は穴を掘るスキルを手に入れた。穴を掘るというだけのスキルを!
『なんでだよ……穴なんて掘りたくねぇよ……』
「そ、そうだ! ステータスのほうはどうでしたか?」
「ステータスも至って平凡です。もし勇者として活動をされるのであれば、かなり厳しい道のりになるかと」
「そうですか……」
「……ソウタ様」
「はい……なんでしょう」
「これからは、定期的にこの役所へきてステータスを測ってください」
「わかりました……」
剣と魔法の世界で得たスキルが穴掘りということを受け入れることができず、上の空で返事をした。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
受付嬢に見送られて部屋をあとにしても、穴掘りスキルのみを携えて歩いている自分が信じられなかった。
『受付の女性は、ふつう転生者っていったら強いスキルをいくつも手に入れるっていっていた。俺は今後、いろいろな場面で転生者だということが周りにバレるだろう。そのとき、ソウタさんって何のスキルをもらったんですか? ちょっと見せてもらえませんか? って期待されて聞かれても、まぁ普通に穴掘りスキルだけど? みたいな。実際に穴掘って見せて、このぐらいの深さ別に普通だよな? みたいな。そんな受け答えをしなければならないのだろうか』
失意のなかぼーっと歩いていると、うっかり肩が女性にぶつかってしまった。
「あっ、すみません! よそ見をしていて……」
平謝りをするつもりで話しかけたのだが、女性のほうは軽く頷いただけで走り去ってしまった。
『しまった、今のは完全に俺の不注意だ……。怒らせてしまっただろうか。今から追い掛けていったほうがいいのか? いや、それはさすがに怪し過ぎるかな……やっぱり今度また見かけたらちゃんと謝ろう。でも日が経ったあとにいきなり話しかけられたら不審者だと思われるかな? いや、不快な思いをさせたんだからきちんと謝らなければ……』
そんなことを悶々とひとり考えていると、先ほどの女性はすっかり消え去っていた。
「はぁ……」
短いため息を吐き、今度はまわりに注意を払いながら歩いた。
新鮮な空気を求めて役所の外へ出た。緑が多く気持ちの良いベンチに腰かけてひと息ついた。そこで改めて自分に与えられたスキルについて考えを巡らせた。
『んー……。なんで穴掘りスキルなんだろう。あまりにもダサ過ぎないか? 転生者っていったら普通、無敵のスキルをもらって無双するものだと思うんだが……。もしかして、穴を掘るといっても、すごく強い使い道があるのだろうか』
色々と使い道を考えてはみたが、やはり文字通りの「穴を掘る」以外の使い道は思いつかなかった。
『クソ、わざわざ穴を掘ってどうするんだよ……。あ、もしかして穴を掘ってお宝とか石油を掘りあてるのか? それで大金持ちになって悠々自適なスローライフを送るのか? ……なんか地味だな』
やはりチートスキルでモンスターを華麗に倒し、美少女たちにちやほやされながら優雅に暮らすのを諦められなかった。
『よし、まずは剣を試してみよう。もしかしたら、どこかのタイミングで覚醒するかもしれないしな』
転生者には給付金が与えられる。ダレンというこの世界の通貨で五十万を支給された。それをもとに、剣を購入するため武器屋に向かった。
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