第3話 魔具店へ
『一応、魔法のほうも試しておこうかな。剣のほうが好きだけど』
翌日、武器屋の向かいにある魔具屋に行った。
魔具屋の雰囲気もまた独特だった。一見、図書館のような印象を得るが、奥のほうでは実験のようなことをしているひともいた。緑や紫、色鮮やかな液体が大鍋でぽこぽこと煮られている。
一方で、ピンクにも近い薄紫色のショートヘアをした女性が、毛はたきを使って本棚のほこりを掃除していた。
脚立に乗っているため、黒タイツごしに太ももが見えてしまった。
『お、落ち着け俺……』
「どうかしましたか?」
知らぬ間に息遣いが荒くなっていたのか、心配そうにした店員が掃除の手を止めて話かけてきた。
「い、いえっ! あ、でもそうだ。えっとですね……」
明らかに動揺が隠せていないが、なんとか初心者用の本について聞いてみようと思った。しかし当時の俺は魔法の知識はおろか、魔導書という言葉の存在すら知らなかったのだ。
自分から切り出してみたものの、何をどう聞いたら良いのかわからずに固まってしまった。
そんな俺を急かすわけでもなく、優しそうな店員は小首をかしげ、眼鏡の奥からのぞく大きな青い目でまっすぐ見つめた。
それがとても恥ずかしくて、もう何も考えることができなくなってしまった。
「というかあの、この本をください!」
いてもたってもいられなくなり、適当に取った本を店員に渡した。
「えっと……。この本で間違いないですか?」
「はい! これください!」
「うふふ、わかりました。ではレジへどうぞ」
レジへ向かう途中も、心臓の鼓動が鎮まることはなかった。
「お会計が十万ダレンになります」
『あ、終わった……』
心の中でそうつぶやき、支払いを済ませた。
「もし読んでみて、思ったものと違うようでしたら返品も可能ですので、またきてくださいね」
「あっはい、わかりました」
笑顔で手を振って見送ってくれた店員に会釈をして店を出た。
『これ、やっちゃったよな……』
少し歩いたあと、自分が買った本の表紙を見てみた。
『中級メテオ生成術……。思いっきり中級って書いてあるじゃんか……』
しかし、まだ希望は捨てていなかった。転生者として魔法の才能に目覚める可能性を信じ、宿に戻ると早速その本を開いてみた。
俺は、二日かけて導入部分を読み終わった。
そしてわかったことは三つ。
この本は魔導書というもので魔法を使用する際の武器として使えること。
メテオというのが石に火をつけて降らせる、隕石を生成する魔法だということ。
そしてこの本を読み終わる前に、俺の貯金が底をつくということ。
『よくわからないけど、試してみるか。もしかしたら発動するかもしれないし』
街の外に出て、ひと気のない場所を探し、適当な小石を見つけてきた。
『小石を両手に持ったこの状態で、どうやって魔導書を持てばいいんだ?』
魔導書を開いて使うようにと本に書いてあったので、試行錯誤した結果、頭のうえにクソ重い魔導書を笠のように乗せた状態で、首がもげそうになりながら試すことにした。
「うぉぉぉ……」
その状態を維持しつつ、火をつけるために石同士をカチカチぶつけてみるが、魔法が発動する気配はまったくなかった。
本の重みでアゴを首にくっつけながら、うーうーと苦しそうな声を出し、必死の形相で魔法を試す俺を見た親子が、「みちゃいけません」と言って去っていったのを合図に俺は帰路についた。
そんな日々を過ごしたことですっかり金を使い果たした俺は仕方なくモンスター討伐以外の仕事を探すことにした。
職の探し方がわからないので、転生初日に対応してくれた受付嬢のもとを再び訪れた。
「すみません。勇者以外の仕事を探したいんですけど……」
「かしこまりました。お仕事については、こちらから紹介させて頂くことも可能です。いかがでしょうか」
『役所で紹介される仕事なんて、どうせ誰もやりたがらない汚れ仕事とかじゃないのか? 本当は自分で探したいところだけど……ただ、それも面倒だな。とりあえずは紹介された仕事を続けながら、もっと良い仕事を探すか』
「じゃあ……それでお願いします」
「承知いたしました。ソウタ様は穴掘りスキルをお持ちですので、現場作業員が最も適していると判断致しますが、よろしいでしょうか」
『やっぱりそうだ。人手が足りないからって、きつそうな仕事をさせようとしてくる。ある程度の稼ぎを得たら、すぐに転職してやる』
「大丈夫です」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
受付嬢は帳簿のようなものをパラパラめくり、目を閉じるとそのまま固まった。
……嘘だろ? まさか、寝てしまったのか? と思ったが当然そんなことはなく、再び目を開くと明日で面接の日取りをした旨を伝えられた。
「ついでにステータスのほうも見ていかれますか?」
受付嬢に提案されたので、念のためステータス測定をしてもらうことにした。もしかしたら、剣や魔法の練習をしたことでチートスキルを取得しているかもと思ったからだ。
ステータス測定をする部屋にて水晶に手をかざした。表示されたステータス表には、以前やったときと変化はなかった。
「目視するのが難しいほどですが、剣と魔法のステータスが少し上昇していますね」
「あ、あはは……」
絶妙に恥ずかしいところを突かれ、俺は笑うことしかできなかった。
「やはり勇者になりたいのですか」
受付嬢は、俺の目をまっすぐ見ながら言った。
「そうですね……なりたいなと思ったんですけど、剣も魔法も、どっちも長続きしなさそうです。まぁ、その程度の情熱だったんだと思います。これから自分に合った生活スタイルを見つけますよ」
何かまずいことを言ってしまったのか、受付嬢は何も言わずにじっと俺の目を見た。あまりの気まずさに俺が何か言おうとしたところ、彼女が口を開いた。
「もし私にお手伝いできることがございましたら、何でも仰ってくださいませ」
ずっと無表情で対応していた受付嬢の目がかすかに細められ、微笑みかけてくれた。
「え? ああ、はい。ありがとうございます……」
しかしそれも一瞬の出来事で、俺がお礼を言い終わる前には無表情に戻っていた。
「それでは、お気をつけていってらっしゃいませ」
受付嬢に見送られて役所をあとにした俺は宿に帰った。
明日の面接で聞かれそうなことを書き出し、それに対する返答を何パターンか考えたあとベッドにもぐりこんだ。緊張で眠れなかったのは、転生してから初めてだった。
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