第2話

「愛しい子らよ、か」


いや、べつに、せつなげに呟いてなんてない。むしろ、呆れもある。

ノリの良いクラスメイトたちの期待に応え、神的存在に捧げられ、わたし、人魚はレンガでできた家で黄昏ていた。


「おーい、ふたりの愛し子ヨ」

わたしはふたりの特別でしかない子供を呼び寄せる。

ひとりはそれこそ、わたしは人魚なんて名前だが、……いや、これでもたいへんな人生歩んできたよ?だって名前が井手人魚。それより、近づいてくる、小学2、3年生くらいの。ふたりのうち、ひとり。

魂がない。らしい。しかし体も心もあり、幽霊ではない。この子はウンディーネ。肌は青白くはあるが髪色は強い水色に夕陽が差して、海を映すようだ。

そして

「ぼくたちは愛し子。それと同時に呪いの子、そうだとぼくは思ってる。」

わたし以上に自身を語るなかなかの中二病じゃないけれど、こちらは、なんと、

「エルフだねえ」

金髪。緑の瞳。とんがった耳。


「きみたち、なかなか背負ってるじゃないか」


ツッコミも親友も存在しないこの世界では。


「たすけて、人魚さん。このままじゃ、弟は、生贄だ!」

「背負ってるねえ」

長くなってもいけない。手短に話そう。神が人と子を成した。それはこの異世界では特別でもなんでもない、生まれた子はエルフとウンディーネの兄弟だ。しかし。

海やら水やら形を変えるものを起源に持つ者の定め。ウンディーネの弟には魂がない。魂がない者は。

「化け物が現れた時!まっさきに捧げられる運命!弟は喰われてしまう!」

かといって代わりの者も用意してもいいのだが。

この兄も含め、わたしだって、代わりになりたくない。

化け物の正体は語るとなぜか神の裁きが下り、その者の魂も危うくなる。


「なにそれ」


エルフの兄がキッと睨む。


ああ、ごめん、違う。普通、


「神は助けてくれないの?」

「何を言っているんです、化け物もまた神です」

「ああ」

邪神みたいな。短く終わらせたいけど長いな。

とりあえず、ウンディーネの子は感情もあるし、兄が好きだし、花も水も愛でて笑う。ただ、この世の欠点というか。道徳心はあるのだけれど、生まれた時から何かが欠けているらしい。


「お願いです、人魚さん!異世界からの訪問者!

どうか化け物から弟をお救いください!」

マジで?無理だよ。邪神だよ?それに。


「わたしをこの世界に連れてきた神に頼、」

「親では助けちゃいけないし、他の神のすることに、神同士は干渉できないんです!」

エルフの子、もしかして長生き?こっちのウンディーネの子も、もしかしてわたしより年上?

発想がついていかないし予測がつかないし、なんだろう、似たような表現だ、バカだわたし。


「あのさ、禁じられた言葉とか、ある?」

わたしは、にたあ、と笑って夕日の中、通っている中学校の制服を温めるよう窓辺で腕組み、足も、スパッツを履いているのでお行儀悪くおっさんのように組み。


「? 化け物の、正体以外は言って大丈夫ですよ?」


「神殺し、って。わたしがしていいの?」


エルフの子とウンディーネの子が、ハッと恐怖と希望と未知の人間を見る。おや、ウンディーネの子は目も青かった。髪と一緒だ。やっと顔を上げてくれた。


「化け物、どこにいて、いつ出てくんの?あと、子供こさえたからには君たちの親は。あー、でも、いろいろ事情があるのか」



異世界人ということで特別待遇でVIPなホテルで子供たちと一泊。安心はできないけれどきづいたら爆睡。


さあ、化け物退治だ。


化け物って、なんだろう。語ると神の裁きが下るなら、この世界の人々は化け物・邪神の正体を知っている。知っていても対処できない。


「あれです」

「は?」


エルフの子が指差し、ウンディーネの子が怯えながらも兄の背に隠れて。


そして、わたし、井手人魚。異世界人の前に現れた化け物は。邪神は。


燃えて炭のように真っ黒な、それでいて硬そうな大きな木。


わたしは指差す。

「あれ?」

「あれ。」

もっと、悪魔みたいにおぞましいもんじゃないの?蠢くように醜悪な動きでこちらをいたぶるゲームのラスボスじゃなくて?


「正体は言えないんだね」

「言えません」


「倒し方は?」

「倒し方?……あまり語ると神罰がくだるので、でも、知りません」

ウンディーネの子はずっと無言。エルフの子だけが喋っている。

化け物と戦う前に、ウンディーネの子に初めて真正面から話しかけてみた。

「化け物、倒してほしい?」

ウンディーネの子は、

?、なんだ、なんかオカシイ目の前の子の存在ある景色とチラつきのあと、光が目の前をチカチカして。

貧血かと思ったが。いまは返事を。

「はい」

小さくはない。大きくはない。でも、そういう希望を持っている。少しだけ。

そんな返事を初会話で貰う。


「わかった」


わたしは黒い木に近づいた。

子供達は動かない。何も言わない。ということは、木が動いて襲ってくるとかはないのかな。


蹴ってみた。軽く表面が砕けた。


「すごい!」


エルフの子が叫ぶ。え?軽く砕けただけで?


「触れると呪われるといわれてるのに!」

「はやく言えよ!」

ウンディーネの子の水色の瞳が、太陽の光を感じさせるように少し薄く、しかしかがやいたように見えた。

えー。もしかして、物理で、この、黒い呪いの木を破壊すればいいの?斧とか火とかある?火?


「ねえ」

「はい」

「この木なんで、焼けたように真っ黒なの?」

「……かつて、とあるところに、なんというか、木がありましたとさ。」

物語が始まってしまった。


! もしや、この木はあの中学校の雷に打たれて燃えてしまった世界線の木で、邪神はあの異世界神!正体、それは、もうすぐそこに!


「しかしー、なんとまあ、とある誰かが絶望して、木と共に、燃えたかもしれないですね。よく知りませんけど。ほんと、しりません、うらみとかのろいとか神罰とか怖いですよね」


こっわ!

そっち?


「わたし蹴っちゃったよ」

「いえ!むしろやっちゃってください!弟のウンディーネは罪も罰もなにも犯していない、純粋な水のようなぼくの大切な弟です!」

エルフの子が元気に勇気に叫んでくれる。

弟のウンディーネはそんな兄にすがりながら、頼り強く感じているだろう。


そっか。

じゃあ。


「いっちょ、この邪神、もっかい燃やしますか」


この世の可憐な14歳、花の中学生とは思えないほど邪悪にコチラはわらって魅せた。


まさか七竈のように7回焼いて備長炭みたいにだかなんだかなったら困るけれど。

そこで、エルフの子。驚愕する。


「え?木を、焼く?悪魔ですか?風の神に誓って森に燃え広がらないよう祈ります、こわ」

混乱し始めた。そして引いている。


はたして。


灰になった。呪いの木。水をウンディーネくんの力で呼び出してもらい、おずおずとエルフのお兄ちゃんは松明をくれ。人間の子のわたしは火に気をつけながら神を燃やす。


「人間、こわ」


少年よ。それは真理だ。更に灰をどう始末するか悩んで、川に流してやった。


「肥料にすることなく!神を燃やしに燃やして、水に溶かして散り散りと?!こっわ」

エルフ、ひとつ大人になったね。世の中怖い事だらけだよ。


「どうしていままで誰もやらなかったの?」

「考えられない。異世界人は、神を信じないの?」

エルフお兄ちゃん、ちょっと震えてる。


「八百万くらいの1柱2柱は信じてるよ。菅原道真とか」あとトイレの神様とか。


「よ、よかったあああ!!!!!」

ウンディーネの子が。そこで……


さて、川から村に移動し。

「この子がこんなに泣くのを初めてみた」

「ん?というより……」


この子、産声で泣かずに小声で生まれて、それでも呼吸はしてたし。


「人生で初めて泣いてない?」


魂を持たない。どこか欠けている。


神と人の間に生まれたウンディーネの子は化け物に呪いをかけられていたことを本人も知らなかった。

想像すればおそろしいことだ。


〈おまえは、いっしょう、なけやしない〉


なんて……。


それがこの世界の化け物たちのやり方の1つらしいし、魂のないものは焦燥と不安に蝕まれていく。






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