第六章 創傷
1
「へぇ〜! 遂にか!」
「どわっはっは! やはり天才すぎるな〜」
昼休み。いつものように俺はキョウジと共に昼飯を食っていた。
「やっと目が覚めてくれたか、ノボル…」
「まさかこんな単純だとは…」
そう。俺は遂に手描きでのイラストを再開させようとしてのである。
結子が振り向かない理由がこんなにも簡単だったなんて。
「ソレで昨日からルンルンなんラ」
「そゆこと」
おれはブイサインをキョウジに向ける。
「俺は最初からそうしろって言ってたがなぁ…」
「言っとらん」
「アタシも言ってたラ」
ね〜! とイニアとキョウジは顔を合わせて言っていた。
「おのれら俺をおちょくってたのか!」
「「別に」」
ソレはお前が鈍感なだけと言わんばかりの顔であった。
「まぁ兎も角情熱の表現の仕方を理解したんだから良いじゃねぇか」
そう声をかけてくれるのは、イニアと一緒に近くに来た寛映だった。
「俺から一つ提案なんだけどよ…」
寛映は離席中である結子の机に座る。
「久々の手描き絵のプレゼントなら、サプライズで渡した方がいいんじゃねぇか」
「と、言うと?」
俺は聞く。
「結子には絶対バレないように。どうせなら、形に残るものが良いな」
形に残るもの…
「それならば俺には一つ、心当たりがある」
みなまで言うな。そういう顔をして俺は各々と顔を合わせた。
「そういや、そろそろユーコさん帰ってくる頃じゃねーか」
キョウジがそう言う。
時刻は十二時四十分。後期の生徒会出席者に選ばれた結子と真自は、昼休みに集まりがあると言う事で教室には居なかったのだ。
「解散するか」
俺がそう言うとイニアや寛映も自分の席に戻って行った。
「じゃ、俺もそろそろ帰るわ」
「ん。またな」
と、挨拶を交わしたタイミングで生徒会組の二人が帰ってきた。
「おかえり結子」
「…」
「結子?」
「! あ、ただいま。ノボルくん」
なんかぎこちないが、真自のやつまた何か仕掛けたのだろうか。
2
少し前。
「期限を短くします」
「えっ…」
映一高校校舎内にある旧校舎棟。
一応この校舎を使う部活もあるが、基本的にはほぼ全ての部屋が既に役目を終え、使われなくなっている。
その誰にも気付かれないような湿った暗がりに、私はいた。
彼について行くときに気付くべきだった。
この高校の生徒会の招集は基本放課後。昼休みの最中に存在する筈がなかった。
「期限って…」
「貴方がどちらかを選ぶ期限です」
三年になるまで待つ。まだ半年程もある期限ならば、その間にゆっくりと、確実にノボル君が助けに来てくれると思っていた。
だからなんとなく私は先の生徒会出席者を決める際も、そこまで気にせずその決定を飲み込んだのだ。
しかし…
「二週間です」
「に、二週間…」
言い渡された期限は二週間。
十四日以内に決めてほしいと言われてしまった。
「僕も本当は貴女を支える人物になりたい。こんなに短い期間で決めたくはない」
「じゃあどうして…」
そう聞くと、思いもよらぬ回答が帰って来た。
「見合いの話が出たんです」
私は息を呑んだ。
「…お、お見合い?」
「はい。ほら…僕は四月の初めに十八になったでしょう」
「ええ…」
そう。彼の誕生日は四月の第一週である。その為、彼は既に結婚ができる年齢に該当するのである。
「でもなんでそんなに急に…」
「後継の決まりなんです。平野寺家の」
平野寺の決まり。それは「後継は男女にどちらかに関わらず、結婚が可能になった時点で結婚しなければならない」と言う昔ながらなの掟があるとの事であった。
「当初は来年の三月…つまり学年が上がる頃に決める予定だったのですが、どうやら申し出が何件かあったようで…」
「…」
私は何も言い返せない。
「僕も急な話で驚きました。待ってくれと」
そう言う真自さんの顔は悔しそうな、でもまだ諦めていない表情だった。
「僕にも気になる相手が居ると伝えました。しかし父は難色を示すと同時に、ある提案を僕にしました」
「提案…?」
そう言うと、彼は私の両肩を掴んでこう言った。
「お見合い当日までにその人と確実な約束をできれば真自の方向に合わせる…と」
*
「今週末、うちに来てください」
真自さんから言われた一言である。
後二週間。
後十四日の私の選択で、この人の運命が左右される。
…私の幸せを願う人。
…在るが儘を私にくれる人。
私は…
わたしは…
「…こ、結子?」
「! ただいま、ノボルくん」
…どうしよう、ノボルくん…
3
「偶にはメンテナンスしろよなぁ」
「いやぁ〜ゴメンゴメン」
土曜日、午前十時過ぎ。
突然イニアが真っ青になって倒れてしまった為、取り急ぎ寛映を俺の家に呼んでいた。
原因は排熱部の埃が溜まったことで熱を逃すことができずに機器にロックがかかってしまったとの事だった。
彼女曰く人間で言う熱中症らしい。
「取り敢えずこれで詰まってたのは全部取れた」
「お、治りそう?」
「そうだな。でも一つだけ問題があってよ」
上着を脱ぎながら彼女は話す。
「再来週まで動かねぇと思うぜ」
「ほう、何でまた」
「安全装置によるロックの仕様の問題だ」
首にかけていたタオルで自身の汗を拭きながら彼女は言った。
「イニアについてる各パーツの主成分はサファイアなんだ。そのサファイアの成分の含有量を調整して肌の色や目の色を出してんだが、その機能制御が厄介でよ」
どうやらソレが原因で『含有量制御』という機能が正常にができず、に真っ青になっているらしい。
「何らかの影響でエラーが出ると全部の可能性を排除できるまで起動ロックがかかっちまうんだ。今見たところじゃ破損してるところはねぇし、自己診断は出来る状態ではあるが、ソレが大体二週間程度なんだよ」
「なるほど…」
つまり二週間イニアがいなくなる訳だ。しかし、先生には故障中といえば何とかなるだろうし…二週間程ならば特段問題は発生しないだろう。
「ちょうど良い機会だし、イニアの横槍無しで久し振りにお絵描きしてみたらどうだ?」
確かにここ数年はイニアが隣にいて助言をもらっていた。しかも手書きで描いた絵に関しては、構図を決めるための簡単な丸や三角の集合体のみである。
「そういえば…」
チラと寛映の方に目をやる。
以前、寛映に言われた事について思い出したのだ。
―どうせなら形に残るものが良いな…―
もし手描きのみで、かつ形に残せる物を結子に何かを渡すなら…
今が可能な限り熱量を加えられる最大のチャンスなのかもしれない。
「それにしてもよ…」
突然、寛映がコチラに寄ってくる。
そしてあろう事か俺の服を軽く掴む。
今の彼女は上着も脱いで、スポーツブラのみ。男勝りな性格とはいえ、やはり女の子。普段は一サイズ大きいワイシャツで隠れているその豊満な胸。
しかも汗が彼女のその麗しくも逞しい、腹筋もかっちりとした身体をさらに魅力的に見せてフガァダァ!!
「さっきからその目線が気になってしょうがねぇんでぇ!」
俺はその麗しき女性の剛腕を持って床に叩きつけられた。
「ちょっくら風呂借りても良いか?作業しててベットベトなんだ」
「ど、どうぞ…」
俺はめり込み覚悟の勢いで叩きつけられた身体をゆっくり起こしながら返事をした。
丁度その時である。
スコンッ。
何か郵便物が届いたようだ。
「はいはい今取りますよ〜」
母さんが玄関についてるポストの方へ早歩きで向かう。
「あれ…ノボル。寛映さんいないけど、イニアちゃんは治ったの?」
「治ったらしいが再起動に二週間かかるってさ。ヒロエは汗がひどいから風呂借りたいって言ってたから入っとる」
「あらそうなの」
そんな話をしながら母さんは郵便物の内容を確認していた。
「えーと、コレは水道代だし…コレはいらない…ん、何コレは…『平野寺家の後継・平野寺真自の結婚に関するご案内』…?」
イニアの様子を眺めていた俺は三秒以内に台所へ向かう母さんの元へダッシュする。
「ぬぁわにぃ〜!? 結婚式ぃ!?」
「あぁ! ビックリした…何よノボルいきなり…」
何も知らない母さんは迷惑そうに言う。
「そ、そいつが! そいつが結子を取ろうとしてんだよ!」
家が静まりかえり、風呂場で寛映が使うシャワーの音だけが微かに響く。
「…そうだったの。でもコレ、掟により‥って書いているから生半可なものじゃないわよ…?」
漸く母さんも事態を飲み込んだようだ。
「これ、あんたが持ってた方が良いわ」
「勿論じゃ!」
そう言うと母さんは俺に招待状を持たせた。
「そ、そうだ開催日時は…!? …に、二週間後…後二週間…」
ふと思い出す。
イニアがこの二週間は起動しない。
「…ハッ! こうしちゃいられん! 知らせないと!」
俺はドタドタと廊下を走り、左の扉が閉ざされた部屋へと駆け込む。
「ヒロエちゃん! 大変だ! 真自が結婚式を挙げようとしている!」
こんなにもウカウカ出来ない十四日間は初めてだ。そう思い、俺は風呂のドアを開け、彼女に伝えた。
二週間後…イニアが動かない期間と被っている。
どうにかしないと、俺は!俺フガァッ!
「…とりあえずテメェは先ず冷や水被って反省しやがれぇーーー!」
全裸の彼女の前で俺が被ったのは、冷や水とソレをたっぷり溜め込んだ風呂桶であった。
4
「さ、お上がりください、結子さん」
「おっきいわね〜…」
土曜日、正午すぎ。
先日半ば脅迫に近い誘いを受けた私は、平野寺に足を運んでいた。
「おや、真自…お客さんかい」
廊下からパタパタとスリッパの音を立てて歩いてきたのは真自さんのお母様。
「あら、どうも。貴女は…」
「真自くんと同じクラスの鹿児島です」
「あら、どうも〜 落ち着かないとこだけどゆっくりしていってちょうだいね」
「有難うございます…」
私はペコリと挨拶をする。
「さ、結子さん。コチラへ…」
「ええ…」
言われるがまま、私はついて行く。
お寺というだけあって、コレでもかというほどの線香の香りがする。
「本当に、昔からあるのね…」
廊下の隅に固められている書物を見る限り、少なくとも1500年から既に存在しているようだ。
「昔からある寺に加えて、一度も火災に巻き込まれて居ないので文書類もそれだけ山のようにあるんです」
「へぇ〜…」
まるで生きた歴史書の様な場所だった。
「さ、この下です」
ある程度奥へ進むと、地下へ続く階段があり、先ほどまでと打って変わって不気味な雰囲気が漂ってきた。
「ここは戦や戦争などの時に民間人を非難させていたと言われている場所です。…最も、今は僕のアトリエになってるんですが」
「此処が真自さんの…アトリエ…」
扉の向こう側には、無数の筆やカンバス、更には絵を描くためだけに設置されたパソコンと液晶タブレットが複数置いてあった。
「ここ、地下よね…」
裸電球一個のみがついた薄暗い地下で私はサッとスマホを取り出す。
やはり圏外である。
「絵を描くだけなら電力さえあれば、インターネット環境は必要ありません。なので…」
パソコンの下からとりだしたのは、自家発電機。六台ほどある。
「す、凄いわ…」
怖いほどストイックであることをまざまざと見せつけられる。
「あ、そうだ…」
思い出したかの様に、真自さんは机にある物を動かし出す。
「ど、どうしたの?」
「ええ。此処にいると気味が悪いでしょう。少しでも心を落ち着けるために、リラックスできる線香を父から貰いましたので…」
ソレと同時にシュッと火をつける音がする。
「さ、此処に座って」
私は幾つかある椅子の一つに座る。
「良い香りでしょう?」
「ええ…すこし柑橘系の香りがする…」
「よく分かりましたね。この線香は集中力を高める為のお線香です。僕はコレを焚いて絵を描くんですよ」
すると、真自さんは彼の座っている椅子の横に置いてあるカンバスをイーゼルに乗せ、自分の斜め前に置いた。
「今日来ていただいたのは他でもありません…貴女を描かせていただきたいのです」
「私を…?」
「ええ」
そう言うと、彼はスポークを片手に持ち、中心点を合わせる。
「…」
「…」
「…結子さん」
「へっ?」
「お顔、結構小さいんですね」
「…!」
「可愛いらしいです」
思わず顔が赤くなってしまう。
その後も沈黙の時間は続く。
「…」
「…」
「…よし、下書きができた」
真自さんは少し満足そうな顔をした。
「えーと次は…アクリルガッシュで塗ろう。そしたら水を…あれ、ペットボトルに入れた水、切れてたのか…」
どうやら絵の具を溶かす水が無くなっていたようだ。
「すいません、結子さん。しばらく待っててもらえますか」
「ええ、待ってるわ」
「すぐ戻ってきますから…」
そう言うと、からの二リットルボトルを片手に足早に階段を登って行った。
「それにしても…」
凄い。
先ほどはストイックと表現したが、コレはある種の執念と言って差し支えない。
確かに、ノボルくんの熱量に苦言を呈すのも無理はない。
これは熱そのものだ。
「…あれ、何か落ちた…?」
乱雑に置かれた本がボトっとおちる。
「戻してあげようかしら…」
そう思った私は、その本を拾い上げる。
Diary…日記帳だった。
「何が書いてあるんだろう…」
何の気なしに見てみた。
×月×日。 AIイラストと言うものが勃興した。なるほどコレは確かに便利である。が、正直言って人が培ってきた温かさが失われる気がする。
×月○日。 NoB-Lという人物がAIイラストで有名になっている。彼の投稿イラストをみたが、僕は過去の下手くそながらも投稿する絵の方が好みであった。
2024年3月。 「天堂商店」にて、新型のお手伝いAIロボットを拝見した。僕のアトリエのお手伝いとして購入検討をしていたが、迷いどころだった。が、やはり僕とは運命がなかったのだろうか。次のお客が買って行った。
「これ…イニアの事ね…」
私は読み進めていった。
2024年4月。 映一高校に入学。此処にはあのNoB-L本人も入学したと聞いている。
この頃から急激にAI部門のイラストコンペで彼の名前が上位に来る事が多くなった。
悔しいが、いつか本人の口からそのテクニックを聞いてみたい。
2024年8月。 心が折れそうだった。世間がAIイラストの擁護を始めていた。理由は「著作権違反や無断使用に確実に引っかからない、正当な方法で描ける方法」が明記されたからだ。
…どうにかしたいが…既にこの手の侵略的な動きは絵の界隈以外にも発生している。
2024年9月。 挫けそうである。
2025年1月。 僕はこのカンバスに描き続けていた方が心が安らぐ。
数ヶ月AIを使ってイラストを作る事をしてみたが、やはり肌に合わない。…そりゃあカタチを完成させるために様々な学習をさせ、意味が伝わる絵を出せたときは感動したが。
満足感はそこで停滞した。
2025年4月。 NoB-Lがさらに爆発的なヒットをさせる。某投稿サイトでは常にトップの常連である。しかも同じ美術部員で、彼の友人と言う「渋谷」に話を聞いたところ、なんと僕のすぐ後ろに座っている「坂屋ノボル」こそ、奴の正体であった。
2025年8月。
「僕は彼を呼んで探りを入れた…」
「ヒッ…!」
思わず声が出てしまった。
「日記、読んでいたんですね」
「え、ええ…さっき机から落ちちゃったから…」
驚いて手から滑り落としてしまった日記を再度拾いながら、真自さんは言った。
「読んでくれたのなら、もうお分かりかもしれませんが…やはり僕には今のAI肯定の文化が分からない。アレでは、人の気持ちが乗らない」
真自さんは本を閉じながら私に目を合わせる。
「君のストラップだって、坂屋の気持ちが乗ってるから何時迄も付けている。そうじゃないですか」
「…それは」
確かにそうだ。
私は、小さな頃にノボルくんが作ってくれた、『ノボルくんが考え、ノボルくんが最後まで描いてくれた』この絵が今でも好きで付けている。
「けれど今、あいつが傾倒しているのはAIイラストだ。そこには坂屋の司令はあるが、坂屋自身は描いていない」
「…」
「ソレなのに貴女は…まだ昔の坂屋の姿を、今の坂屋に重ねようとしている。ソレではピントはいつまでも合いません」
先程までとは少し声色が変わってきた。
「貴女が彼を好きになったその熱量の理由、その根源の理由! それは彼が『0から100まで手掛けた』と言う事に他ならないからでしょう!?」
「真自さん…」
たじろぐ私に、真自さんはしがみついて来た。
「僕は…怖いんです…」
「えっ…」
「AIの文化もそう…今度の結婚の話もそう…」
「…」
「人の温もりや情熱、そして…人の想いを『効率化』の一言で消し去るこの世界が…怖いんです…」
「真自さん…」
啜り泣く声が聞こえる。
今だけは許して…ノボルくん。
私はそっと彼を抱きしめる。
「僕を…置いて行かないでください…」
私の目の前には、世の中の不条理な現実に打ちひしがれて崩れ落ちる一人の人間の姿があった。
5
「どうすんだよ、坂屋」
「どうするって言われても…」
シャワーを浴び、再び部屋に戻ってきた寛映は俺に問うてきた。
「このままじゃあ俺達だけ時間の流れが止まったままになっちまうぜ」
寛恵の言う通りだ。このままでは只々時間が過ぎて行ってしまうだけだ。
取り敢えずやるだけやってみよう。そう考えた俺は二階にあるものを取りに行く。
「お、おい坂屋! どこにいくんでい!」
「まーまー見てなって」
そう言いながら足早に階段を登り、自室に入る。
「え~と、確かこの辺に…あった!」
押し入れの中から段ボールを引っ張り出した。
「これさえあれば…!」
意気揚々と段ボールを抱え、下に降りる。
「ヒロエちゃ~ん、お待たせ」
そう言いながら俺は机の上にドカッと持っている物を置いた。
「コレ…なんだ…?」
「開けてみてよ」
「結構古い段ボール見てえだが…ってお前これ…」
そう。俺が押し入れから出したのは、昔俺が描いたイラストである。実に千枚。
「わ~懐かしいな~」
「は~…お前…こんな色々な絵描くのか…」
寛映は段ボールから出した俺の絵を見てそう言った。
元々俺が描く絵はアニメのキャラが多かったが、中学生に入った頃からは風景や鳥の絵など、様々な絵を積極的に描くようになっていた。
「…でもよお、やっぱお前一途なんだな」
「あ…気付いた?」
「ったりめぇでぇ。これでも女だぜ?」
様々な絵を描いてきた中学時代。
一番俺が多く描いていたのは、一緒に遊ぶたびに描いていた結子であった。
「でもさ、中三の頃かな…ひょんなことから『AIでイラストが描ける!』なんて言うのを見ちゃって。もう使い始めたら止まんなくてさ…」
「オウ…」
「元々俺はずば抜けて上手い方でもなかったし、けれども辞めたら辞めたで結子が離れていきそうで怖かったんだ。だからこそ、AIイラストに本格的にのめり込んだ」
これなら歯がゆさもなくなるし、結子も離れない。そう思っていた。
実際は違ったけど…。
「成程な…」
寛映はどことなく腑に落ちた顔をして言った。
「実はよ、俺もお前に会ってからやってみたんだ。AIで出力するヤツ」
「…どうだった?」
意外な発言に思わず興味津々で俺は質問してみる。
「ありゃあ難しすぎるぜ…よくあんな上手く作成できるなって思ったよ」
「ど、ど~も」
俺は照れながら返す。
「でもよ、今分かったぜ。なんでおめえがそんなに上手にAIを扱えるのかが…」
すると寛映は段ボールに軽く手をかけながら言った。
「こんだけ熱量持ってんだ…」
「ヒロエちゃん…」
俺は言葉に詰まる。
「俺はおめえの描いた絵が好きだぜ。もっと自信持てよ」
ニコリと寛映が俺に微笑みかける。
「そう、か…?」
「こんな冗談、つくわけねぇだろ」
俺は今一度、俺自身が描いていた絵に目を運ばせた。
そういえばこの絵の右上に描く「y」マークって、結子と一緒に居た時に描いた絵だったっけ。
この絵、公園で描いたんだな。砂の跡が付いてる…。
この桜の木の絵にも「y」ついてるな。
この道…はどっか忘れたけどこんな所にも行ったんだなぁ…。
「ヒロエちゃん…俺、自分の絵に自信持っても良いのか…?」
「ああ、当たり前だ」
いつの間にか俺は泣いていた。
「ヒロエちゃん…」
「泣きたきゃ泣きな…ほら、こっち来い」
そう言うと、涙を流す俺を、寛映は優しく抱きしめてくれた。
「泣くだけ泣いて…それからだ。坂屋」
「…ありがとう」
彼女の腕の中は、今の俺には暖かすぎる位だった。
6
翌日。俺はキョウジと共に天堂商店へと足を運んでいた。
「こんちゃ~す…あ、ヒロエちゃん!」
「おう、キョウちゃんに坂屋。やっと来たか」
俺とキョウジはニカッと笑う。
「今日は親父に頼んで定休日にしてあるからよ、気にせず入ってくれ」
そう言われながら、俺たちは店の奥に歩みを進める。
AIロボット事業で大成功したというのは知っているが、まさか一号店であるこの店舗は昔ながらの街の小さな電気屋さんのままだとは。
「そういや親父さんは?」
キョウジが訪ねる。
「『せっかく休みにしたからにはどっか遊びに行く』とか言って出かけてるぜ」
「あ、そうなの」
今や大企業の社長でもある親父さんだが、『楽しいから』という理由でこの一号店の店長をやり続けているようだ。
最新のAIロボットのパーツを入荷するだけあって、今でも発売日当日には長蛇の列が形成されるとか。
なんとなく聞き流しつつ、奥の自宅部分に辿り着く。
そして寛映は俺が手にしている物に目をやった。
「そういや…選別できたか坂屋」
「もっちろん!」
手に持っていたパンパンのファイルを俺は寛映に見せながら答えた。
*
「しっかしノボルもよくこんなにユーコさん描いてたよな」
「そりゃあAIに没頭しちゃそっぽ向かれるのも無理ねぇぜ」
「じゃ~かしい! 描いて何が悪い!」
俺がファイルから取り出した、結子を描いた枚数を見て二人に言われたのだ。
「お前ホントに選別したんか?」
三人でそれぞれ手分けして数えたところ、大体六十枚程あった。
「おめぇどういう選別方法だ」
「やだなぁヒロエちゃん、俺はちゃんと結子の顔がしっかり描いてあるやつを持って来たんだよ」
「本来何枚だったんでい」
「ダンボールの側面に数が書いてあったんだけど…」
そう言いながら、俺はスマホをポケットから取り出す。
実は整理していた時に何となくその数を撮影していたのだ。
「どれどれ・・・」
合計:1000枚。
人物以外(鳥、景色のみ等):370枚
人物あり・背景あり:130枚
人物のみ:500枚
人物(結子):382枚
「おめぇ、人物のみがほぼ結子しか描いてねえじゃねえか…」
「つまり最低でもこの紙の枚数分、結子と遊んでいるわけだ…」
キョウジと寛映がこちらをジロリと見て来た。その目はまるで「鈍感」と言わんばかりのソレだった。
「…ともかく、俺から提案なんだがよ」
「何だヒロちゃん」
「この結子の中から一番多い表情を見つけねぇか?」
パラパラと結子が描かれた紙を見ながら寛映は言う。
「お前のお気に入りがこの六十枚なわけだ。相当熱がこもってる筈だよな。その中でも一番多い表情がわかれば、それが『一番結子が輝いてる瞬間』、つまり絵にしたくなる顔ってわけだ」
淡々とした口調で彼女は言った。
「成程確かに名案だな」
俺は素直に感心する。が、なんか彼女の割にはサラッと流そうとしているように感じる。
「名案だとは思うんだが…なんでそんなに素っ気ない感じで提案するのさ?」
俺はなんとなく感じたことを投げかけた。
「バカ野郎! 素っ気ないんじゃねぇ!」
カッと目を見開き、机をドンと叩きながら寛映が叫ぶ。
数秒の静寂の後、彼女はまるで王手をかけるような笑みを浮かべてこう言った。
「これは…俺がイニアを作った時と同じ手法だからさ」
何かを作るなら、自分が燃えるところを見つけて死ぬまで叩きまくる。
これこそ寛映が物を作る時のポリシーとのことだった。
だからあの淡白な感じは「その効力を実証・体感したからこそ」の軽さだったのだ。
「そうと決まれば早速選ぼうぜ!」
キョウジが声をかけたのをキッカケに、俺たちは結子の絵を分け始めた。
―やっぱ笑顔の表情が一番多そうだな…
―お前、二人で海に行ってんのか!
―コレひっそり怒ってるところ描いてただろ。
―…この笑顔の時の傾き方は俺が発見したんだ。
「…とこんな感じだろう」
各表情に分けた絵を、トントンと揃えながら寛映は言った。
やはり一番多いのは笑っている絵。さらには少し顔を傾けている絵が多く見られた。
「やっぱ結子は笑顔の時が描きやすいんだよな~」
「そりゃ誰だってそうなんじゃねぇか」
何を当たり前な事を。そういう顔でキョウジが呟く。
「いや、人間笑顔だけじゃないんだぞ!」
「と、いうと?」
俺はキョウジに向かって話しつつも、指は寛映の方を指す。
「な、何でい…」
「丁度ここに笑顔以外が似合う人材がおるではないか! この熱き血潮が流れる熱血少女! いや、その熱量はまさに熱血男児そのもの。思いっきり空手や柔道で…」
「じゃあおめえにその表情見せてやるよ!」
「…決め技を決めた時のあの凛々しい表情がとてもにあドワハアァァァ!!!」
俺の顔にお見舞いされた上段蹴りによる痛快な一撃を放つ瞬間の姿は、一番彼女らしい表情であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます