第五章 添削
1
「やっと戻ってきたか、坂屋」
真自さんが会話しているその人物。
「いや~考えてた~考えてた~! なあイニア?」
「ノボルにしては色々考えてたラ!」
ケロッとした表情で彼は帰ってきた。
「ん、おはよう坂屋。ちったあ考えたか」
そう声をかけるのは、やっと届いた制服を着ている(男物だけど…)天堂さんだった。
「ヒロエちゃんの熱い男気の溢れる熱血抗議のおかげでなんとなく掴めた。お礼のハンドシェイクをぉぉぉぉ…どおしてそんな潰そうとするの…」
何があったのかは知らないけど、多分『男気』に引っかかったのだろう。
爪の跡がくっきりと残るまさに『寛映の洗礼』を受けていた。
「学習しねぇオメェに対するおれの男気溢れるお礼返しだ。…ったく、それより、俺より先に挨拶した方が良い人が居んじゃねえのかよ? …ずっとこっちみてるけどよ」
…ハッ。
私は急いで目をそらす。
「おら、いきな」
ドカッと背中を押されたノボルくんは、私の目の前に立つような形になった。
「あ、あの…」
「…」
何故か私と同じように、教室が少しこちらに注目している。
「ただいま…帰りました…」
恥ずかしそうに彼は言った。
「…遅かったじゃない」
…私も恥ずかしかったけど。
その後から、授業内でペアを組むタイミングになると妙に全員からノボルくんの元に連れていかれるようになったのはまた別のお話である。
2
「よし、坂屋も戻ってきて全員そろったことだし…少し遅いが、後期の生徒会に出席する生徒を決める」
六限目の中頃。十五時過ぎ。
この学校の独特な風習の一つの「半期ごとに生徒会の人間を変える」為の議論が開始された。空気の入れ替えが主な理由らしい。
しかし眠い。
これに関しては俺以外のクラスメイトも大きな口を開けていたり、突っ伏していたりするので恐らく全員が思っている事である。
教壇か見たらなおさらそれは理解できたであろう。
「おきんかお前ら!」
先生らしい一喝が飛んでくる。
…が、その後の説教がこない。いつなら飛んでくる筈…。
そう思っていると何やら先生が教卓から何かを取り出した。
それはペン立ての中にいくつも細いひもが入っているものだ。
くじ引きである。
「…まあ議論と言っても六限のホームルームだ。どうせ全員マトモに聴かないと思ったからな。先生がくじ引きを用意した!」
―なるほど確かにくじ引きなら。
―寝てても安心ね。
―自動化バンザイ!
「あのなあお前ら…」
先生もそれ以上は言わなかった。
「拍子抜けだぜ、俺は。ここ、この県内じゃ随一の頭の良い学校じゃなかったのかよ」
「そうラ」
「…そうラ、ねぇ…」
中央最後列にいる転入組の緩い会話も聞こえて来た。
「全く…寝てたいやつは勝手に寝てろ! さっさと決めるからな!」
そう言うと先生は40ほど入っている細い紙切れのうち、二本を引いた。
「えーと…後期の担当は…」
一瞬だけ、ここにいる全員に緊張が走る。
「平野寺クンと鹿児島クンだ!」
―まぁ妥当な線だな。
―ファイト~
「まぁこの二人なら問題なくこなしてくれると思うので先生も安心だ。なんか質問あるか?」
そう言うと一目散に手を挙げた人がいる。
イニアだ。
「アタシやるラ、先生」
クラス中が若干どよめく。
「アタシ、学校のこと色々知りたいラ!」
イニアにしては妙に積極的だが…何かあったのだろうか。
「うーん、積極性は大いに歓迎するが…イニアくんはまだ学校生活が短すぎる。申し訳ないが、三年生になったらまた頼む」
何か異様に焦っている。そう言うふうに見えた。
「でも!」
言いかけたその時、小声で寛映が声をかけた。
「おい、イニア…」
「…わ、わかったラ」
耳打ちで何かを言っていた為どんな内容であったかは分からないが、どうやら納得したようだ。
…何をそんなに焦っとるのだ。
「…じゃあ少し早いがこれでホームルームを終わりにする。せめて号令の時ぐらいは立てよ?」
その声に合わせて渋々とクラス中が立ち始める。
「じゃあそのまま帰りのショートホームルームも省くぞ、特に伝える事はないからな。じゃみんな気をつけて帰るように」
その声と共に一礼をした生徒達はパラパラと帰り始めた。
「生徒会かぁ…去年の前期もやったけど会長以外は確認するだけで暇なのよね」
「ふーん、そんなもんか」
帰り支度をしながら、俺はゆうこの話を聞いていた。
「そういや…さっきはヤケにイニアが張り切っておったな。何だったんだろ…」
「…たしかに」
俺の発言に返答したのは結子ではなく真自だった。
「いきなり出てくるな」
「仕方ないだろう。数歩先に僕の席があるんだから」
やはりこいつはなんか鼻につく。
鼻につくと言うより筆を額につけられたのであるが。
「オメェら何くっちゃべってんだ。帰るぞ」
真自と俺の妙な小競り合いが始まるのを察したのか、ヒロエが声をかけてきた。
「それもそうね、帰りましょう」
「…それもそうだな。結子と帰るの久々だな〜」
「ノボルくんが来てないからでしょ〜!」
そんな他愛もない会話をしつつ、イニアや寛映とも一緒に帰ろうとした時である。
「待った!」
真自だ。
「少しお時間を頂けないでしょうか…天堂さん」
止めた相手は意外にも俺ではなく、寛映の方だった。
「何だ」
「少し話したい事がある。一緒に来てくれ」
真自からは少し異様な圧を感じる。
「俺に喧嘩売ろうってのか? …上等じゃねぇか。イイぜ」
「ケンカなんて…とんでもない。お話がしたいだけです」
そう言うと二人は出口とは反対の校舎裏の方へと向かっていた。
「どうするラ…?」
「面白そうだし、後つけてみるか」
「よっしゃ! 尾行するラ!」
久々のこの感覚が堪らなく俺の野次馬精神をそそる。そしてイニアも、この精神をいつのまにか学習していたようだ。
「…んもう!」
そう言いつつも、結局結子もついてきた。
*
「なんでい、話って」
映一高校校舎裏。今日のその場所はとんでもなくピリついていた。
「わざわざ呼び出してすまない。ちょっと聞きたい事があってな」
風で靡くオールバックを一度かき揚げ、整えながら真自は言う。
「数日前、結子さんを体育館倉庫に連れていったのはお前で間違いないな?」
俺のいない間にそんな展開があったのか。
「それがなんかあるか」
寛映も隠す気はなさそうだ。
静寂が広がる。
「お前…結子さんを狙っているだろう」
「…どう言う意味だそりゃあ」
本当にどう言う意味なんだそれは。
俺は少し悩んだが、直ぐに気がつく。恐らく真自はまだ女である事に気付いていない。
「あれは僕が幸せにする予定の女性だ」
「な、何を言ってんだ…オメェ…」
若干の話の噛み合わなさに寛映はぽかんとした顔をしてしまう。
「ええい!わかりきった事を! 男であるお前が結子さんを体育館倉庫に連れ込むと言う事はつまり愛のアヒィン!」
「俺は男じゃねぇぇぇぇぇ!」
痛烈なスカイアッパーが炸裂する。
「オ…オンナ…?」
飛ばされながら真自の頭の中は混乱していた。
「そうだ、俺は男みたいな格好だがれっきとしたオンナだ」
「し、しかし君のその服は…」
「こらぁ昔から治らねぇ男癖のせいで、こっちの方が落ち着くから着てるんだよ!」
そう言うと寛映は仰向けに倒れている真自の上に乗っかる。
「おら! コレがその証拠だ!」
次の瞬間。
「ナッ!」
「うっそ…」
「ラ……!」
「アピィ!本当にオンナ…」
大胆にもワイシャツをあけ、つけていたスポーツブラをあげたのである。
「ちょっと…あれ、私のよりも全然あるわよ…」
結子が驚愕した表情でいう。
「俺も無理やり手掴まれて、ふっつけられた時に大きいとは思ったが…」
「あら、ノボルくんもやられたの、それ?」
「結子もか?」
「ええ、それこそ丁度倉庫に連れて行かれた時…」
「どうやって隠してるんラ…」
つい女性陣も見惚れてしまうような胸。恐らく日頃から鍛錬し、引き締まったボディだからこそ、あの綺麗な形を保っているのだろう。
「何にせよ、俺は結子を貰うためにここに来たんじゃねぇ。坂屋の熱を取り戻すためだけに呼ばれたんだ。オメェに構ってる暇ねぇんだよ」
寛映は制服を着直し、帰ろうとしたその時である。
「ならば…僕の敵だ」
「何だと…?」
寛映の背中に向けて、彫刻刀で指差しをする。
「僕はあの不甲斐ない坂屋に変わって、結子さんを幸せにさせる。そう決めたんだ」
隠れていた俺たちに一気に緊張感が走る。
「ゆ、結子…お前なんか言われたのか…」
「………」
「結子…」
彼女の口からは何も言えない様だった。
「盗み聞きとは良くないぞ、坂屋」
真自達に気付かれた。
「お前、なんか言ったのか…?」
「いや、何も。…強いていうならキミと僕で何が違うかを添削してあげた。…と言ったところかな」
真自の敵意がこちらに向けられる。
「最初はキミの不甲斐なさを正してあげようとしたが…どうも学習能力がないらしい。だから代わりに結子さんを僕が幸せにする。そう決めたんだ」
もしかして、イニアが生徒会を申し出ていたのは…
「イニア、もしかして知ってたのか?」
「ごめんラ…でも真自が口を滑らせてなかったら、アタシも知らなかったラ」
イニアは申し訳なさそうに言う。
「坂屋! こんな奴の言うことなんか気にすんな!」
拳を向けて寛映が奇襲をかけようとする。
しかしそれを見切るかのように瞬時に回避する。
「お生憎様。僕は昔から合気道をしてるのでね…もっと気配を消したほうが良いかと…」
「くっ…俺は空手の間合いならわかるが、合気道の間合いは熟知してねぇ…」
真自以外の全員に嫌な汗が流れる。
「兎に角、僕は全力で結子さんのことを奪いにいく。それまでに彼女を説得すると良い」
そう言いながら、真自は颯爽と去っていった。
「お、おい坂屋…あんな奴、歯の浮くようなセリフしか言わねぇんだ。気にするな!」
「そうラよ、ノボル…」
みんなの声が耳に響く。
まさか真自が詰めてくるなんて。
「ノボルくん…コレ使って…」
結子がハンカチを差し出した。
「へっ…?」
気付けば俺は涙を流していた。
「ごめんね、ノボルくん…言い出せなくって…」
「結子が…謝ることはないんだ…俺がぬるいお湯に浸かってたから…真自に取られそうになってんだ…」
俺には何かが足りない。
それをアイツは結子に上げようとしている。
ぽっと出のやつに取られたくない。
結子への気持ちは、俺の方が昔から届けているんだ。
ならばどうする…?
もっと、何か決定打を見つけなければ。
俺と結子を繋ぎ止めているもの…
3
「おかえり…あらどうしたのそんな目赤くして…」
「…別に」
帰ってきて早々、母さんに茶化される。
「ただいまラ〜」
「イニアちゃんもおかえり。ノボルに何かあったの?」
聞きたがりの母さんはイニアにまで探りを入れようとしていた。
「母さん!」
「いいじゃない別に」
「良くない!」
人の気持ちなんか分かっていやしない。そう思いながら二階へあがろうとしたその時である。
「あんた、もしかして結子ちゃん取られそうなんじゃないの」
ギクッ
「あっ、お母様それは…」
「ほらやっぱりそうじゃない! 大家族で育ったアタシの目は誤魔化せないわよ!」
流石は母。女の勘と大所帯での経験、そして何よりも愛する人との交際を完結させたその手腕によって見事に俺の悩みを言い当てたのだ。
「…じゃあどうすればいいってんだ!」
階段越しに廊下にいる母に怒鳴る。
「そんなの簡単じゃない」
そう言うと得意げな顔をして母はこう言った。
「結子ちゃんを添削するのよ」
その言葉を聞いた俺は黙って二階へと上がった。
「お母様、名推理ラねぇ〜!」
「伊達に四十年以上生きてないわよ! こんな高校生の悩みなんざ朝飯前なんだから」
なーにが朝飯前じゃ。
…
…
…取り敢えず、結子のことを紙に書き起こしてみることにした。
*
鹿児島結子 十七歳。
生年月日 2008年十二月四日。
血液型 B型。
「なんか気持ち悪いラー!」
「フガッ!」
なぜかチョップを頭に喰らう。
「なんでじゃ!」
「なんか細かすぎ気持ち悪いラ」
二階へ行った俺は早速、結子の特徴について書き始めていた。
が、早々にイニアに注意のチョップをお見舞いされた。
「えーと趣味は…確かアイツ、俺と一緒でお絵描きすきだよな〜。後は何だっけか。あ、映画も見るの好きなんだよなアイツ」
「へぇ〜そうなんラねぇ」
何故かイニアも興味津々で見てくる。
「アイツ、小さい頃から結構ロマンチストなところがあるからなー。なんかその辺でヒントがあればいいんだけども…」
「ふ〜ん…」
何かイニアが腑に落ちた顔をしていた。
「なんだその顔は。なんか合点が言ったような感じだが…」
「ううん、何でもないラ」
「あ、そう」
今はイニアに構ってる暇はない。何か手がかりを掴む方法はないか…
「あ、そうだ」
俺はおもむろにスマホに手を伸ばし、電話をかける。
「誰かに電話をかけるのラ?」
「まーまーお静かに」
ガチャ。
「あっ、もしもし…坂屋と申します…お寺さんですか…? あの…はいそうです、お友達の…」
「お寺? …どこにかけてるラ…?」
イニアが不思議そうにしていたので、俺はスピーカーにして聴けるようにした。
暫しの保留音が流れ…
バツッ。
『はい、もしもし。平野寺ですが』
そう、俺がかけたのは何を隠そう平野寺家の電話だった。
「やあやあ真自くん」
『なんだ坂屋。いきなり電話なんて』
「君に聞きたい事があってね」
『…手短に頼む』
「結子が引っかかりそうな手ないドオワハァァ〜!」
サファイアチョップが俺を襲った。
「ノボルのバカ〜!」
『イニアさんの言う通りだ! このすっとこどっこい! ゲーム好きのお前に言ってやる! 今お前は敵陣の大将にあなたの首を討ち取りたいのですがって言ってるようなもんだ!』
バツッ!…ツーッ。ツーッ。
「め、名案だと思ったんだけど…」
「かけるならもっと遠い人にかけるラ!」
*
「あ、もしもしヒロエちゃん?」
『なんだ、坂屋』
「イニアを作った時の気持ちをもう一回聴きたくて〜」
『そりやぁオメェ! 相当な情熱を持って作ったぜ。当時俺は試作品として取り敢えず作る筈だったんだがよ…一つのところに命をかけるというか、特に俺は一球入魂! オンリーワン! 一点ものを作ってやるって気持ちでよ! それから…』
バツッ。ツーッ、ツーッ。
…物凄い嵐が通り過ぎた気がした。
「すごい電話ラ…」
「ふむ、一点物… そう言えば一点物といえば…」
昔俺が結子にあげたストラップも、それに該当する。
*
「あ、もしもしキョウジ?」
『おーっすノボル! どうしたこんな時間によ』
「ううん、ちょっと聞きたい事があって」
『ん、なんだ?』
「お前って俺のイラストって見てどう思ってる?」
『あー、つまらん』
「そう言われると凹んでしまうが…」
『というか、お前の手書きの方が俺は好きだな〜』
「ふむ…」
『あ、もしかして結子に何か仕掛けようとしてんのか?』
「よー分かったな」
『だとしたらお前さん、大チャンスだぞ』
「どういうこと?」
『あのな、物事にはバネってもんがある』
「ほう、バネ…」
『今お前はAIでイラストを作ってる状態だ。そしてそれは何年も続いてる』
「たしかに」
『こう言うのはシーソーとかで考えた方が良い。そして客観的な目で見るべし』
「と、言うと…?」
『俺が教えられるのはここまでだ…さらば』
「あっ、待て!」
ガチャリ!ツーッ。ツーッ。
…あいつ、どうしても俺に答えを見出してほしいみたいだな。
「よっしゃ、考えてやる」
アイツは確か「客観的かつシーソーで」考えろと言っていたな…
恐らく話の流れ的にはAIイラストと手書きのイラストのシーソーだ。これは分かる。
「何描いてるラ?」
「まー見てなさいよ」
俺は均等に真っ直ぐなシーソーの絵を紙に描き、その左右の端にオモリとなる二つの丸いものをのせる。
それぞれの名前は『AI』と『手書き』とした。
「客観的な目でみる…」
今俺が人から見て力をかけているのはAIイラストの方である。そりゃあ、簡単だしチャートが完成すれば以降基盤を作る必要があまり無い。ついでに言ってしまえば量産できる。
「これはプラス要素だから一個書いて…」
俺はAI側にプラスマークを一つ描く。この大きさや数がそれぞれの重みになるようにする。
だがしかし、量産が出来るこの手法で作られたイラストの体重は一つ一つがものすごく軽い。そして、いつでも質が落ちないと言えば聞こえが良いが、逆に言えば「ワンパターン戦法」なのである。
「つまりこの+が、AIの場合は一対一が妥当な重さかな…」
そしてこの真ん中の支えている所。ここは客観視してる人の心。つまり今回で言えば、結子の気持ちである。
「そう言えば結子、あんまりAIのイラストに興味がなさそうだったな…」
じゃあAI側の+の重さはもっと軽い。
「0.5くらいラね」
「お、何してるか理解できたか」
「ラッ!」
…言ってしまえば、学園祭の結果も世論の声である。
と、なると…相当な軽さである。
「考えまとまりそうラ?」
「後もうちょっとだ…」
俺は肩肘をつき考える。
シーソーのもう片方に乗せるものについて考えよう。
ここに乗るのは「手書きのイラスト」だ。
AIイラストとは違い、完全にゼロから描いて最後まで筆やペンを使い完成させる。これは古来から人間がやってきた事。まぁ、誰にでも出来ると言えばできる。
しかし、全く同じものというものは絶対に作れない。
同じモチーフ「海」で考えてみよう。
AIに任せてしまえば『模範的な海』が出来るが、『海だけ』しか生成しない。勿論、ワードやヒントを与え続ければ岸壁や人も描くかもしれない。
が、AIはそこで終わるのだ。
こういう海岸でココに人がいて、あの場所に岩がある。
…ここまでなのである。
手書きの場合はというと、「海」といっても各々の海が存在するため、ロケーションこそ被る時はあるが、角度や波の数の良し悪しは個人個人によって違う。
そもそも『海』のテーマで『ワザと海を描かない』可能性すらある。
コレを描くきっかけは何なのか。
コレを誰に届けたいのか。
途方もない時間をかければかけるほど、その絵に対する感情や思惑という重みが一つの絵の中に込められる。
つまり…
AIは一個一キロであるならば、手書きは一個十キロにも百キロにもなりうる。
「一つの作品で実現が可能」なのである。
しかし、この添削が合っているか、正直謎である。もしかしたらもっと違う意見もあるかもしれないが…
「あ、そうだ…」
こう言う時の『お手伝いAIロボ』ではないか。
「なあイニア」
「なんラ?」
「お前はAIイラストをどう感じてる?」
「画期的な手法だと思うラ」
「他は?」
「いっぱい作れるラ」
「他!」
「誰でも作れるラ」
「後もう一つ!」
「描き味にブレがないラ」
それを聞いた俺はしばらく黙る。
「じゃあデメリットは!」
「うーん…最初に上げたモノ以外のメリット全てなんラ」
「つまり!」
「量産出来るだけで個性はゼロなんラ!」
「つまり俺が今やるべきは…!」
「…」
「なんでそこを言わないんだ!」
「そこまで言ったのなら自分でも分かってる筈ラ〜!」
「フガァッ!」
今回ばかりは、このチョップを喰らおうがへっちゃらだった。
4
「真自、なんの電話だったんだい」
「ああ、いやクラスメイトからの電話だったよ」
僕は電話に出た父を軽くあしらう。
「はあ、ならまああいいけど…」
この日、何故か坂屋ノボルは平野寺自体に電話をしてきた。何かの嫌がらせだろうか。
「しかし…」
今の電話の内容。確実に結子さんに何かアクションをかけようとしている。
「何かに気付いたか…?」
もしそうだとしたら、僕もウカウカしていられない。
出会った当時は数多いる女性の中の一人と認識していた。
しかし…坂屋の鈍感ぶりに振り回され続ける彼女を見ると、あの男に着いて行こうとする彼女の未来は暗い。
今彼女に手を差し伸べなければ、きっと彼女は今後どう生きれば良いのか分からなくなるだろう。
そして…
「父さん、明日帰ってきてからアトリエを使うんだが…少し線香を貰ってもいいか?」
「ああ、幾つでもあるから構わないよ」
「ありがとう…」
あいつが気付いたのであれば、コチラも拍車をかけていかなければならない。
「ああ、そうだ真自」
何かを思い出したのだろうか。父に呼び止められる。
「後継の件についてなのだが…」
「勿論、僕ならそのつもりですよ」
寺に僕にとっては当然の事。
気に求めずに聞き流そうとしていた。
「お前も十八になっただろう」
「ええ」
「後を継ぐにあたって先にお嫁さんを選んでもらいたいんだよ。何人か選んでるから今度写真を見てくれ。そうだな…二週間以内に決めてくれるか」
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