第四章 中身

                 1

  あれから数日。

「今日も来てない…」

 わたしの隣の席は今日も空席だった。

 噂によれば、絵の投稿もパッタリと更新が止まっているらしい。

 自分と向き合っているのだろうか。

「熱量、か…」

 余計わからなくなってきた。

 私の方も悪いのかな…

 私はノボル君自身が最後まで自分の手で描いた絵が好き。それがきっかけであの人が気になり始めた。

 でも今彼は、私が好きな部分を全てAIと言う、極論で言ってしまえば他人の脳で処理をしている。

 それってノボルは指示をしているけど、作り込んでるのは他の人ということになっちゃうんじゃないかな…

 そう考えると…

 今、熱量があるのは…

「あ、スマンスマン」

 先生が少し息を切らして入ってきた。

「…突然だが、今日からこのクラスに入る転入生を紹介する。紹介が被ってしまうが二人だ。さ、入りなさい」

 先生が廊下で手招きをする。

「えっ…」

「ちょっと…」

 驚いたのは私ともう一人。

 真自さんだ。

「えー、まず一人。キレイな青い髪の毛は地毛だそうで、名前をイニアと言う」

「イニアです! よろしくラ」

 ノボル君が来ないと思っていたらその片割れが来てしまった。

「ち、ちょっと待って下さい! 先生!」

「平野寺焦るな。…えー、イニア君は『高校生』を学習しにきたAIロボットだ。皆も仲良くしてあげるように」

 流石の私も予想もしてない方向に事態が転がってきている。

「そしてもう一人が…天堂寛映(てんどうひろえ)君。実は天堂くんの親が経営している会社の手伝いの一環で、天童くんがイニアくんを作ったそうだ!」

「うっす。よろしく」

 黒髪でショートヘア。身長は大体一六五センチほどと言ったところだろうか。若干イニアの方が高い。

 キリッとした目付きに、しっかりと整えられた眉。けれどもどこか野蛮さも感じられる、そんな雰囲気を醸し出している人だった。

「イニア君と天堂君の席は中央の最後列にあるのでそこに座ってくれ」

「了解ラ!」

「ん…」

イニアはルンルンと、天堂さんはズケズケといった感じで自分の席に着く。

「あ、天堂君の服装に関してはまだ制服が無いから暫くは私服で来るので気にしないように」

 …と言っても、天堂さんの服装は無地の白い半袖に通気性の良いジャージ。ほぼほぼ体操着である。

 —カッコいい…。

 —男の子よね…。

 何よ…みんな声出し始めちゃって…

「ねえ、ヒロエ…」

「何だ、イニア…ああ、いいさ」

 会話とは程遠い相槌をしただけで、何かを理解したようだった。次の瞬間。

 —イニアちゃんに…キスした!

 教室内がざわつく。

「すまねぇな、嬢ちゃんら。俺が熱持ってんのはイニアなんだ」

 —あぁ、それでもかっこいい…

 へにゃりと机に突っ伏した女子が数名。この人の悩殺力が垣間見える瞬間だった。

「ま、まぁ…愉快なメンバーが入ったのでこれから仲良くするように!」

 そう言うと先生は一限の授業の準備があるからと急いで教室を出て行った。


                 *


「ねえねえ!」

「なに?」

「学校、たのしいラね!」

「フフッ、そう思う?」

「ウン!」

 私はイニアに誘われて一緒に昼食をとっていた。

「休み時間にお友達も出来たラ! ちょっとこっちくるラ!」

「え! もう出来たの?」

「うん!」

 意気揚々と教室の外に向かってイニアは手招きをする。

 …イニアのお友達って一体どんな人なんだろうか。

 そしてペコペコと頭を下げて入ってきたのは…

「うっす、ユーコさん」

「…京次郎さんじゃない」

 私はキョトンとする。

「たまたまキョウジと会ったから、お友達になってくださいラ! って言ったらなってくれたんラ!」

「は、はぁ…」

 そりゃあ学園祭で、一日中一緒に回っていた相手であれば、断られる事はないんじゃないかな…。

「そういえば、このクラスにイニアさんともう一人転入してきたんですって?」

「そうラ!」

「何でもめちゃくちゃカッコ良い人で、真自のニューライバルとか…」

「後ろにいるラ」

「はいはい、後ろねぇ〜…後ろ!?」

 イニアに振り回され、ノリで後ろを振り向いた京次郎さんのその数センチ先。

「俺が…その転校生だ」

「き、君が…お名前は…?」

「天堂…寛映だ…」

 集まっていた私たち以外にも、緊張感が張り詰めていた。

 その凄まじい異様な圧に京次郎さんも動揺を隠せていない…筈だった。

「天堂…ヒロエ…ヒロちゃんか!?」

「何でその呼び方を…」

「俺だよ、俺! キョウちゃんだよ!」

「…あ! 小学の時一緒だった…お前、この学校だったのか!」

 二人は抱き合う。

 聞けば、天堂さんのお父さんの実家と京次郎さんのお家が近所で、AIロボット製造が成功するまでは天堂さんはここの地域に住んでいたらしい。

 AIロボ製造が成功した事で、各地に転勤し、今まで以上に仕事に従事。そしてついに天堂さんのお父さんは社長にまで上り詰めたとの事だった。

 けれどお父さんは地元愛が強く、この街に本社を移転させた事で、この街に戻ってきたようだ。

「…と、まあこんな感じラ」

 イニアがご丁寧に説明をしてくれた。

「それ、どこ情報?」

「ヒロエと偶にするやりとりのデータログと…後、ウィティぺディアなんラ」

 確かに天堂さんとのやりとりは確実性があるが、肉付けでウェブ辞典をスラスラ付け加えるところは流石AIだ。

「でも流石に、ヒロエから偶に出てくる『小さい頃の友人』がキョウジだったのは知らなかったんラ」

「ふーん…」

 イニアにも話してないとなると、何かあったのだろうか。

「ひっさしぶりだなぁ! お前も! 最初髪長くないから誰かわかんなかったぜ!」

「って言うか…こっちはどうなんだ、こっちは」

イニアと話しているその横で、京次郎さんが天堂さんの肩から胸の方に向けて指をツーッと這わせていた。

「バッバカ! やめろ!」

「流石にあんじゃないの?」

「そう言う事じゃなくってだな!」

 男同士の戯れという感じね…

「ば、バレたらどうすんだ!」

 それにしては天堂さんが異常に焦っているように見える。

 それに今、『バレたらどうする』って言っていた気がする。

 バレたらどうする…指を這わせる…

 乙女心には一つしか思い浮かばない。

「キョウジさんとヒロエさん…も、もしかして…」

「なっ…」

「男同士で好きあってるの?」

 一気に二人の顔が青ざめる。

「そーじゃねーよ!」

「な、なんでおれがヒロちゃんと! 俺は昔からの知り合いなだけだぜ!」

 二人が慌てふためく。が、天堂さんに関しては何かを隠そうとして慌てている気がしてならない。

「キョウジ! おまえそういう割にはヒロエに手出そうとしてるラね! こうなったらお友達でも容赦しないラ! 鉄拳制裁・サファイアチョップ!」

 要するにクロスチョップであった。

「イタ〜イ!」

 まともに受けた京次郎さんの顔にはバッテン印が付いていた。

「イニアも相変わらずねぇ…」

 などと言いつつ、外野で見守っていた時である。

「おい、ちょっと…」

「えっ!」

 天堂さんに腕を掴まれる。口調通りのかなりの腕力で、シュッと引っ張られてしまう。

「ちょっと、どこ連れてくのよ!」

「オメェに見せてぇもんがある!」

 

                  *


「ちょっと…ここ、体育館倉庫よ!」

「いや、此処じゃねぇと誰が見るか分からねぇからよ…」

 そう言うと天堂さんは突然上着を脱ぎ始めようとする。

「な、何してんの…?」

「何って、お前じゃねえと出来なそうだから…」

 …喰われる。

「わ、私戻るわ!」

 タダでさえ今、真自さんからも迫られているのに、それ以上に豪速球かつストレートに来られてしまっては身が持たない。

 此処は逃げるしか…

 私が倉庫の扉に手をかけた時である。

「ちょっと待てぇ!」

 服を脱ぐのをやめ、ものすごい速度で迫ってきた。

「ひっ…」

つい声が出てしまう。私の腕を掴み、彼女自身の胸に寄せた。

「オメェ、俺が何言いたいか分かるか」

「えっ…何って…」

 逆らってはいけない。

「取り敢えず俺のシャツん中手入れろ」

 私は天堂さんのされるがまま、脱ごうとしていたその白い半袖のその奥に手を突っ込まされた。

 静まる空間。

 天堂さんの胸に手が当たる。

「ん…」

 少し声を出した天堂さんの、少し早くなっている鼓動が手のひらを伝い、私に伝わる。

 …だが、問題はそこではなかった。

「分かったか…」

「分かったって…天堂さん、アナタ…」

 太った人であるならまだ分かる。しかしながら、天堂さんはそのような体型とは真逆。どちらかと言うと筋肉質の、引き締まっている身体である。けど…

 私の手の中にあるそれは、確実に膨らみがある。

「天堂さんあなたもしかして…」

 私がそう言うと、ゆっくりと頷いてこう言った。

「男みてぇだが…俺は…女なんだ…オメェになら言っても大丈夫な気がしてよ…」


         2


 十年ほど前。

 映一町のとある民家。

「おーい! ヒロちゃーん! ゲームしよーよ!」

「おぉ! 良いぜ! キョウちゃん!」

 当時七歳。家が数軒隣であった、当時小学二年生の京次郎と寛映はほぼ毎日のように互いの家へ行っては遊びに行っていた。

「ヒロちゃん! 今日はこのバケモンAとBで勝負しよう!」

「望むところだ! 買った方がそっちのソフトでしか出ないやつを贈呈な!」

「負けないぞ〜!」

 前髪に若干の天然パーマのかかった、けれど後ろ髪は女の子のようなさらりと長い髪の毛をした、声の高めな京次郎。

 まるで男の様な短髪に上着はシャツ一枚、暑い夏なら短パンしか履いてない時もあった寛映。

 互いに言い合うほど、その性別と外見は真逆であった。

「うおっしゃー! 俺の勝ちだ!」

「えー! 今の勝てそうだったのになぁ〜」

 優しい口調の京次郎と、男勝りな口調の寛映。お互いに変であることは自覚していた。

 そんなある日の事である。

「ヒロちゃん、ボク髪切るよ」

「何でいきなりそんな…」

「決心したんだ、ボクは…ちゃんと男になるって」

「でもよぉ!」

 何かが崩れてしまう。

 幼いながらも直感で感じ取った寛映は、その決断をなんとしてでも止めたかった。

「お、俺を置いていかないでくれ! 頼む! まだそのままでいてくれ!」

 子供の泣き出すタイミングは突然である。幾ら男勝りな性格であったとしても、本質は普通の女性。

 いきなり自分だけ取り残されてしまうその感情は彼女にとって耐えられなかった。

「ま、待ってよ! …別に居なくなるわけじゃないし、ヒロちゃんを置いてきぼりになんかしないよ」

 京次郎はどうすれば良いか分からず、とりあえずありきたりな言葉で弁解を図る。

「ボクもやっと向き合えたんだ。テレビで見たけど、世の中にはボクらみたいなひとも一杯いる。けど、やっぱり僕は男だから…その様に進むよ」

「キョウちゃん…」

 縋り付く寛映の肩に、京次郎はポンと手を置く。

「僕は一歩だけ先に進むだけだよ。だからヒロちゃんの事なんか置いていかない。だからいつでも、ヒロちゃんのペースでついてきてくれれば良いからね」

「キョウちゃん…おめぇ良いやつだなぁ…」

 あの時のボロボロ泣きながらにっこりと笑った事は一生忘れることは無いだろう。

……


……

「と、言いつつ中学まで治んなかったなー結局よ…」

 日本某所。この時寛映は十四歳であるが、未だに男が抜けてなかった。

「母ちゃんや親父にも心配してもらったが…なんか段々男服ばっか買う様になって最近じゃあ男物しかお勧めしてこねぇ…」

 学校から帰宅し、自分のベッドにカバンと学ランを放り投げる。

「…ったく、これも男モンだしよ。ギリギリブラジャーだけは女物がついてるがスポーツブラだから可愛げもねぇし…体だけは一丁前に女だから乳もでかくなるし、生理もくるし…はぁ〜」

 ぶつぶつと言いながら部屋着に着替えていた時である。

「入るぞ〜」

「げっ、親父!」

 ノックもせずに入ってきた。

「何だ、着替え中か。ま、そんなことより聞いてくれ」

「オメェには羞恥心がねえ様だな…」

「親が見たところで何も思わん」

「そーゆー問題じゃねぇんだ!」

 中学生の反抗期時代の娘を前に舐め腐った態度しやがって…。

「で、何だ。要件って」

「実は今! お手伝いAIロボットを作る企画が進行しててな…おまえに手伝って欲しいんだ」

 恐らく親父がいる会社の話だろうが、俺には関係なさそうだった。

「何で俺に声かけんだ」

「実はなぁ、このロボット、女性型のロボットになりそうなんだ」

「それがどうしたんだ」

 俺とは真反対の企画じゃねぇか。

 半袖とジャージに着替えながらそう感じた。

「嫌なら良いんだが…お前、以前女の格好に戻る努力をしていただろう」

「今もしてんだよ!」

 その怒りと共に回し蹴りを入れようとするが、その動きを瞬時に読み取った親父は俺が動くほんの一瞬だけ前に、既に回避行動をとっていた。

「どあっ!」

 勢いよく尻餅をつく形で転んでしまう。

「シュッと…私は柔道経験者、そんな技は当たらんぞ?」

「俺だって部活で空手をやってるんでぃ! 用がねぇならさっさと出てけ!」

 つい声を荒げてしまった。いや、当然か。

 柔道元全一と現役で空手に勤しむ親子が暴れたら、いくら金があっても家の修理が終わらなくなる。

「まぁまて、お前に頼んだちゃんとした理由があるんだぞ?」

「…聞いてやろうじゃねぇか」

 此処は無駄な争いを避けて素直に聞いてやろう。そう思った俺は親父と共に床にあぐらをかいて座った。

「実はこの製造に関わる企画の人間の中で、女性陣が一人もおらんのだ…まあ、提案したのは女性だったが、するだけして退社してしまって…」

「それで俺に頼み込んだわけか」

「そうだ」

「でも会社にはまだ女がいるんだろ? そいつを呼べば良いじゃねぇか…」

そう言った瞬間、親父は拳を作って床を殴った。

「実はその企画者の女性の退社理由も、『女性陣が企画に超難色を示したから』なのよ…」

 そう言う親父は肩をガックリ落とす。

「は〜…何つー非協力的な奴らだ…ま、どうせ女型だからやましい事に使うって思われたんだろ…」

「おおかたその通りみたいで…」

 しょーもねぇ女達だぜ…俺も女だけどよ…

 その直後、俺に向かって親父は土下座をした。

「なっ…顔上げろって、親父…」

「上げない!」

 俺があげようとするが、とんでも無く固くロックしている土下座は本気度が伺える。

 そして親父は、変な緊張感を感じる俺に向かって、こう続けた。

「昔から女性になろうと、その特徴に対して熱心に勉強し、トライしていたお前にお願いしている」

 …熱心に、ねぇ。

「どうだ…?」

「こんなに頼まれちゃあしょうがねぇ…俺はとっくに女になれそうにないって見切りを付けたが、努力はまだしてんだ! コイツを無駄にしたくねぇ! この情熱をぶつけてやろうじゃねぇか!」

 そう言う俺の心にはいつの間には火が灯っていた。


「と、言うわけさ」

「はぁ…成程」

 気付けば私は天堂さんの熱血な人生を真剣に聞いていた。

「その結晶がアイツ、イニアなんだ」

「なんか感動的だわ…」

 女になる努力をしつつも、昔から癖として染み付いてしまった「自身の常識」には勝てない…

 けれどその努力を糧とした先の完成形…

 それがイニア…

  久々に何か昔ながらの青春漫画を見た様な気持ちになっていた。

 此処までとは言わないけど…

「ノボルくんも気付いてくれたら…」

  私がぼそっと呟いた時である。

「お、おい! お前!」

 天堂さんに両肩を掴まれる。

「いま、『ノボル』って言ったか?」

「え、ええ…」

「それって、坂屋ノボルだよな!」

「そうよ…?」

「アイツの携帯の番号と自宅の場所を教えてく…ヒャン!」

取り敢えず私は天堂さんの右頬を平手打ちする素振りをした。

「あんたに取られてたまるモンですか!」

 …なんか少しスッキリしちゃった。

 ていうか何よ、「ヒャン!」って…

 可愛い声出るじゃない。

 私は体育館倉庫から出て行った。

「…はぁ…なんだ…? 俺はただイニアの所有者がいる家を聞こうとしただけなのに…」


        3


「へぇ〜! じゃあキョウジとヒロエは昔ながらのお友達なのラ?」

「そそ。だから何でも知ってるってワケ。ヒロちゃん…バストどれくらいになったんだろうな〜グフフ‥」

「キョウジまだそんなこと言ってるラ!」

「いう権利があるんだぜ、俺には〜」

「ないラ!」

 昼休み。取り残されたキョウジとイニアはそのまま雑談を続けていた。

「…つーかノボルのやつまだ拗ねてるんですか?」

 ノボルの席を陣取りながら、結子の席に座っているイニアに言う。

「うーん、拗ねていると言うよりかは自分探しみたいなのをしてるラ」

「自分探しィ?」

 ノボルらしくない行動に思わず疑問を声に出してしまう。

「そ、自分探しラ。自分に足りないものは何か、熱量って何なのかを見つめ直し中ラ」

「でもさぁイニアさん」

「何ラ?」

「今までにない新しい情熱って、一人じゃ探すの難しすぎない?」

 購買で買ったドーナツの袋を破きながら京次郎は言う。

「だから篭ってるラ。キョウジがいま食べようとしてるそのドーナツの穴の部分みたいに空洞な所で今ものすご〜く探してるラ」

 ドーナツの穴を、ぐるぐると回しながら指さした。

「アム…なるほどねぇ…」

「だからそのカラッカラの穴を埋めるべく、情熱の塊のヒロエを呼んだラ」

「へぇ〜! という事はヒロちゃんが先生な訳か。厳しそ〜」

「それぐらいが丁度良い気がするラ」

 ニコッと笑いながらイニアは言う。

 その直後、ある人物がこちらへ向かってきた。

 真自だった。

「お二人ともお話所申し訳ない…結子さんを見なかったでしょうか…」

「お、部長。ユーコさん探してるの」

「ああ、そうだ。お前は何か知らないか?」

 少し困った顔で真自は聞いてきた。

「ああ、それならさっきヒロエとどっか行ったラ」

「寛映さんと? …成程…」

「まさか部長、ユーコさんとヒロちゃんの恋路を…なーんてね!」

 事情を知っているキョウジとイニアはケラケラと笑う。

「そんな事ないラよね〜真自!… あれ?」

「…情報、どうも」

 先程以上に眉間に皺が寄っていた。

「あら…もしかして」

「多分まだ気付いてないラ…」

 恐らく真自はまだ寛映が女性であることに気付いてない。

「ん?…ちょっと待つラ…」

…それよりもイニアには引っかかる事があった。

「恋路を邪魔するって所で引っかかったって事は!」

「な、何ですか、イニアさん」

「オマエ、結子を取ろうとしてるラねぇ〜! キョウジ! 後ろから腕を押さえるラ!」

「了解!」

 返事をしてから押さえつけるまで約二秒以内。真自が気付いた頃には身動きが取れない状態であった。

「な、な!」

「アタシの最新注意技…鉄拳制裁・サファイアチョップ二連撃を喰らうラ〜!」

 主成分がサファイアの頑丈な腕から繰り出されるクロスチョップの二連撃は、真自の生涯でも五本指に入るほどの衝撃であったと言う。

「アッヒィィン!」

「悪は滅びるラ!」

 と、そこへ先程どこかへ行った二人が帰ってきた。

「おーおーやってんじゃねぇか、イニア」

「悪は滅びたラよ、ヒロエ」

 倒れている真自を横に、イニアは正義感あふれる顔でブイサインを掲げていた。

「そう、やましいやつはぶっ叩く。これぞ俺の魂がこもったお手伝いAIなんだぜ。分かったかオールバック」

「ひゃい…」

 そんな事をしていると、五限のチャイムが鳴り始めた。

「じゃ、俺帰るわ。さいなら〜」

「おう、次の授業も頑張りな」

「ヒロちゃんもね」

 寛映やイニアも席に戻った頃、漸く真自がヨロヨロと立ち上がる。

 その鋼鉄から繰り出されるチョップの跡は午後の授業中ずっと付いていたらしい。

「…アイツも…どかさんとだな…」


         4


「ただいまラ〜」

「ここがイニアの家…まぁ普通か…」

  夕方十八時すぎ。イニアは寛映をノボル宅に呼んでいた。

「イニアちゃんお帰りなさい、学校どうだった?」

「楽しいラ!」

  イニアは満面の笑みで応える。

「良かった〜…あら、その男性のお方はどちら様…?」

 イニアは一瞬の殺気を見逃さず、おさえるように無言で寛映の拳を隠した。

「あ、お母様! この子、女の子ラ!」

「あら、ごめんなさい…お名前は?」

 寛映は殺気を押さえる為深呼吸した後、

「天堂寛映です」

 と、一言告げる。

「天堂って…イニアちゃんを買った所も天堂商店のお店だったわね」

 何の気なしに言うノボルの母のその間の鋭さは、キョウジに通じる精度があった。

「お母様すごいラ! アタシの身体って、このヒロエが考えたラ!」

 一瞬ポカンとするノボルの母に、寛映は軽く会釈する。

「そう言うもんで、よろしく…」

「すると貴女はそこの息子さん…」

「俺は息子じゃねぇ!」

 ついに拳が出てしまう。

「辞めるラ! ヒロエ!」

「…しまった!身体が勝手に…!」

 イニアが止めるには少し遅すぎる。

 気付いた時には既にノボルの母の眼前にまで到達していたのだ。

「ヤベェ避けてくれ!」

  避ける事はできない。それを承知でそう言い放った。

 刹那。

「…イッテェ!」

 痛がっていたのは寛映だった。

「ど、どう言うことラ…」

 驚くイニアの目の先には、これから使う予定であったフライパンを盾にしたノボルの母だった。

「…ごめんなさいね、私も『コレ』が染み付いてまして…」

  聞けばノボルの母の家は大家族であり、坂屋家に嫁ぐ以前は兄弟間親子間でこう言ったいざこざが日常茶飯事であったとの事であった。

 因みにノボルの母は「盾使いのカズエ」というあだ名を家族に使われていたらしい。

「ともかく…ごめんなさいね何回も間違えちゃって…」

「お、俺も悪かったぜ…」

 ノボルの母・坂屋カズエの想像以上のスピードに、寛映は一人の女として完全に完敗した様子だった。

「所で…今日はどうされたの?」

「それがよ…アンタの息子の様子を確認しにきたんだ」


                  *


「なるほど、そう言う事だったの」

  畳の部屋にあげられた寛映は、イニアと共に事情のアレコレを説明した。

「情熱ねぇ…反抗期が過ぎたら今度は思春期…人間って大変ね…」

どこか懐かしそうに空を見るような形で上を見ながらノボルの母は言う。

「そうラ。そしてその絵に対する本質的情熱のなさ…つまりAIイラストによる真心のなさが、幼馴染の結子との可能性を日に日に遠ざけてるラ! 見てるこっちがいじらしいんラ!」

 いつも以上にイニアの言葉に熱が入る。

「あら…もうそんな感じになってるのねあの二人は」

「そうラ」

「…それなら」

 途端にノボルの母がペロリと唇を一周舐める動作をする。

「寛映ちゃんには情熱を語ってもらって、それ以外の私達は徹底的にノボルをかき乱した方が良いわね…」

  物凄い『プロの空気』を感じる。

「ノボルのやらしい顔の時と同じラ…」

「そりゃあ親子ですもの! …大家族の中で培った荒療治をやらせて貰うわよ…」

  ノボルの母がそう張り切って構えたその時である。

「母さん、誰か来てるのか…?」

 物音を聞きつけたのか、ノボルが降りて来たのである。

「ご本人登場ってところか…」

 ノボルはぼんやりと寛映の方を見る。

「あれ、イニア見慣れないその男はだれじゃい…」

「あ…知らないラ」

「知らないって、なにグフォァ!」

「俺は、男じゃねぇーーーーーー!」

 華麗なるアッパーが炸裂した。

                  5

 二日ほど前。

 俺は何だかんだでケロッとしていた。

「『AIイラスト、炎上!』…ね」

 学園祭の後から数日。

 俺は篭りながらインターネットの記事を読み漁っていた。

『AIは芸術をダメにする』、『絵師にアポ取りをせずに解析に無断使用』などなど…

「これは俺とは関係ないしな〜…」

 そう言いつつ、俺はブラウザを閉じる。

 俺が直面している問題は著作権侵害とはまた違う。

 それこそ、AIイラストプログラムの黎明期には、申し訳ないが「そういう仕組み」に気付かず使用していた。が、今はそう言う事はない。

 現在はインターネットの海のどこかに存在する有志が、アプリケーションレベルにまで落とし込んでくれたソフトを利用している。

 それを使い始めるにあたり、俺は『自分で撮ったポーズ』を何枚か学習させている。

「権利関係も今は問題なし…と、なると…」

  投稿ペースが早すぎるか?

「いや、でもそれにしちゃあ、週に一、二回の、同じ時間に上げている…」

  もしかして…

「同じ構図すぎたか?」

 そう思い、俺は数日間違うポーズが生成できるようにさまざまな角度の、色々なポーズを撮影した。

 しかし、それだけでは全く解決しなかった。

「なんラ! そのポーズは! 結子のエロ画像でも作る気ラ!?」

「ち、ちゃうわ! 俺はな…」

 沢山の素材を学習させたいだけ…と発言する暇はなかった。

「言い訳無用ラ! アタシの新必殺技を喰らうラ! 鉄拳制裁・サファイアチョップ!」

「グフゥゥゥ!」

 イニアは俺が籠っている間に、俺を注意する時のパターンが一個しかないことに気付き、新たに新注意技を考案したと言う。それが今の技、『鉄拳制裁・サファイアチョップ』らしい。

 …ただのクロスチョップではないか。

「…ノボルのバカ~! まだ気付かないのラか!?」

 いきなりバカと言われてしまっては俺も流石にムッとする。

「何がじゃ!」

「中身がないんラ! 中身が!」

 そう言うとイニアは一階へと降りて行ってしまった。

 静まり返る部屋。それこそ今、この部屋は俺がしゃべらなければ『中身のない状態』になる。

「中身…ねぇ」

 今までとはまた違うワードを使って怒られた気がする。

「中身と熱量…そして『また見たくなる』…これをどうにか分かれば…」

 しかし今の俺にはまだ、ちゃんとピースを合わせることはできなかった。


                 *


「…なるほど、君がイニアを作ったの」

「ああ」

 初対面の俺を何の躊躇いもなくアッパーをかけて来たこの人物。

 どうやらこのイニアのモデルを作っている『天堂商店』における現社長の子供らしく、名前を「天堂寛映」というらしい。

「ヒロエは女の子ラ」

「ああ、俺は間違いなく女だ」

「どう見ても男にしか見えんがッ…!」

 急な脇腹への殴打。イニアに誘われ、隣に座った俺がバカだった。

「俺は女だ」

「俺って、髪も短いし男にしかアッ…!」

 変な態勢で座っていた為、少ししびれて来た足を思い切り殴られた。まるで小さい虫が一斉に動き出したかのような痺れが俺を襲った。

「ホホホ…アハハ…シビレが…」

「ったく、情けねぇ野郎だ」

 吐き捨てるように言われた。

「とにかく、俺はお前に情熱ってもんを教えるために来たんだ」

 この場合は恐らく、熱量と同じ意味で使っているのだろう。なんとなく俺は想像することが出来た。

「しかし君からどうやって学べばいいのだ」

 改めて俺は問うた。

「そうだな…まずは俺みたいに『先を越される』体験をした方が良い。若しくは…『既に上にいるものに食らいつく力』とか…その辺だな。なんかないか?」

 そういわれると…

「確かにないな…」

 イラストに関しても、現時点では特にそう言った相手は居ない。というかいなくなったのである。

「…そういや、ヒロエは何かそういう事があったのか?」

「俺か?俺の場合は…『女らしくなること』が、俺には無理かもしれないって悟った時だな」

 その後、俺とイニアは『キョウジとの関係性』、『一人で未だ闘っている事』、『イニアに込められた想い』などを聞かされた。

 正直俺は驚いた。

 性別は逆でも、同じ悩みを持っていたキョウジに先を越されてしまった事。それを追い続け、その先に活路を見いだした。

 自分が頑張っても、どうしても、何回やってもなかなか達成することが出来ない、あの憧れの姿。

 ならば、別の形として、熱量をもって、その形を外に向けて全力でやってみる。

 自分にはできない喋り方。

 自分にはできない髪型。

 自分にはできないその動き。

 自分にはできないその愛嬌。

 自分とは逆の存在。

 そのコンプレックスに対する彼女なりの情熱・熱量で、自分なりのペースで夢をかなえようとしたその努力の結晶がこのイニアであった。

「…ふむ」

 『自分なりペースで』…か。

 いい事言うじゃんか。

「ヒロエちゃん、俺も少しわかった気がする…」

「キョウちゃんに言われた『人のペースに合わせなくても大丈夫』ってのは、大きな言葉だったぜ…」

 寛映はしみじみとした顔で言う。

「同性として今確実に心に響イィッ!」

「響いてんなら性別を間違えんなよな」

この暴力で分からせる性格は、イニアに搭載されている注意機能に似ている気がする。

「でもやっぱり…」

 男っぽいね…とは声に出さなかったが、この時で既に殺気を感じた。

「AIでブイブイ言わせてる割には学習能力のねぇ野郎だな、坂屋よぉ…」

 そう言われると同時に、俺の腕をガシッと掴む。

「す、すまん! 最近人と喋ってなくてボケる刺激が欲しくて…」

 俺は振りほどこうとするが、あまりの威圧感とその力強さで逃げることは不可能であった。

「そんなにわかねえんだったら…」

 されるがまま、俺は一気に寛映の方に引き寄せられる。

「ば、ばか!投げるな!」

 この詰め方は確実に投げられる。

 そう思っていた。

「はあ? 投げる訳ねえじゃねぇか」

 そう言って寛映は掴んだ俺の手を一気に彼女自身の服の中に押し込んだ。

「おら、これが女の証拠だ」

「…な、なるほど…」

 その喋りや髪の短さ、そして緩めの服を着ていた為、どう見ても男にしか見えなかったが、その俺の右手の中はある。柔らかい感触が。

 しかも「割とあった」。

「これが『中身』…キャフン!」

「絶対に違うラ!」

「このスットコドッコイが!」

 服に突っ込まれた腕はその怪力でつぶされそうになるほど握られ、脇腹にはサファイアチョップが飛んできた。

「ったく…とにかくだ。『コンプレックスに対する打開策』こそ、内側から最大限に熱量を出せるエネルギーだってことだ。覚えときな」

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