第36話 農業

 なんだかこの村の人たちののんびり病が感染したのか。私もなんだかだらだらと怠惰な日々に違和感を感じなくなっていた。

 ゴロゴロ、ゴロゴロ。

 私はユーチューブの更新も怠り、日がな一日、小丸とゴロゴロしていた。

 ゴロゴロ、ゴロゴロ。

 しかし、現代っ子である私は、この熾烈な競争社会の中で、日がな一日、ゴロゴロしていることに、やはりどこか罪悪感と不安を感じてしまう。

「小丸は、毎日ゴロゴロしていてなんか罪悪感とか不安とか湧かないの?」

「ゴロゴロするのが猫だにゃ」 

 ゴロゴロしながら小丸は答える。

「なるほど、そうか。それが猫か」

 その辺の葛藤が小丸にはまったくなかった。やっぱり、猫っていいなと思った。


「ダメだ・・」

 獏さんが、畝から引っこ抜いた大根を見て言った。

「どうしたんですか」

 私は今日も散歩ついでに小丸と共に獏さんの畑に来ていた。

「野菜がねぇ・・」

「ダメだったんですか」

「ダメではないんだけど・・」

 獏さんは引き抜いた大根をしげしげと見つめながら渋い顔をする。

「自分で食べる分にはいいんだけど・・、売り物となるとやっぱり厳しいな。自然農では」

「大きさとか?」

「そう、大きさも小さいし、数も採れないんだ。もう少し土が変わって来れば、違って来るとは思うんだけど・・、何年もかかるみたいだからねぇ・・、土が変わるには」

「そうなんだ」

「うん・・」

 理想を追いかけても、現実は厳しかった。

「場所や季節、作物によっては、けっこういい物も出来るんだけど、安定してはできないな」

 獏さんは、顔を曇らせる。

「まあ、自給はできているから、死ぬことはないけどね」

 獏さんはそう言って笑った。漁村なので、魚も獲れ、集落のみんなが何やかやお惣菜やら漬物やらくれるし、食べることに困ることはなかった。家賃もただだったし、贅沢さえしなければ、生活に困ることはなかった。

「どうしたんですか」

 でも、今日の獏さんはさらに意気消沈している。

「農業の厳しさが分かって来たよ」

 獏さんはしみじみと言った。

「がんばってもがんばっても、農業はお金にならないよ。滅茶苦茶がんばっても、生活どころかお小遣い程度しか稼げない。こんなんだったら、コンビニとかでバイトした方がよっぽど効率いいし、実入りがいいよ」

「そんなになんですか」

「うん・・」

 その口ぶりから、本当に厳しいというのが分かった。

「苦労して育てた野菜が、大根なら一本百円とか二百円とかそんな世界だからね。いったい何本売ったらいいんだよって、それが現状だよ。しかもそれ作るのに滅茶苦茶労力と時間とられるわけだから」

「そうか」

「それに、日本の野菜は外国の安い輸入野菜に押されて、売れないしね。特に僕みたいに無農薬や自然農で育てると、値段も高くなるし、農薬や化学肥料を使った慣行農法と比べて色艶だったり大きさだったりが見劣りするからね。余計に売れないという・・」

「そうなんですか」

「うん」

「でも、何で遠い外国から運んできた野菜がすぐ近くの畑で採れた野菜より安いんですか」

 私は素朴に疑問に思う。

「それはいろんなカラクリがあるんだよ。補助金とか安い労働力とかね。国策で農業に補助金をガンガン入れて、安い農作物を作って、それを戦略的に海外に輸出して、自国の利益だったり国防だったりを有利に進めるっていう、そういうことを国家として意図的にやっているんだ」

「そうなんですか」

「絶対に国産の野菜の方が新鮮でおいしいし、安全性も高いんだ。海外から運ばれてくる野菜や穀物は、腐らないように念入りに農薬や防カビ剤、防虫剤なんかを撒くからね。でも、そういう、貿易の関係で日本の農業はもう壊滅的だよ。そのことを知ってはいたけど、自分が実際体験してみると、そのことがさらによく分かったよ」

「そうなんだ」

 私は全然知らなかった。

「でも、日本は何で同じように農家に補助金いれたり農業を守ったりしないんですか」

「この国はわざとそういう政策を取って来たんだ」

「なぜですか」

「外圧だよ」

「外圧?」

「うん、主にアメリカだけどね」

「・・・」

「日本はアメリカに戦争で負けたから、戦後何十年と経った今でも言いなりなんだ。ちょっと圧力かけられるとすぐ弱腰になっちゃう。それに自動車産業が日本はすごく堅調で世界的に睨まれてしまっているから、その辺の貿易摩擦の調整っていう意味もあるんだ」

「・・・」

 日本の農業の現状に、そんな政治的な背景があるなんて私は全然知らなかった。

「日本だって、もっと農業に力を入れて大々的な国策でやればいいのに」

「そうなんだ。今日本の食料自給率は四割しかないんだ。国防って意味でも、農業にもっと力を入れるべきなんだよ。だから、僕もそう思って今の日本の現状に抗うつもりもあって農業を志したんだ。だけど・・、ここまで酷いとは・・」

 獏さんはそう言ってうなだれる。

「・・・」

「日本政府は、まったくやる気がないよ。アメリカのいいなり。外圧に屈してばかりさ。国内の農業を守ろうとしない。それは農業だけじゃない。漁業も林業も、酪農だってそうさ」

「・・・」

 そんなに深刻な問題だったのか・・。

「日本の農業はこのままでは死んでしまう。そして、こういった貧しい農村もね・・」

 獏さんは厳しい表情で言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る