第35話 美麗

「はい、お待たせしました」

 コーヒーとミルク、そして、私の頼んだ採れたて野菜の野菜ジュースが目の前のカウンターに置かれた。

「わっ、おいしい」

 採れたて野菜の野菜ジュースはすごくおいしかった。甘過ぎず、野菜の素材の味がしっかりと際立って、何か植物のエネルギーを感じた。

「使っているのは全部、この村で採れたオーガニックの有機野菜なのよ」

「へぇ~」

「本当に朝採ったばかりの野菜ばかりよ」

「へぇ~、すごい」

「コーヒーもおいしい」

 隣りで獏さんが言った。

「ミルクおいしいにゃ」

 私の膝の上で小丸も言った。

「そう、よかったわ」

 美麗さんは、うれしそうに笑いながら言った。

「美麗さんはどうしてここに?」

 私が訊いた。

「脱サラしたの」

「そうなんですか」

「私、電通にいたの」

「えっ、すごい大企業じゃないですか。なんで辞めちゃったんですか。ものすごくお給料とかいいんでしょ」

「もうセクハラの嵐」

 美麗さんが顔をしかめて言った。

「それに、ああいう業界って。労働も超ブラックだったし。二十四時間働けますかって感じの世界なのよ。マジで」

 美麗さんはさらに顔をしかめる。その美しい顔に鋭い縦皺が入る。

「ほんとにそんなのが当たり前と思っている世界なのよ。もうほんと耐えられなくなって、セクハラとか当たり前とか思ってるクライアントのじじいぶっ飛ばして辞めたわ」

 美麗さんはその容姿からはかけ離れて豪快な人だった。

「カッコいい」

「そう?」

「はい、私は鬱になって・・」

「あら、そう」

 美麗さんが気の毒そうに私を見る。

「あんな奴らのせいで病むなんてなんだか、それこそ嫌だったから、私はぶっ飛ばしてやったわ。まあ、普段から言いたいことは言っていたけどね」

 美麗さんはそう言ってニコリと笑う。

「尊敬しちゃうな」

 女子同士で話しているその隣りで、全然関係ないのに男として責任を感じ、獏さんは少し小さくなっている。

「あなたが小さくなることないでしょ」

 美麗さんが笑った。

「そうなんですが・・」

 獏さんは頭の後ろをポリポリとかく。

「いらっしゃい」

 そこにお客さんがやって来た。

「やあ、美麗ちゃん」

 村のお年寄りたちだった。それからあれよあれよという間にお店は、村人でいっぱいになった。

「村の人たちの社交場になっているの」

「そうなんですか」

「美麗ちゃんうちらも手伝うじゃ」

「ありがとう」

 急にお客さんが増えて、忙しく立ち回る美麗さんにお客として来たおばあさんたちが声をかける。

「じゃあ、これお願いできます?」

「はいよ」

 おばあさんたちがぞろぞろとキッチンに入り、ワイワイとなんだか楽し気に注文の支度が始まる。その光景を見て、私はなんかいいなと思った。

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