第34話 店内

 他の席を見ると、ものすごく腰の曲がったおじいさんが一人窓際の席で、陽だまりの中で生きているのか死んでいるのか眠るように新聞を読んでいた。そして、その向こうの南側に並ぶ大きな窓の外に見えるきれいな日本庭園に設置されているテーブルでは、野良着姿のおばあさんが二人、ゆったりとお茶を飲んでいた。

 店内は、木の香りと壁に塗られている珪藻土の影響で、すごく空気感が澄んでいて心地よかった。天井が高く、南側の窓が大きく並び、店内には自然光がたくさん入って来て、店内は照明なしでもとても明るく、それに照らし出されたほどよく配置された大きな観葉植物が活き活きと輝いていた。

「もしかして、隣りの集落に越してきた人たち?」

 水の入ったコップを私たちの前に起きながら、思いがけずその人から話しかけてきた。

「はい」

 私たちは同時にうなずく。

「へぇ~、あなたたちだったんだ。隣りの集落に移住して来たっていう若い人たちって」

 狭い村社会、やっぱり、噂になっていた。

「会いたかったんだ。よかったわ。来てくれて、私は広瀬美麗、よろしくね」

「は、はい、こちらこそ」 

 美麗さんはそのとびきり美しい見た目とは裏腹に、意外と気さくでいい人だった。

「僕は小早川獏です」

「動物の?」

「はい・・」

 やっぱり、獏さんは言われていた。獏さんは、少し顔を赤くし頭の後ろをぼりぼりとかく。

「私は小松七菜って言います」

「なが多いわね」

 美麗さんは笑った。

「はい・・」

 私も、やっぱり言われた。私も顔を赤くする。

「恋人同士?」

「いえ、違います」

 私たちは慌てて二人して否定した。私たちの顔はさらに赤くなっていた。

「ふふふっ」

 それを見て、美麗さんは笑った。

「別々に移住して来たんだ」

「そうです」

 また、二人してハモってしまった。また二人して顔が赤くなる。

「ふふふっ」

 それを見てさらに美麗さんは笑う。

「美麗さんはここに来てどのくらいになるんですか」

 今度は私の方が訊いてみた。

「もうなんだかんだ七年になるかな」

「へぇ~、すごい、ベテランですね」

 私が思わず言った。

「まだまだよ。ここじゃ全然よそ者よ」

「そうなんですか」

「そうよ、この辺は生まれ育った時からずっとみんな一緒みたいな人たちばかりだもん」

「そうか」

「集落全体が家族みたいなものだからね」

 その時、美麗さんがふと私の膝の上を見た。

「わっ、それ本物の猫?」

 美麗さんが、私が膝の上に乗せていた小丸を見て驚く。

「ぬいぐるみかと思ったわ」

 美麗さんが小丸を覗き込む。小丸はちょこんと、私の膝の上で両足を伸ばして座っていた。

「はい、小丸って言います」

「小丸ちゃんか」

「よろしくにゃ」

 小丸が右手を上げた。

「!」

 美麗さんが、息を止め、さらに目を丸くして小丸を見る。

「しゃべるの?」

「僕も最初腰抜かしそうに驚きましたよ」

 獏さんが言った。

「心臓が止まるかと思ったわ」

 美麗さんが自分の胸を押さえなが言った。

「そうですよね。私も最初、自分の頭がおかしくなったのかと思いました」

 やっぱりこの反応が、普通だよな。あらためて思った。すぐに受け入れてしまった村の人たちが大らか過ぎるのだ。私はあらためて思った。

「すごい猫ね」

 美麗さんが、少し落ち着いてから小丸の小さな額を撫でる。

「にゃにゃにゃにゃ」

 小丸は、気持ちよさそうに目をつぶる。

「あっ、ごめんなさい。猫お店の中に入れちゃって」

 小丸とはいつも一緒にいるので、その辺が鈍感になっていた。村の人たちも何も言わないからそれが慣れっこになっていた。

「ああ、いいわよ。最初猫カフェにしようか迷ったくらいだから」

 美麗さんはやさしかった。

「何になさいます?」

 そこであらためて美麗さんが私たちを見た。

「あ、ごめんなさい。注文ですよね。私はええっと・・」

 私はメニューを見る。

「僕はホットコーヒーください」

 そんな私の隣りで、獏さんが言った。

「はい」

「私は、あのこの採れたて野菜の野菜ジュースで」

「はい」

 美麗さんが注文票に書きながら答える。

「小丸ちゃんは?」

 美麗さんが顔を上げると、今度はやさしく小丸を見る。美麗さんは小丸にもちゃんと対応してくれる。

「ミルクがいいにゃ」

「はい、かしこまりました」

 美麗さんは小丸ににこやかにそう言って、後ろのキッチンへと背を向けた。私と獏さんは、それと同時に顔を見合わせた。やさしい人で私たちはほっとしていた。

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