第33話 カフェ

「はよ、あんたも結婚せんね」

 はなさんが言った。

「そうじゃ、結婚してはよ子ども産まにゃ」

 隣りの梅さんが続く。

「は、はあ・・」

 ここ最近どこに行っても、誰に会っても毎日のようにこれを言われる。

 ここはいいところなのだが、一つ難点なのは、みんな頭が昭和なところだった。女は嫁に行って、子どもを産むことが幸せだという古い固定観念が根強く、結婚、出産圧力が半端ない。近代化した社会から隔絶したこの村の人たちは、現代社会の未婚率の高さが全然分かっていない。

 私にとって、完全完璧な理想郷と思っていたが、意外な伏兵が潜んでいた。

「あんたら結婚したらいいがね」

 はなさんが、私と獏さんを見る。

「えっ」

 獏さんとお互い顔を見合わせる。お互いなんか恥ずかしくて顔を赤くする。

「いや、そんな・・」

 そんな犬や猫じゃあるまいし、そんなに男と女は単純じゃないだろう。若い男と女がたまたま一緒の村にいるからってそのまま結婚て、あまりに発想が安直過ぎる。

「ちょうどいいがね」

 しかし、はなさんたちの目はマジだった。こういう、田舎感覚というか昭和な感覚というかには、やはり、ついていけなかった。

 しかし、若い人間が私たち二人きりだということも現実として事実だった。

「移住者って私たちだけなんですかね」

 ふと、また畑仕事をしている獏さんのところに散歩がてら小丸と共に行った時に私は獏さんに訊いた。

「隣りの集落に女の人が一人いるみたいだよ。僕もまだ会ったことがないんだけど」

「えっ、そうなんですか」

「うん、なんか古民家を改装してカフェをしてるみたいなんだ」

「へぇ~、かっこいいな」

「今度行ってみようか」

「うん」


「へぇ~、なんかいい感じですね」

「うん」

 その週の日曜日、私と獏さんは隣りの集落の古民家カフェの前にいた。そして、小丸を抱えた私と隣りの獏さんはその建物を見上げる。

 その古民家カフェは、古民家の古い味のある佇まいに、さらに現代的なデザインを加え、古風でありながらどこかモダンないい感じの外観になっていた。

「どんな人なんですかね。なんかワクワクしますね」

「うん」

 私たちはお店の古風な開き戸を開けた。木でできたそれは枠も木製で開け心地が温かく心地よかった。

「きれいな人・・」

 入ってすぐ、カウンターを見た私は思わず呟く。カウンターの向こうにいたのは、とてもきれいな女の人だった。三十代くらいの長く美しい黒髪の伸びたスマートな人だった。女優でもできそうなそんな鋭い美しさをプルトニウムが強烈に発する放射線の如く発している。

「いらっしゃいませ」

 私たちに愛想よくその人はあいさつした。

「ど、どうも」

 私たちは少し緊張しながら、その人の前のカウンター席に並んで座った。どんな人なんだろう・・。私と獏さんは、その女性をあらためて見る。

 洗練された美しさがあった。やはり、都会から来た人なのだと、それですぐに分かった。

「なんか怖いですね」

 私が隣りの獏さんに囁く。なんだか恐ろしいほどの美人さんだった。私はなんだかその人が美人過ぎて怖くなってきた。

「うん・・」

 獏さんも同じだったらしい。

 その人のつけている真っ赤な口紅が、よりその人美しさを強調し、そして、怪しく引き立てていた。

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