第32話 昼寝
「うお~」
絶好調だった。
「すごい」
私のユーチューブは絶好調だった。小丸、移住、漁村、田舎暮らし、すべてが当たった。
「三百万再生」
私は隣りに座る小丸を見る。
「にゃ?」
一人興奮する私を訳も分からず小丸は見返す。
「三百万再生だよ。小丸ぅ」
私は興奮した勢いで、両手で小丸のその小さな丸い顔を両側から挟み込み、くしゃくしゃにした。
「にゃにゃにゃ~?」
しかし、小丸は何のことかまったく分からない。
「やったぜぇ~」
収入もがっぽがっぽだった。私は一人興奮の絶頂にいた。
「すごいでしょ。すごい人気なんですよ」
私は、今日も集落の中心にある井戸の井戸端に集まるはなさんたちにスマホの画面を見せながら話した。井戸端は小さな公園のようになっていて、イスやテーブルが置かれ、お年寄りの社交場になっている。
「これをみんなでやればみんなも収益化できるんですよ」
「みんなお金持ちですよ」
「村全体が盛り上がりますよ」
私は一人、矢継ぎ早に興奮してしゃべる。みんな喜んでくれるに違いない。この寒村が、一気に賑わうのだ。
「あれ?」
しかし、みんなの反応は鈍い。
「すごい人気なんですよ。すごく儲かるんですよ?」
「・・・」
しかし、やはりみんなの反応は鈍かった。まるで、草食動物に肉のうまさを力説しているような、そんな手ごたえだった。
「あんまり、賑やか過ぎてもあかんぞな」
すると、はなさんの隣りに座っていた梅さんがぼそりと言った。
「えっ」
「忙しかったら、昼寝ができねぇぞな?」
そして、その隣りの菊さんが言った。
「えっ」
「そこそこ仕事して、昼寝して、おまんま食えたら幸せだ」
幸枝さんが言った。
「・・・」
「人はちゃんと体を動かして働くもんだ。そんたらことしてたら、人間がダメになってしまう」
はなさんが言った。
「・・・」
私は返す言葉もなく呆然としてしまう。
「でも、あんま昼寝してっと、太ってしまうぞな」
「そうじゃそうじゃ」
そして、最後に、菊さんがそう言うと、みんな大口を開けて笑った。
「・・・」
私は完全にその流れに置いていかれていた。
「小丸ちゃんも昼寝したいぞな?」
はなさんが隣りの小丸の頭をなでる。
「うんにゃ、昼寝は最高の幸せだにゃ」
小丸はうなずく。
「そうじゃろ。そうじゃろ」
そして、みんなまた笑った。
「・・・」
小丸ははなさんたちの輪に入り意気投合していた。
「・・・」
なんだか私一人が、別の惑星から来た人間みたいに置いていかれていた。
「なんかこの村の人たちって、みんな大らか過ぎるというか、のんびり過ぎるというか・・。私がユーチューブで、もっと村のこと発信すればこの村も活気が出るって提案したんですけど、まったく反応鈍いんですよね。やる気がないっていうか」
私は獏さんの畑にいた。
「ああ、この村の人たちはそんなだよ」
獏さんが、鍬で畝を盛りながら答える。
「でも、もうちょっと欲があってもいいような・・」
「この村の奥の山の川の一角でさ、砂金が取れるんだよ」
獏さんが言った。
「えっ、砂金ですか」
私は驚く。
「うん、なんか金鉱が昔あったらしくて、その川下で今でも取れるんだよ」
「へぇ~、金が取れるなんてすごい」
「それで、この村には夏に夏祭りがあるんだけど、その準備資金として、毎年この季節になると砂金を取りに行くんだよ。僕もこの間それについて行ってさ」
「へぇ~」
「けっこう取れるんだよ。僕みたいな素人でもすぐに見つかるっていうか。でもさ、それっきりなんだよ。祭りの準備資金が集まったらもうおしまい」
「えっ」
「毎日取りに行けばいいじゃない。そうすればみんなお金持ちになれるし生活も楽になる。村だって活性化するだろ?」
「そうですよね」
「うん、でも、しないんだよ」
「なんでですか」
私は驚く。
「そんなに働いてどうすんだって。昼寝ができなくなろうだろうって」
「あっ、それ私も言われた」
「それにさ、この地域は日本の中でもちょっと特異なところで気候が温暖だから、二毛作ができるんだ」
「一年に二回お米が獲れるというあれですか」
「うん、そう。でも、やらないんだよ」
「何でやらないんですか?」
私はまたまた驚く。
「何でやらないんですかって僕も訊いたんだ。そうすればもっと暮らしも豊かになるじゃない。欲しいものも買えるし」
「うん」
「そしたらさ」
「はい」
「そんなに働いたら昼寝ができなくなるだろうって」
「ぷっ」
「はははははははっ」
私たちは同時に吹き出してしまった。
「あえて上を目指さないというね」
獏さんが笑いながら言う。
「この熾烈な競争社会で」
私も笑いながら言う。
「やっぱいいよねこの村」
「うん」
そりゃあ、犬も道の真ん中でぐでんと寝そべって昼寝するよなと思った。この村に来て何か生きやすいなと感じるのは、そんなところに理由があるのかもしれない。
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