第20話 青年

 私は、小丸を連れ、毎日港をよく散歩していた。港の独特の雰囲気と潮の香りとがなんか癒された。朝が早い分、昼間は静かで、何に使うのか分からない網や巨大なボール状の浮きたちが静かに置いてあるそんな風景が、なんか好きだった。

「あっ、あの人かも」

 何やらこの集落に似つかわしくない若い男の人が、犬を連れて歩いている。背が高く頭のもさもさした人だった。年は私よりもちょっと上。二十七歳くらいだろうか。ちなみに私は今年二十三歳。

 男の人も私に気づいた。

「やあ」

 その男の人は私に向かって笑顔で右手を上げた。

「ど、どうも・・」

 意外と気さくな人らしい。

「君が最近ここに越してきた若い女の子だね」

「は、はい」

 やはり、噂になっていたのか。狭い田舎の集落、どんな小さなニュースでもすぐに噂になり、すぐに広まる。

「散歩?」

「はい」

「僕は小早川獏、よろしくね」

「あ、はい」

「君、名前は?」

「私、小松七菜(ななな)って言います。ちょっと、なが多いんですけど・・」

 私は少しうつむき加減に言う。私は自分の名前を言うのが、小さい頃からずっと恥ずかしかった。

「七人兄弟?」

「いえ、二人の下です」

「七月生まれとか」

「いえ五月です」

「七日生まれとか」

「いえ、五日です」

「へぇ~、子どもの日」

「はい」

「じゃあ、なんだろ・・」

「父親がギャンブル中毒で・・」

「ああ、ラッキーセブン」

「はい、当たりです。めっちゃしょうもなくてすみません」

「いや、そんなもんだよ。僕なんて名前獏だよ」

「獏ですか。あの夢を食べるという?」

「そう、妖怪の名前だからね」

 獏さんは大きくため息をついた。

「名前では苦労したよ。学校ではよくからかわれたし、名前呼ばれると必ず笑いが起こるし、もう大変だっよ。社会に出てからは名刺出したり自己紹介するたびになんかみんな笑うしさ」

「私も似たような感じです。最初の自己紹介の時、必ず教室で笑いが起こりましたし、クラスの男子なんか、なななななななって、なを連呼してくるし、先生もわざとなを四回言ったり・・」

「うちの両親はなんかズレた人たちでね。困ったもんだよ もうちょっと一般的な名前にしてほしかったよ」

「私もです」

 なんかのっけから気が合った。

「ちょっと、うちに寄っていかないかい。このすぐ近くなんだ」

「え、あ、はい」

 なんか、ここではものすごく気軽に家に誘われるが、若い男の人にまで誘われることに私は驚いた。これが田舎感覚なのだろうか。

 だが、話も合い、気さくな感じもしたので行くことにした。いざとなったら小丸が助けてくれるさ。私は足元の小丸を見た。

 だが、小丸は、獏さんの連れている柴犬に似た雑種犬に、鼻をクンクンされ固まっていた。どうやら小丸は犬は苦手らしかった。

「小太郎っていうんだ」

「小太郎ですか」

「うん、かわいいだろ。保健所で殺処分されそうになっていたのを引き取ったんだよ」

「へぇ~」

 私は小太郎を見る。小丸は怖がっているが、とても大人しくやさしそうな感じがした。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 私たちは獏さんの家へと歩き出した。

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