第17話 縁側
荷物も少なく、それほど大変ではなかった引っ越しを終え、縁側で庭を眺めていると、はなさんがやって来た。
「引っ越し終わったかね」
「はい」
「ほうか、じゃ、これ食べなんせ」
はなさんは大きなお皿を差し出す。
「あ、ありがとうございます」
特大のぼた餅だった。
「小丸ちゃんにはこれじゃ」
小魚の干物だった。
「ありがとにゃ」
小丸はもはや手と化している前足を伸ばし受け取る。やはり、はなさんは小丸がしゃべっても、歩いても、二本足で立っていても、普通にお尻で座っていても、前足でものをつかんでも欠片も驚かない。猫をそもそもそういう生き物だと思っているかのように自然に接している。逆に私の方がおかしいのか?と不安になるほどだった。
「あっ、お茶入れますね」
「おお、あんがと」
こういうこともあろうかと、私はいち早く、急須と湯飲みを買っておいていた。
「ふふふっ、さすが私だぜ」
先を読んで準備万端な自分に、一人鼻を伸ばす。
「これ何の木ですか」
はなさんと小丸と三人で縁側に並んで座り、ぼた餅を食べお茶を飲んでいた私は、何の気なく庭の木の一つを指さす。新しい家の広い敷地内にはたくさんの木が植えてあった。
「それは桃じゃ」
「桃?果物の?」
「そうじゃ」
「じゃあ、実がなるんですか」
「ああ、夏になればできるよ」
「ええ、すごい」
私は驚く。
「こっちは何ですか」
今度は奥の縦に長い大きな葉っぱの木を指さした。
「それはビワじゃ」
「ビワ。これもなるんですか」
「ああ、なるでよ。ほれ、もう実がついているでよ」
はなさんが指をさす。確かによく見ると、オレンジ色の小さな実がたくさんついている。
「わあ、ほんとだ」
「すぐに大きくなるわ」
「食べれるんですか」
「もちろんじゃ」
「そうなんだ。やったぁ」
私はなんだかわくわくしてきた。
「じゃあ、もしかしてあっちも何かできるの?」
私は隣りの木を指さした。
「あれは梅じゃ」
「じゃあ、あっちは?」
「あれは、リンゴ」
「あれは」
「あれは、ブルーベリー」
「あれは」
「あれは、デコポン」
「あれは」
「あれは、レモン」
「わあ、すごい」
「前にすんどった梅さんが、果樹が好きじゃったからな。庭中、果樹だらけじゃわ」
「やったぁ」
私は思わぬ贈り物に歓喜した。
「にゃ?」
そんな私を、小丸が首をかしげ見上げた。小丸はまだフルーツを食べたことがなかった。
「おいしいおいしい果物ができるんだよ」
私は小丸を見る。
「そうなのかにゃ」
「うん」
これからの生活に私は楽しみしかなかった。ここに越してきたのは大正解だと早くも確信した。
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