第16話 引越
私たちはすぐに自宅アパートに戻ると、漁村の家へと引っ越しの準備を始めた。
「えいっ」
私は、真っ先に持っていた精神科で出された薬をすべてゴミ箱に叩き捨てた。
「いいのかにゃ?」
「いいの、こんなもんもういらないわ。今の私は病気になる前より元気になってるもの」
私の中には今までの鬱が嘘のように気力がみなぎっていた。
「私の未来には、希望と輝きしかないわ」
逆に、躁状態になっているのではないかと思えるほど、今の私は無敵だった。
「えっ、家賃タダでいいんですか」
「ああ、いいでよ」
漁村に取って返した私の新しい大家さんである、この家を紹介してくれたはなさんはいともかんたんに言った。まるで、友人同士、持っていた鉛筆でもちょっと貸すみたいなくらいの気楽さだった。
「・・・」
まったく見ず知らずの私に家を貸すこと自体すごいが、それをタダで貸すなんて、ちょっと、油断し過ぎではないのかと、逆に心配になった。
「とりあえずお茶飲んでいき」
「はい」
その日は、お昼ご飯もごちそうになった。どこまでもいい人だった。そこにははなさんの旦那さんの辰吉さんもいた。はなさんと対照的に小柄で、はなさんみたいに口数の多い人ではなかったが、終始にこにこして穏やかな人だった。ちょこんと普通にお尻で座っている小丸を見ても、はなさん同様、驚きもしない。
「かわいい子じゃのぉ」
そう言って、何とも言えない慈愛の籠った目で、辰吉さんは、にこにこと小丸を見つめている。
ちなみにお昼ご飯は、山菜とタケノコの炊き込みご飯と、大きなハマグリのたくさん入ったお味噌汁と焼き魚だった。すべてはなさんの手作りで、都会でジャンクなものを中心に食べていた私には、感動的においしいご飯だった。
「おいしいね」
「うんにゃ」
小丸も焼き魚をもらってうれしそうだ。普段食の細い私だったが、その日は二回炊き込みご飯をおかわりした。
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