04

「あー、満足したね。おいしかった!!」

「ほんとにね」


 二人は夕日が差す街の景色を眺めている。ずっと遠くまで続く住宅街、その先にあるビルが立ち並ぶ沿岸地域、そして、そのさらに向こう側にはうっすらと海が見えている。


「今日はありがとね、よしの。私、なんかこの店の不思議な雰囲気、気に入っちゃったかも! このお店はどうやって見つけたの?」

「えっと、普段よく見てる、ちょっとしたことをつぶやくSNSで、こうやって……」


 よしのはスマホで水色のアイコンのアプリを立ち上げ、画面を開いてキーワードを検索窓に打ち込み始めた。すると短い言葉を綴った投稿や、写真付きの投稿が、新しいものから順にずらっと出てきた。よしのはそれを指先で縦にスクロールしていく。


「へー、それ便利だね! 私そういうのやらないから知らなかったよ。でも普通の検索と何か違いがあるの?」

「うーんと、普通の検索に比べて、今リアルタイムで起こっていることとか、局地的な話題とか、そういう情報が集めやすいのが利点かな。他にも自分のイラストとか漫画とかの創作物を発信している人もいるよ」

「へぇー、面白そう! 色々なことができそうだね」

「長い時間やると疲れちゃうんだけどね。でも便利だからついついやっちゃうのよねー。たとえばこの街で今起きていることとかも、こうやって……」


「あ、それ! それだよ!」


 真美が急に声を上げた。


「え、どういうこと?」

「そのSNSで、例の竹林について検索すればいいじゃない」

「あ……確かに。そっか。その手があったか」

「もしウワサになっているんだったら、幽霊について呟いている人が、いるかもしれないじゃない?」

「そうね、やってみる」


 よしのがスマホを持つ手を真美が見つめている。客はいつの間にか二人だけになっていた。窓から差し込むオレンジ色に輝く太陽光線で、本棚や窓枠の影が黒く長く伸びている。静けさの中、ピアノの音だけが響く影絵のような世界に、二人は取り残されていた。


「あ、あったよ。『幽霊が出ると噂の場所に来た』とか、『夜、竹林で光の玉が宙に浮いてるのを見た』『都会の真ん中にこんな自然が残っているなんて、なんか不思議だな』とかも書いてあるね」


 二人は他の投稿も、ここ最近の分はだいたい確認した。その結果、その内容には、大きく分けて二種類のウワサがあることがわかった。


□幽霊が出た、あるいは見た、というウワサ

 

□この竹林は、今は信仰を失っているが、昔は神聖な場所だったらしい、というウワサ


「何件か見つかったわね」

「うん。そのアプリ、ホントにすごいね。でももしこの投稿が本当だとすると、私たち大変なことしちゃったかも……」

「うん。あそこって、やっぱり入っていい場所じゃなかったかもしれな――」


 よしののスクロールする手が止まった。


「真美、ちょっとこれ見て」


 そこには動画付きの投稿が上がっていた。夕方の暗い竹林の中、小さな光が、不規則に移動しながら漂っているところを録画したものだった。


「何なの……これ」

「もう、やだなぁ。きっと合成か何かだよ……」


 二人の間に静寂が到来する。部屋の片隅で、ピアノの自動演奏の音が今、静かに止まった。


「よしの、私のせいで変なことに巻き込んじゃったみたい……なんかごめん」

「いや、別にそんな……私もちょっと羽目を外しすぎたし……。でも、このままじゃなんかこう、ちょっと後味が悪くなっちゃいそうね。中途半端に知って、謎を謎のまま置いておく、みたいな感じで」


 真美は少し難しい表情をして、考え込んでいる。


「もうここまで来たら――直接真相を確かめに行くしかないのかも」

「確かめるって、何を?」

「幽霊の正体を!」

「え、またあの場所に行くの?」

「だって、よしのの言う通りさ、ここで見なかったことにするのも、それはそれでなんか嫌じゃない? こういうのって目を背けるよりも、正面から向き合った方が怖くなくなるものだと思うんだよ私。ほら、幽霊の正体見たり枯れ尾花っていうじゃない?」


「それはそうかもだけど……でもどっちにしてもやっぱりコワイよぉ……」


 トホホ……という効果音が聞こえてきそうな雰囲気でよしのは肩を落とした。


「よしのはさ、明日の夜とか、空いてる?」

「明日は、その、お兄ちゃんのお誕生日会があって、家族でご飯食べに行くから……明後日なら」

「よし、そうと決まったら明後日だね、決行日は」

「えっ、決行!?」


 力強く言う真美に、よしのは夕日に照らされて光る黒髪を少し揺らした。


「張り込みだよ、張り込み!」

「えー、張り込み!?」

「うん。投稿の日時を見ても、一週間くらい前から目撃情報が何件か出てるし。でももうさすがに林の中に入りたくはないからさ、遠くから見てるだけ!」

「まぁ、それなら普通に住宅街を通りががるのと一緒だし……でもまだちょっと私、まだ心の準備が……」


 よしのは少し複雑な心境を抱えていたが、そのまま午後のティータイムはお開きになった。

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