03

「それではこれから、昨日の調査をふまえ、幽霊の正体についての推理をしたいと思います!」


 真美が、ワクワクした気持ちが抑えきれないという風にそう言った。


「ではよしのさん! まずはあなたの意見をお聞かせください!」

「そうね。うーんと、私的には……ちょっと普通かもしれないけど、昨日ばったり出会ったタヌキちゃんを誰かが幽霊と見間違えて、それで変なウワサが広まった、ってことなんじゃないかと思うわ」

「なるほど、まあそれはあり得る話だよね……でもさ、それじゃあの場所にあった火を使った跡みたいなのの説明がつかないと思うのよ」

「まあ確かにね……」


 よしのがそう答えたところで、店員さんがお盆を持ってきた。


「お待たせしました。こちらが期間限定、桜のソースがけシフォンケーキ、こちらがピスタチオとフランボワーズのケーキになります」

「ありがとうございます。シフォンケーキが彼女で、ピスタチオの方が私です」

 よしのは答えた。

「お飲み物はアールグレイとチャイになります。チャイはこちらについているビスケットを浸してお召し上がり下さい。ご注文の品は以上でお揃いでしょうか」

「はい、ありがとうございます」

「それでは、ごゆっくりとお過ごしくださいませ」


 ここは学校から三駅ほどいったところにあるケーキ屋さんだ。併設されたカフェは、少し山側で高台になった立地を活かし、景色を眺めながらゆっくりとティータイムを楽しむことができるようになっている。屋内は二階まで吹き抜け構造になっていて、壁の一つの面は大きな展望窓、それ以外の壁面には、天井まで続く高さ数メートルはありそうな巨大な本棚が設置されており、古今東西の本がびっしりと並んでいる。


「うわー、すごいね! どっちも美味しそう!」

「うん。ちょっと写真撮ってもいい?」


 よしのはスマホを取り出すと、角度やケーキの位置を調整しながら何枚かパシャリと写真を撮った。


「すごい! よしのめっちゃこだわって撮るねー。もしかしてSNSとかにもあげたりするの?」

「えっ、あの、いや別に、そういうわけじゃなくて……綺麗なものは何だか残しておきたいなって思うっていうか……とっても美味しそうだから……」

「別に照れなくていいのに。見た目もとってもかわいいよね!」


 店内にはアップライトの自動演奏のピアノが置いてあり、空席の椅子で鍵盤がひとりでに動き、クラッシック音楽を奏でている。今ちょうど演奏が止まり、ショパンの『ノクターン』からサティの『グノシエンヌ』に曲目が切り替わったところだ。


「あ、それで本題だけど、真美は竹林の幽霊の正体、一体何だと思うの?」

「うーむ、あれはズバリ、現代に蘇りし『竹林の七賢』じゃないかな!」

「え、竹林のしちけん?? 何それ?」


 よしのはきょとんとした表情で、真美の方を見た。


「昔の中国の方の故事で、腐敗した現実社会から離れて、静かな竹林の中で物事を考えようとした思想家の話だよ。浮世から離れた清浄な竹林の中で、お酒を飲んだり焚火を囲んだりして、哲学や思想について語り合ったんだって」

「へぇー。そういう人たちがいたのね。なんだかこう……不思議な話ね」


 よしのは、青白い空気が張りつめた竹林の中、髭をたくわえた仙人のような風貌の人たちが輪になって座っている姿を思い浮かべた。


「それの現代版をやろうとした人たちがいた! それがあの火の跡、そして幽霊の正体というわけ!」


 真美は少し身を乗り出し、楽しげな表情でそう言った。


「まあ確かに面白いアイデアだけど、そんなもの好きなことをする人がこの現代社会にいるものかしら」

「うーむ……まあそうだよなぁ。ていうか、やっぱり昨日の調査だけじゃちょと情報が足りないよねぇ」


 よしのはケーキにフォークを入れて口に運ぶ。翡翠色の半球形で光沢のあるケーキの上には、ラズベリーと黄色いオブジェのようなチョコレートが添えらえている。ピスタチオのムースは甘くしっとりとしていて、口の中の体温だけでふわっと溶けてしまう。


「これすごく美味しい。中にラスベリーのジュレが層になって入ってる」

「シフォンケーキも桜の香りがして、春だー!! って感じがしておいしいよ!」

「でも、これでまたちょっと体重増えちゃうかも……」

「そんなことないって! よしの全然太くないし、気にしすぎだって。それに別に痩せなくても、よしのの真の魅力はありのままの姿にこそあると私は思うんだけどなぁ……」

「何よ、そのよくわからない理論。真美ってホント無責任なんだから!」

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