02

 その後、二人はおそるおそる林の一番奥まで行ってみたものの、そこには隣の家の土地との境界の古い塀があるだけで、いかにも怪異の類が出そうな古い石碑や小屋、井戸などの目ぼしいアイテムは見当たらなかった。


「何もないね……」

「うん……」

「もうそろそろ、ここ、出る?」

「うん、そうだね。暗くなっちゃいそうだし」


 そういって二人は引き返すことにした。ところが、出口までの途中、来るときは通らなかった方の通り道に、何か黄色く光るものがちらりと見えているのに、よしのは気づいた。


「ねえ真美。あっちに何かあるんじゃない?」

「ほんとだ。何だろう、あれ」

「帰りはあっちを通ってみよっか」


 近づいていくと、その部分だけ林が途切れていて、ちょうど三メートル四方ほどの太陽の光が差し込む開けた場所になっていた。そしてその空間のへりには、よしのや真美の身長と同じくらい――約百六十センチほどの高さの低木があり、黄色の美しい花を枝いっぱいに咲かせていた。


「うわぁ、綺麗……」

「へぇー、すっごい! これ、たぶんだけどマンサクの花だよ」

「すごいね真美。見ただけでそんなことがわかるの?」

「あ、いや、たまたま田舎のおばあちゃんの家にこれと同じ木があってさ、この木について聞いたことがあったから」

「そうなんだ」

「子供の頃よく綺麗だなぁって思って見てたんだよね……」

「さすがは真美ね。植物とか自然のこと、けっこう好きだもんね」

「うん、まぁね……」


 マンサクという木には、枝をおおい尽くすほどの無数の黄色い糸のような花弁が付いており、よしのがこれまで見てきたどの花にも似ていなかった。本当にここは外界の街とは隔絶されていて、都市の中の異空間みたいな場所だなと、よしのは思った。すると真美が


「あれ? ここ……」


 真美が地面を指さしている。そこには、落ち葉が周りより少しだけ黒ずんだようになっている場所があった。


「なにかしら……これ」


 よしのがしばらく頬に人差し指を当てて考えを巡らせていると、真美が口を開いた。


「よしの、これってもしかして、何かを燃やした跡じゃない?」

「え、そうなのかな? あ、でも確かに炭みたいに黒くなってて、何かが焼け焦げた跡にも見えるわね」


 これが焦げ跡だとして、こんなところで火を使って何をするのだろう、とよしのが考えていると


「もしそうだとしたら……誰かがここで何かアヤシイことをしてたってことになるんじゃない? それも最近!」

「え、アヤシイって何よ?」


 真美は声をひそめ、何やらニヤニヤしはじめた。


「そりゃあ、まあ……燃える火を見てロマンチックな雰囲気の中……他の人には見られたくないひめゴト? みたいな?」

「他の人には見られたくない……って真美あんた昼間からなに考えてるの! ていうか普通に考えておかしいでしょ、こんな寒くてヘンなものが出そうなところで!」

「ふふっ。もう冗談だって」

「はぁ、もう……」


 うっかり間抜けな話題につき合ってしまった自分に、よしのは肩を落とした。


「でも最近ここに人が来たってことは確かね。それか幽霊かも!」

「まあ、幽霊の話は置いておくとしても、人が来た可能性は確かにあるわね。ここに痕跡があるわけだし」


 そうして立っていると、昼間よりも冷たくなった風が、びゅーと林の中を吹き抜けて来て、髪やスカートの裾をなびかせていく。


「うわぁっ、寒っ。この季節はまだ朝晩冷えるわよね。足元が冷えて来たわ」

「まあ、どう考えてもスカートで来る場所じゃなかったよね、えへへ」


 いや、誰が連れてきたのよ……とよしのは思った。

 よしのと真美が林を出ると、空の端はもう薄い黄金色に染まりはじめていた。

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