そして半分になった

四方 時雨

01

 二人の目の前には、鬱蒼とした竹林があった。


 春の昼下がりから夕方にかけてのあたたかな風が、竹の葉をさらさらと揺らしながら吹き抜けていく。


「まさか、こんなところに竹林があったなんてね」

「うん。私も最近まで全然知らなかったよ」


 よしのと真美はそう言って顔を見合わせた。

 ここは市内有数の高級住宅地のど真ん中である。しかし、真美が道すがらに話してくれた通り、住宅街の一区画に竹林は忽然と姿を現した。間口は約二十メートル、奥行きはその倍はあろうかという長方形の土地に、青々とした竹が密集して生えていた。それはまるで住宅街の中に浮かぶ緑の島のようで、単調な都市の街並みの中で、ひときは異彩を放っていた。


「ね、ほんとでしょ!? すごいでしょ!?」


 真美は少し飛び跳ねるようにして、制服のスカートをふわりとさせながらそう言った。


「でも、ここに幽霊が出るなんてウワサ、どうして真美が知ってるの?」

「それは、まあ……生徒会の会議中にちょっとだけ話題に上がったのよ。うちの高校の近所になんか、こういう変な場所があって、そこで幽霊を見たってウワサがあるって」


 一体生徒会は普段どんなことを会議で話しているんだ……とよしのは思った。でも、今はそれよりも本題の方が気になるので、突っ込むのを我慢する。


「その時は、もうそれ以上話題にはならなかったんだけど、後で考えれば考えるほどメッチャ気になっちゃって! それで実際にどんな場所なのか、確かめようと思って」

「はぁ、もう……真美っていっつもそうやって人を巻き込むんだから。でもどうしてこんなところに不自然な自然が残ってるのかしら」


 真美は頭の後ろで結んでいる、ポニーテールというには少し短い髪をヘアゴムで結び直しながら


「生徒会の子に聞いた話によると、この土地は元々私有地で、周りが住宅地として造成されていく中、なぜか手を付けられずに自然の姿のまま取り残されていた場所らしいの。それを十年ほど前に市が買い取って公園にしようとしたのだけど、結局予算の都合か何かで工事がされずに、今もこのままなんだって」

「ふーん、そうなのね……」


 よしのは薄暗い藪の奥の方を見た。その先に何があるのかは、ここからはよく分からない。すると、真美が突然


「よしの、じゃあそろそろ行くよ!」

「え? ホントに行くの?」

「せっかくここまで来たんだから」


 そう言って真美はアスファルトで舗装された部分から、土の部分に足を踏み入れ、竹林の奥へと分け入りはじめた。よしのはためらいながらも真美に遅れないようにその後を追った。足元は落ち葉が積もっていて土も柔らかい。竹林の中は、息を吸いこむと空気が湿っぽく感じられる。もう高校二年生にもなって、いくらなんでも幽霊なんているわけないとわかっているが、それでも何か気味が悪いとよしのは感じた。


「お! 竹以外の木も生えてるね!」


 真美が威勢の良い声でそう言った。入り口から十五メートルほど進んだところから、竹以外の木や植物も混生するようになり、薄暗い雑木林の様相になってきた。


「ねぇ、真美。ちょっと、もうそろそろ引き返さない? 服も汚れちゃうし」

「もうちょっとだけ行ってみようよ」

「もう、もし迷って出られなくなったらどうするのよ。私たち遭難よ!」

「アハハ、よしの面白すぎ。こんな狭いところで迷うわけないじゃん」


 よしのは奥に進むにつれて、自分の存在が小さくなっていくような気がした。なんだか奥の方から、気味の悪い音も聞こえてくるような気がする。


「ちょっと待って、今何か変な音が聞こえたよ」

「いや、気のせいだってー」


 と、その瞬間、茂みの奥の方でガサッという物音がしたと思うと、二人の目の前の落ち葉がバサバサッ! と飛び散った。そして向こう側から、黒い塊のような物体が、ものすごい勢いで飛び出してきた。


「キャーーーー!!」


 二人とも何が起こったのか、わからなかった。真美はさっきまでの元気が嘘のように、よしのの肩にかかった髪に顔をうずめて、震えている。ひんやりとした林の中、よしのは真美の吐息で自分の胸のあたりが温かいのを感じた。そのことが、余計に緊迫感を感じさせる。よしのが手に力を込めたまま、首をよじってなんとか物体が飛んで行った方を見ようとすると


「あ……」


 光が差す竹林の出口の方に、三つ小さな影が佇んでいた。


「ね、あれってもしかして……タヌキ、じゃない?」

「ふぇっ……」


 真美はおそるおそる、よしのの肩越しに顔をのぞかせ、固くつぶった瞼を開けた。そこにはつぶらな瞳でこちらを見つめる、タヌキの親子の姿があった。


「え!? ホントにタヌキ? すごい、こんな都会の真ん中にいるなんて……本物は初めて見たかも」


 タヌキの方も驚いたのか、二人が少し動くと、四つの足をテロテロと動かしながら道路の方へと走り去ってしまった。


「メッチャかわいいんだけど!!」

「うん! こんなところに、あんなに可愛い子たちが住んでたなんてね」

「道路の方に飛び出していったけど大丈夫かなー」

「ちょっと心配ね……」


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