第18話 将軍入阪


 1月8日、将軍が乗った翔鶴丸が大阪港に来た。

「黒船が来た。あれか?あれか?」

 茶色の大きな蒸気船が、まっすぐこちらに向かってくる。

「見ろー。でっけーぞ。そこらにいる廻船どもの数倍デカい」

 隊士達は初めて見る蒸気船に歓喜の声を上げる。

翔鶴丸はイギリスから買った幕府の船で、アメリカで作られた商船をフランス人が大砲を左右2門ずつ、4門を配備した改造の軍艦である。

 それをフランス人の技師が操舵の指揮を執り、江戸から大阪まで10日かけてやって来たのである。

 日本人は黒船来航で、初めて蒸気船を見た。外国の船は、長く航海できるように、大きく作られている。江戸幕府は鎖国を敷いていたため、大きな造船を許さず、日本の一番大きな帆船の千石船が25m。それ以上のものが存在してなかった。

 無論、鎖国のため、外国の船を日本近海に近づけないように、大砲で追い払っていたため各国は素通りしていたので、ほとんど日本人は外国船を見たことなく、唯一、出島で外国から来れる国ポルトガルの船を見るぐらいだった。しかし浦賀に来た黒船は太平洋を渡るためその数倍デカい船だった。

「恐ろしいな。こんな化け物のような船を幕府も持っとるのか」

 源さんは初めて見る外国船を食い入るように見てる。

翔鶴丸の大きさは長さ, 198 ft (60.35 m). 幅, 24 ft (7.32 m). よくいる千石船の長さだけで倍以上。見た目の大きさで言うと10倍以上の大きさに感じる。そのあまりの大きさにみんな怯えた。

「そうだな。これなら外国と戦えるというもんよ」

 同じく初めて見た原田も、息を飲んでいる。

 

 翔鶴丸は天保山の向かいに停泊し、乗員はそこから小舟で、波止場に上陸してくる。

 豪華な籠に乗り、将軍・家茂様が進んでいく。大規模な警護、警備、長く続く将軍行列。

 拙者たちは今、将軍をお守りして行軍しているのだ。外からみているんじゃない。内側にいるのだ。

「あそこに見えるのは将軍様だ。俺たちは先鋒を警護しているんだ」

 先払いの先頭にいるので、後ろを振り返り、源さんは感動に震えた。

「そうだ。これが今の拙者達だ」

 夢に見た光景だ。我々は侍になり、それも天下の将軍の警護をさせてもらっているのだ。

「こんな光栄なことはない」

 胸の奥がずーんと熱くなってくる。

しかし藤堂平助にはそんな気持ちはあまり無いようで、馬上の拙者に忠告してくる。

「局長、行列って遅いですが大丈夫ですか?」

「大人数で動くのだ。おのずとこうなる」

「しかしこれじゃ誰かに狙われる。私だったら、鉄砲で狙い撃ちですね」

 そう、最近の出回っている後ろ込めのミニエー銃は砲身にライフルというものが刻まれており、正確性も届く距離も格段に上がっているときく。

「だったら心配ない。山南さんが宿屋の2階や民衆の中に監察の山崎や会津小鉄配置している、撃たせはしない」

「なるほどね。やはり山南さんは凄いや」

 行列が動きだし、街道のわが新選組の先払いのお勤めが始まる。

籠の周りの固める会津藩の警護に付き、将軍の隊列が動き出す。

 わずか数里しかない距離ではあるが、将軍の大阪城入りを警護させていただくことが出来た。誉である。

 そしてそのまま新縁組は、大阪城の北の丸から、北側の通りに移動し、大阪城周辺の警備する任務もさせていただくことが出来た。



「ごめん。近藤は戻られているか?」

 警備の交代で半数が、宿屋に戻りくつろいでいると、江戸から随行した幕府・八王子千人同心にいる、源さんの兄の松五郎さんが、我々、新選組の大阪定宿・八軒屋や京屋という船宿に訪ねてきた。

「これは松五郎さん。お久しぶりです」

「勇、でかした。誉だ。新選組が将軍の目に留まったぞ」

 将軍・家茂様が籠に乗ろうとしたとき、先頭で先払いをしている新選組が目に止まり、

「あれはたれか?」

 迎えに来た将軍警護隊の先頭を進む新撰組指さし、お聞きくださったのだ。

 やはり先頭部隊・白馬の近藤と黒い集団は目立ち、将軍は興味を持っていただいた。

「会津藩、松平肥後守御預・新選組です」

 と、並走して歩く会津藩・老中の田中土佐玄清様が答えてくださり、

「おお、あれが新選組か。噂で聞いている。京の治安を守っているものだな」

「御意」

「頼もしい限りじゃ。頭の名前は?」

 と名前を、将軍様はお尋ねなさったというのだ。

「近藤勇というものでございます」

 とお伝えすると、将軍は、深く頷いていただいたそうだ。


「将軍に認められた。今まで頑張ったかいがあったな勇」 

 感激の涙を流す松五郎さんにつられ、拙者の目にも涙が溢れた。

「われら天然理心流、ついにここまできた。」

 後ろに控えていた源さんも一緒に涙を流して唸る。その後ろを見ると歳三さえも泣いている。

「歳、泣いているのか?」

「館長が泣かれているので、知らぬ間に涙が溢れていた」

 いつもは誤魔化す歳三だが、天然理心流の者にとって、こんな嬉しいことはなく、貰い涙が止まらないである。




 翌日、行列は大阪でたいそう評判になり、慰労で両替商・鴻池善右衛門が隊士全員を中之島の料亭に招いてくれた。

 無論、大阪新選組の山南さんの他、谷三十郎殿が大阪城西、大坂南堀江町にある谷道場の万太郎殿と13歳離れている弟・昌武も連れ立ってきた。

「局長、一番下の弟は先日、元服を迎えたので、連れて参りきました」

「名はなんとと申される?」

「谷昌武と申します。備前松山藩・藩士です。」

 あどけない表情の昌武。いい男である。

「最近、元服か、ならば酒は・・・」

「そんな気を使わず、ジャンジャン飲ましてください」

 三十郎殿は無類の酒好き、もう酔っている。

15歳、藩士の血筋か。天然理心流を残したいが、拙者には子がいない。跡継ぎいる谷道場がうらやましい。

「谷道場もこんないい跡継ぎがいて、安泰ですな」

「拙者は隠居の身。今、大阪を取り仕切るっているは弟の万太朗です。こんな世です。後継ぐなど、考えていたら生きていけませんよ。新撰組に加わったのもそういう心算です。残り少ない命を存分にお使いください」

 頭を下げる三十郎殿。その横で笑っている弟の万太郎。

「三十郎殿に『大名になるつもりか』と、先に言われたこたがありましたな。その言葉、今は目指しているとお答えします。帝をお守りして出来れば攘夷大名になりたいと考えてます」

 拙者の言葉を聞いて膝を叩いて喜んだ。

「微力ですが拙者もお手伝いいたします」

「拙者も元服を迎えたばかりの若輩者ですが、何なりと存分にお使いください」

 と昌武も頭を下げる。

「本当に頼もしい限りだ」



 鴻池がわざわざ一人の太夫を従えて拙者のところに来た。

「あれは折屋の美雪太夫じゃないのか?」

 美雪太夫という大阪新町で有名な太夫だ。隊士たちが歩く姿を見ている。

「こちら近藤様だ、そそおのないように」

 そしてその美雪太夫が、拙者の隣に座り、酌をしてくれる。

「美雪と申します。よろしゅうに」

「そちが美雪太夫か、噂はかねがね。・・・拙者の妻になってくれんか?」

「京都に一人、大阪にも一人ですか、嫌ですわ」

「京に女はいない。無論、買ってはいるが、決まった女はおらん。いままで新選組 にかけてきたのだ。そんな暇はなかったのだ」

「近藤さんは東武士ですよね?」

「確かに江戸に妻はいる。が、しかし子供はいない。引かせてもらえれば養ってやる」

「まあ考えておきます。それより飲みましょう。飲まない人は、いけずでおます」

 そう言われれば飲む。注がれて、いつになく飲んだ。

あらためて鴻池に向き直る

「鴻池、いつも済まぬな。隊士たちも喜んでおる」

 謙遜して、頭を下げる鴻池。

「いえいえ、こんなことぐらいなんでもありません。京も新選組の活躍が順調にすすんでおられるようで」

「あまりこちらに来れずに、すまぬな」

「いいえ大阪は山南様に贔屓にしてもらってだいぶ守っていただいてます。やはり近藤様を頼ってよかった。」

「虎徹を貰った時の約束に邁進しているこれから新選組はもっと大きくなる」

「鴻池もそう信じております」

 鴻池は嬉しそうに頭を下げた。

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