第17話 山南さんの傷

 新選組は大阪に入り、会津藩主・松平容保様を送り届けて、 拙者と副長の歳三は将軍警護の打合せに会津藩藩邸の中庭に入る。すると、もう山南さんが着いており待っていてくれた。

「警護、護衛の入阪、ご苦労様です」

久しぶりの山南さんに会う。にこやかで元気そうだ。

「大阪での活動、いたみいります。・・・それで山南総長、腕のケガはいかがですかな?」

「総長・・・あ、そうだった。私は総長になったんですね。ははは。」

 山南さんは笑いながら、右の手のひらを向けて見せて、『握りる開ける』をやって見せるが、うまく握り締めることが出来ない。

「この通り、どうやら筋にも損傷があるみたいです」

 ゆっくりとしか動かない手を見つめ、「ふっ」とため息をついて微笑んだ。

「剣は残念ですが・・・終了のようです。立ち合いや闘争などは他の元気な隊士にお任せし、・・・私は総長の仕事で新選組を盛り立てようと思ってます」

 相変わらず笑顔ではあるが、少し寂しげではある。


 拙者は、山南さんの後ろで片膝をついた20名ほどの町人姿の男たちに目をやる。

「そちらの方々は?」

「今いる大阪・谷道場の門弟たちです。給金を払っているので新選組の雇いの隊士になってもらっています。主に大阪の町に出歩き、情報を収集する監察の仕事で、諸藩の大阪への出入りやモノの流通を見張ってもらってます。大阪は物が動きます。なにか起きそうなときは、必ず人や物が動きます。それを見張り、乱れる前に手を打つ。いうなれば大阪・暗躍・新選組といったところでしょうか」

「なぜ、町人の姿でおられる?」

「彼らは隊列に加わらず、見物客に紛れて、行列を見たりしながら、その後ろで行動を起こそうとする不穏分子を捉える係の者だからです」

 その町人姿の一人が下げていた頭を上げてみると、それはよく知る監察の山崎であり、その横に並ぶ者も、京都の屯所から離れて大阪に来た隊士の面々であった。

なるほど。大阪の新選組は表立つのを辞めて、裏に徹することに、なったことを理解した。


 そこに会津藩の元・中間であった鉄五郎が、20人の町人の部下を連れて中庭に入って来た。

 彼らは、京からきた拙者たち同行し、行軍の前や後ろをつかず離れず、監察と同じように、見物している町人たちの行動を観察して、警戒しながら移動してきた博徒や町人の集団である。

「お久しぶりです、山南殿」

 小柄な鉄五郎は、山南さんを見ると嬉しそう来て、前で両ひざついて頭を下げた。

「これは鉄五郎さん。よろしく頼みます」

 慌てて同じように座り、対応する山南さん。

「いやいや、もったいない。お立ち下さいませ。・・・それに小鉄でかましまへん。呼び捨ててくださりませ。・・・まあコテツというと近藤はんの腰の虎徹と同じ名前ですけど、こっちは虎の虎徹じゃなく小さいほうの小鉄ですがね」

 この男、鉄五郎というが、別名は会津小鉄といい、今は博徒たちを束ね、京の祇園の二条新地の大文字町で賭場を持つ任侠ものである。しかし昔、会津藩の中間にいたために恩義を感じ、会津藩の呼びかけには二つ返事で馳参じ、人足達に指示を出して働かせる。

 現場で会津藩の半纏を身にまとい、働いてる小鉄の姿を見て、いつしか人々は鉄五郎を『会津小鉄』と呼ぶようになった。

 今回も京都、大阪の往復も、当然、会津小鉄が仕切っている街道や休憩場所を使用し、行列を導いて来ており、そのため小鉄たちは沿道の見物町人に紛れ、不穏な動きする奴が出ないか、見張りをしながら一緒に下ってきた。

「ほら皆もこっち来て挨拶せんかいな」

 小鉄の後ろに来た本当の町人たちも、小鉄に習って後ろについて両膝ついて、頭を下げる。

 すると山南の後ろに控えている町人姿の武士が、小鉄と目を合わし、頭を下げる。

「うあー、山崎様やおまへんか。かんにんや。そない頭を下げられても困ります」

「いえ、今回は部下として命をください。存分に働きますよ」

 一番手前にいた監察の山崎が、微笑みながら言う。

「何もおサムライ様方が、こんなことせんとも」

「いや賊どもの中にも、脱藩武士の手合いが多いはず。手練れもいると思われます。暗殺を阻止し対抗するためには、武士の剣術が必要になるかもしれません」

 ムシロを巻いた剣を各自持って待機している町人姿の隊士が後ろに並んでいる。

「ほんま、ありがたいこって。はい、よろしゅうに、おたのもうします」

 挨拶が済むと、そのまま山崎に案内されて、小鉄と部下たちは、藩邸を出て宿屋の方に案内されて出て行った。



 大阪・会津藩藩邸にて打ち合わせを終わると、拙者たちは、定宿の船宿・八軒屋の京屋に山南さんを連れて戻ると、古き仲間が、「お久しぶり、山南さん」と会いに来る。

「平助、元気にしてたか?」

「手紙では重症だと聞いておりましたが、・・・大丈夫でしたか?」

 と藤堂平助の問いかけに、山南さんは左手の袂を引き上げ、肩口まで捲って見せてくれた。

 そこには肩から二の腕の肘近くまで続く太い刀傷がくっきりと刻まれて痛々しい。

山南さんはその左腕を上に上げてみせ、

「こうやって上段に構えようとすると。傷が引きつれて、腕が上がらない。それよりも腱をどこか斬られたようで握力がない。このまま剣を振れば、すっぽぬけて、どこかに飛んで行ってしまうのでしょう」

 自嘲気味に笑った。

拙者も改めて見せてもらって、その傷の深さに驚いた。

「山南さん、すまん。そんな重症だったとは・・・」

「まあ討ち死にしなかっただけ良かったと喜ぶべきでしょう。腕が落とされなくて儲けものです。」

 山南さんは袖を戻し整えながら

「・・・それにしても会津に貰ったこの兼定。残念なことしました。堂島様には、使っているように言いましたが・・・この腕じゃ私はもう使うことはありませんね」

 そういいながら横に置いた和泉守兼定を握ってみせる。

 先々月、副長である山南さんと歳三が、大阪の呉服問屋に出動して盗賊を成敗し、無事に呉服問屋を守ったが、その時の褒美として会津藩は、山南さんと歳三の両名に藩刀匠の和泉守兼定を褒美として送ってくださったのである。


「・・・多分襲ったのは盗賊でなく長州人。思いのほか長州は我々、新選組を疎ましく思っているようですね。やはり京を追い出された会津への恨みでしょう」

 8月11日の政変で京から追い出されたのが悔しくてたまらないようだ。

「刀が折れんほどに活躍したときいたが?」

 源さんも心配して聞くと、山南さんは懐にある紙を出し広げて見せた。

それは山南さんの刀の損傷を記した覚え書き図で、刀匠が書いた『赤心沖光』刀の押し型であった。

「きっと聞かれると思い持参してまいりました。それでこれが我が『赤心沖光』の惨状です」

 赤で書かれた折れた剣が書き写され、その横に書かれた『修復不可能』の文字が痛々しい。

「もう私には小太刀か脇差ぐらいしか握れないでしょう」

 横に置いてある和泉守兼重から手を離し、腰に差した脇差しの柄を握る山南さん。

「まあそれより、大阪の楽しい話でも聞かしてくださいよ。例えば中の島のどこの置屋の芸子が綺麗ですか?」

 平助の屈ない明るい質問に、

「そうだな。中の島だったら菱屋に綺麗どころがいるな」

「名はなんと?太夫?天神?」

「まあ、そうせっつくな」

 明るく答える山南さんだった。

だが拙者の横に座った原田が、その姿を見ながら、小声でふと漏らした。

「なんか・・・山南さんの印象が弱く見える」

「なんとなく拙者もそう思っている」

「武士というのは、刀がつかえなくなると弱く見えるものかな」

「刀はやはり武士の魂だからな」

 確かに、前は優しい中にも凛とした厳しさを感じた山南さんだったが、今は優しさだけが溢れているように感じてしまうのは錯覚か。

 戦闘において刀は折られたくない。折られればそこで命が終わりになるからだ。

確かに山南さんの『赤心沖光』は、折れても山南さんを守ったが、やはり武士の命は絶たれてしまった。

「やはり摂津の刀は、見栄えはいいが弱い」

 弱い刀は折れるのだ。残念だがその刀を折られたことで、山南さんが武士ではなくなり弱い人間になってしまったように感じるのだ。



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