第16話 大阪に行く
「大阪に高杉晋作が潜伏しているという噂だ」
11月になると京はもう寒くなる。広間の火鉢に当たっていると、あまり噂話をしない原田が言ってきた。
「それはぜひとも捕まえたい。桂小五郎を京で捕まえそこなって、行方知らずになっている。なんとか大物の志士を捕まえて手柄がほしいと思っていたところだ」
頷く原田。だいぶ幹部の貫禄がついてきて、見ていて頼もしい。
「新選組は、もっと有名にならなくてはいかん。手柄を立てて世間に知ってもらう。それが大事だ」
原田も新選組を考えてくれているようだ。
「なんせ長州人が京から所払いになり、過激な志士たちがいなくなったのであまり凄いことは起きないだろう」
「となると手柄を上げるには、京にとどまっていたら挙げられない。山南さんと一緒に大阪に行くか」
京において、新選組の力で、暗殺、志士たちの強盗や貸し倒しなどほどんど起きなくなっていた。
原田もそれ辺を気にしているようだ。
文久4年は新年に将軍・家茂殿が帝と共に新年に公武合体策を練るために再び江戸から将軍が来ることになっている。
公武合体といってもやっと公家にへばりついた長州を追い払ったところだが、最近は薩摩藩が金や渡来土産を貧乏公家にビラ撒き、入り込もうとしている。
「なかなか京は権力争いが終わらない」
しかし江戸から将軍が帝に会いに来るなら、京を治める新選組の隊務として完全にお迎えする必要がある。
「局長、よろしいか?」
すると永倉がこちらの火鉢に来て話し出す。
「今回の入京の話ですが、これはぜひとも将軍が大阪に到着した時から警護させてもらえるように会津に頼めませんかね?」
何か考えがあるようで、ニコニコと楽しそうに拙者に言う。
「新選組の任務でいうと、本来なら京都で待っていて将軍の京都市内に入りから、二条城までの道を警護というのが筋でしょうが、せっかく山南さんが大阪に土台を作り上げつつあるのだから、それを実践で使ってみようではないですか」
「どうした永倉?素晴らしい意見だ」
「拙者もこれぐらいは考えます。・・・と言いたいところだが、山南さんから手紙が来て意見を求められた。どのくらい大阪に行っても京を守れるかって打診ですが」
「それでどうだ?永倉」
「二部隊、二隊長と四人の伍長。十五~六人いれば事足りる」
他の火鉢にいる歳三を見ると、歳三も察したようでこちらに来る。
「つまり大阪についた将軍を新選組が迎えて、そこから大阪から、京都までお連れする警護の列に加わり、出来れば将軍のいる所、すべてに新選組が参加する。それによって我々は参列している各国の藩士と同じく警護の一員に、認められるようになる」
なるほど。永倉、山南さんの意見は、そうすれば各藩と同じ働きをしたことになり、人によっては同列にみる人間もでてくるというものだ。
「凄いな新八。新選組の名前を、大阪にも浸透させる喧伝になる」
歳三がうなずくと、原田も
「港に陣取る我々の姿を、将軍が見てくれるやも知れないな」
と意見を言い出す。
なるほど、それは妙案。すぐさま会津藩山口殿に会いに行き、その旨を伝える。
「実績ある新選組に参加してもらおうとしていたが、何処をまかすか思案していたが会津藩の参列に加えて警護してもらえば助かる。これは願ったりだが、将軍の大阪お出迎えにも行くとなると京都の治安が手薄になりわしないか?」
と、山口様に質疑されたが、
「そこはもう手慣れた京です。永倉、沖田の一番隊と二番隊が残れば、なんの問題はございません。それに大阪にも新選組の手の物がおりまして、互いに連動し、行列に出来れば、それほど大人数を必要としません。ゆえに初手の大阪からしまいの京都まで、つかせてもらえれば万全だと思われます」
「これは心強い。承知した。すぐに堂島殿に進言してまいる。沙汰を待て」
そしてお許しが出た。
家茂殿を大阪の港で出迎え、大阪城にお連れして、そののち京都まで参られる行軍の護衛の参加を、会津藩より許しを得ることが出来た。
いくら護衛と言っても、各藩から護衛が来ているので、会津藩が受け持つ護衛分担範囲でのと、沙汰があったが、それでもその隊列に新選組が加えてもらえることは誉である。
堂島様、山口様に許諾をえて
「加えていただけるとはありがたいことです。本来の仕事を全う出来るといものです。かしこまってございます」
頭を下げ、会津の光戒光明寺から出た。
市川邸の屯所にて、みなに報告すると、隊士たちはこぞって大声を上げて喜んだ。
「一つ一つ、出世の道を歩んでおりますな館長」
井上の源さんなど涙を流さんばかりに、拙者の手を握り喜んでくれた。
そもそも新撰組が発足してから3か月、将軍迎える護衛の行列に加えて貰えるなど、誰が想像できただろうか。
芹沢がいなくなり、名前も新撰組になり、会津藩からの信用も上がった。
何かにつけて、警護や京の町の動向を、相談してくださるようになった。
山南さんと歳三のおかげだが、対応も金銭も上がり、半年前の壬生浪士組、「みぶろ」と呼ばれていたころから比べると雲泥の差だ。
本当に我々、新選組は重要な位置に上り始めている。そして今回の大阪での参加が、本当の新選組のお披露目になると考えている。
将軍は、12月28日に出て大阪港に1月8日着く。そのため大阪でお迎えるためには新選組は 1月2日屯所を出て、陣を貼る必要がある。
歳三に行軍配列を頼む。歳三にはこういう戦闘形態を整えるのが非常にうまい。
「うむ、わかった」と難しい顔をして副長室に戻ると、
「また副長の部屋ごもりですか?」
総司が歳三を茶化す。
「仕方なかろう。至急を要する」
「これだから土方さんは恐れられる」
沖田の話だと最近、歳三は隊の中で怖い存在になってきたようだ。
山南さんがケガで思うように動けず、大阪勤めが増えたので、京の歳三の仕事が増えたのもあるが、何か踏ん切りがついたようで、言葉や立ち振る舞いに凄みが出てきただ。ともすると芝居がかっているようにも見えるが、他の隊士たちは、「鬼の副長・土方歳三」と怖がっている
将軍の大阪到着にあたり、1月2日に船組、陸組に分かれ、京を出発して下阪する段取りになった。
まずは光戒光明寺に行き、会津藩公用方・秋月悌次郎殿を伴い。街道を行く。
会津藩と合流すると、
後方の参列に加われと指示を貰った。が、しかし、
「先頭を任せてほしい」
と願い出た。
「構わんが。先払いになる位置だぞ」
と秋月殿より忠告を貰った。
元来、先頭は、先払(さきばらい)と呼ばれる前衛部隊で、先払は警戒や交通の障害や危険の除去、人払いなどを行う役割を持ち、軽く見られる足軽の位置だ。しかし行軍配列編成の時に歳三は、あえて先頭に立つことを主張してきた。
「隊列に加えてもらうとなると、何処が一番目立つか?それは一番先頭だ」
「トシ、しかしそこは先払だぞ。足軽扱いだ」
井上源さんが嘆く。
それはみんなも知っていて、出来ればそんな位置につきたくない。一番名誉は後方の会津藩・松平容保様のすぐ後ろがいいのだが、構わず歳三が、言い出す。
「どうせ加えてもらうなら、目を見張るものにしたい」
それがどうして先払と聞くと
「参列と言えば、伊達政宗の白装束。死を覚悟して白装束で秀吉に会いに行った。あれは誰でも語りつぐものになってる。・・・ならばこちらは白じゃなく黒一色の集団だ。伝説にはならんが、必ず目をひくものになる」
「なんだ、ありゃ?忍者の集団か?」
大阪の民衆は、行列が来たので、みんな道を開ける。すると開けている先払いが黒一色。異様である。
民衆が、我々の姿を見て誰もが立ち止まる。足軽と思っていたら、殺気立った黒い服装をした新選組が来るのだから。
「やはり見ている。歳三のいう通りだ」
行列のごとくに隊列が大阪に入って来て、その先頭が
「開け、列が進むぞ。下がりおろー、控えおろー」
そう言って走りくる黒い集団に、民衆は度肝を抜かれる。
「下がれ、下がれ。下がらん奴は切り捨てるぞ」
黒い羽織はかまの集団が剣や槍を持って歩いていく。
「なんだ?あの足軽たちは?」
「違うぞ。ありゃ新選組だ。大阪に殴り込みか」
普段と違う。殺気を発散させて道を開けさせるのだ。民衆たちは怯え、逃げまどう。
「ここが市民と一番ぶち当たる場所だ。参列が来た時、みんな『またいつものが来た』と、見もしない。それはいつもと変わらないからだ。そこに我らが歩き、先払いをする。いつもと違う先払いに『なんだと?』みんな見る。それこそが狙い。普通の先払いじゃない。新撰組がここにありと見せつけるには先頭が一番おもしろい。大阪の民衆に全面攻撃。それが狙いだ」
案の定、いつものと行列と違い我ら新選組が取り仕切る我らに怯え。遠巻きに、こちらを見ている
「しかし格式的に足軽分際で、みんなは従うか?」と源さんは危惧するが、
「京も大阪もない。逆らう奴はぶった斬ってやる。」
藤堂平助や斎藤ハジメも分かっているようだ。
「これぐらいぶちかまさないと、新選組を覚えてもらえないな」
原田も笑って賛同する。
といことで会津藩の参列の前方、荷物運びの足軽隊の前に新選組が位置することにした。
しばらく前、新選組は浅黄色の羽織を隊の服と着て来たが、今では誰も着用する者はいない。
浅黄色は、すぐに血で汚れるし、暗闇で目立って相手から発見しやすくなり、こちらが斬りこまれることも多かった。
捕獲の場合も目立つ羽織は見つけやすく、こちらが近づく前に逃げられてしまう。そして何より浅黄色は、縁起が悪い。切腹する死者の着物の色なのだ。
浅黄色を決めた芹沢の手前、誰も辞めたとは言わなかったが、徐々にだれもが嫌って着なくなってしまった。
そんななか永倉やハジメが黒い着物を着るようになった。
黒は夜の闇に消えやすい。そして返り血が飛んでも目立たない。
それを真似て、誰もが黒い色や模様の着物を着始めたので、隊の方でも一度、袴を支給してみた。
すると思いのほか、みんな気に入り着用している。そのため強制ではないが、今回、黒の着物と袴をそのまま着用するものが多かった。
今年の新撰組は、黒の着物と袴を主にして、鎖帷子、鉢がね、鎧手甲や脛当てなどをつけた戦の武具をつけたいでたちで街道を歩いている。 歳三が支給した黒い着物と袴を誰もが着用し、それが功を奏したのだ。
そしてその中央で隊士の尾形に引かせた白馬にまたがり、鎧に陣羽織をつけた拙者もやはり注目の的になっている。
「あれは、新撰組の近藤勇だ」
拙者を見て、ひそひそと話す人々いて、馬上でも聞こえる。嬉しいぞ。
「やはり局長は白馬だ」
隊士達には好評だった。
しかしまだ会津を重んじる古い試衛館の仲間、永倉、原田は難色を示し、特に源さんが、
「馬が必要なのはわかる。しかし白馬だなんて、やり方が露骨なのだ」
愚痴りながら隊列を進む。
「しかし源さん、これで、隊列が豪華になってるだろ」
と歳三が喜んで、
「なんでも見栄えが大事だ。それに品格がうまれてくる」
「でも土方さん会津がいるのに白馬はやりすぎじゃねえの?」
と隊列を歩きながら平助がいうが
「いいんだよ。浅黄の羽織を着せられるぐらいなら、近藤さん一人が目立てばいい」
「ああ、そうか。それでこっちは好きな着物きれるから楽だね」
平助が笑って答えた。
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