第15話 京都、見回り
江戸から持ってきた鎖帷子を着る。これを着るのはまだ数回だ。
清河暗殺、禁門の変、・・・勢い込んで装着したが、そのどちらも活躍することが出来なかった。
「あ、近藤さんだったのか」
沖田が声もかけずに障子を開けて入ってきた。
「ガチャガチャ音がするから、鎖帷子なんて誰が付けているかと思いましたよ」
「おい、入るときは声をかけろ。平助といい総司といい、何も言わずに障子を開けて、ずかずか入ってきやがる。局長室だぞ、わきまえろ」
「いまさら無理ですよ。そんな気持ち沸いてこない。・・・・近藤さん、出る(見回り)のですか?」
鎖帷子をつけた身体に着物を着て、帯を締める。
「ああ、大阪で起きたことだ。京でも起きる可能性がある。それを阻止する」
「あぶないな。土方さんに『気をつけろ』って、忠告されていたじゃないですか」
「局長が出て、目に物を見せてやる。全部、とらえてやる」
「そりゃ豪気だ」
羽織をはおって、鉢金をつける。・・・いや、これは物々しいな。どこかの合戦に行くような出で立ちだ。・・・鉢がねは・・・と、これはやめる。
そんな拙者の行動を、総司が面白そうに笑ってみている。
屯所の中庭に、次に出動になる見回りの隊士達が集まっているから、そこに合流する。
「今日の当番は誰になっている?」
そこで待つ隊士の一人に聞くと、
「これは局長・・・」
拙者が浅黄色の羽織を着ているのを見つめ、目を丸くしている隊士達。
「局長も行かれるので?」
「大阪で新選組を狙った動きがある。京ではそれは許さない。新選組の局長たるもの先頭に立ち、京を守るために尽力する。それを不逞浪士どもに見せつけてやる。違うか?」
「おおー」
盛り上がる隊士たちである。
このところ新選組の見回り業務をしてなかったので、隊士と会話も少なく、顔なじみじゃない者もいる。だがこうして声掛けして歩くと、みんなが喜ぶので拙者も嬉しい。
「局長が見回りに出るぞ」
それを聞きつけ、武田、尾形も近寄ってきて
「不祥、武田も参加します」
「尾形も是非ともお供させていただきます」
他の隊士も
「拙者たちもご一緒させてください」
と言い出し、出発前になかなか士気があがった。
「出発前に、なんだと思ったら、館長か」
稽古をしていたのか、汗を拭きながら今日の隊長の源さんがやって来る。
「館長、見回りはこちらでする。館長は館長の仕事をしてくれ」
「源さん、京は今、我々がどうするか見つめている。・・・・長州は盛んに、こちらを挑発してくる。舐められたら、いかん。ここは拙者も出る」
「それこそ向こうの思う壺じゃないのか?大将の首をとったら勝ちだ。だから余計狙われる。館長がここで斬られて・・・あ、局長か。局長がここでいなくなったら新選組は崩壊してしまう」
「源さん、拙者が長州や土佐の脱藩浪士におくれを取ると思うか?」
「館長の腕なら、そうは思わんが・・・」
「これから新撰組は躍進する。最強の部隊だと、京のみんなに広く知らせなくてはならん」
みんなを見まわしながら、さらに士気をあげるように言うと、
「局長、浮浪志士を叩っ斬って、思い知らせてやりましょう」
源さんとの会話を聞き、より一層、盛り上がる隊士たち。
「うーん。もう勝手にしろ。」
源さんが同行を認めた。・・・しかし永倉は、
「総司、おまえもこい。そんで絶対、近藤さんから離れるな」
笑って眺めている沖田に近寄り、言い含める。
「見張り番ですか?」
「副長の次に局長までケガをしたら士気にかかわる」
「子守ですね」
「はっきり言ってその通りだ。文句はあるか?」
「アハハ。本心を隠さない。相変わらずひどい言い草だ」
「俺も同じだが、お前が死んでも代わりがいるが、近藤さんは代わりがいないのだ。判るよな」
「偉くなったもんだ近藤さんは」
そう言うと総司も羽織を着て出る準備を始める。
京の町は碁盤の目。中国の都市を参考に作られた。それは街としては機能的であるのだが、長年、人が住み、そして生活していると勝手にいじる奴らが出てくる。
自分勝手に小道を作ったり、細い路地にしたり、小屋や家を建てて行き止まりにしたり、わかりやすい道筋を、わかりづらいものに変えてしまった。
そのため知らない者は戸惑い、「行ける?行けない?」道の迷路になってしまっている所が出来ているのだった。
京都守護の見回りの者も、そんな道に手を焼く。 泥棒などの盗賊や窃盗犯などが逃亡したとき、捕獲は勿論、追跡するのでさえ苦労する。
特に繁華街。犯罪者は、迷路の小道に散ってしまい隠れる。そうなると追うこちらはお手上げだ。むやみに追いかけようものなら反対に罠を仕掛けられてしまうことさえある。
だが今は昼。祇園を回るが安全なものだ。
お役目なので不審人物を探して歩くが、通過する浪士さえ、どれも怪しさなどは微塵もない。
「どうです。誰か怪しい奴はいますか?」
さっきから、ニコニコと笑って隣を進む沖田に言われる。
「昼間からそんなにいないだろ。だがこうやって新選組が見回っていることを見せることが大事」
「本当、めんどくさいな近藤さんは。いろいろと理屈を並べているけど、近藤さんの本心は、その虎徹で人が斬りたいけでしょ?」
「何を・・・・・・そんな不謹慎なことをいう。拙者は血に飢えた狼じゃないぞ」
流石に長年一緒にいる総司だ。・・・図星だ。
いや、こういうのはよくないと思うが、本心は、人間が斬りたい。抜きたい。何か起きて、不逞の輩を斬りたくて仕方ない。・・・だがそんなこと言えるはずがない。
「まあしょうがないか、ついてきてください」
四条通を祇園に向かって進むが、このまま昼に行っても何もないので、総司は隊長の源さんに言って、清水の方に足を向けさせた。
「何処へ?」
「もめごとを発見したいのでしょ。それならこっち。・・・・こっちは攘夷志士、倒幕暗殺の人間よりというより、おのぼりさんが多い。観光とかで来る侍が多いほう」
「騒ぎの喧嘩ばかりだな。こっちは」
「違う国から来た人間の酔った勢いでの単なる諍いです。ゆえにあまり手練れはいない。狙われる率も少ない」
それを拙者の後ろで聞いている武田が
「沖田殿。みんな局長を軽くみている。局長は強いのだ、そんな心配は無用です」
不満顔で、会話に入って来る。
「そりゃ局長の腕は重々承知です」
総司は笑って取り合わない。
「・・・総司、誰かに何を言われたか?」
「別になにも」
「近藤さんを守れとか、そんなことだろう」
すると横から来た永倉が笑った。
「局長、大事は、まずは危険回避」
自慢顔で会話に加わってくる永倉。
そうか総司は永倉に言い含められたか。
すると沖田がそんな永倉を茶化す。
「さあ、そんな心配しているより、永倉さんも自分のこと気を付けた方がいいですよ」
「なんで拙者が?」
「いま浪士たちの『一番首』は永倉さんです。新撰組で一番の腕と言われている。永倉さんを斬ったら、誉だと言われている」
「それは光栄なことだ。しかし拙者はやられんぜ」
頷きながら胸を張る。
「そうでしょう、そうでしょう。しかし相手はそうは見てない。案外、簡単だと言われている」
「何を心外だ。何が簡単なのだ?」
「罠を貼れば永倉さんはすぐにかかって騙される。がむしゃらだから」
「なんだ?がむしゃらって」
「我、失う。無に帰す。がむです。それでも求める、浮世のシャラ臭さ。周りが見えないガムシャラです」
「総司、きいた風なこと言ってんじゃね。戯言いってると地獄に落ちるぞ」
そこに平助まで入って来て、
「我武者(がむしゃ)だから、自分のことばかりでいうこときかない。ってことでガムシャラ新八は、当たってるね」
「おまえ平助まで、拙者を愚弄する気か」
「ほら、それそれ。それが駄目だっていうのよ」
笑って逃げる平助。
「いいのか、総司。こんな散歩みたいに。・・・・いつも喋って歩いているのか?」
「昼の見回りです。襲ってくる奴なんで、万に一つもありません。楽しく行きましょう」
一度、清水まで下がって、再び祇園に上がっていく。
清水の寺前通り、少し寺の集まる周辺から離れていくと、ぽつぽつと浪士を見かける。
新撰組のこちらを知っている浪士は、出会った途端、道を変えるたりするが、知らない奴らは、無遠慮にジロジロみる。
「総司、あれは?」
「なんとなく、いい感じになってきましたね、じゃそろそろ行ってみますか」
観光客が減り、浪士が増えてきたので、見回して声がする居酒屋の一つに目をつけて近寄る沖田。
「すまんがご主人、変りはないか?」
「うわ、新選組や。何もあらへん。大丈夫でおます」
「しかしこの御仁たちの大声が、通りまで聞こえるぞ。争っているのか?」
総司は無遠慮に、手前にいる武士の集団を指さす。
「そんなこと、あらしまへん。まちがいどす」
しかし酔っぱらった武士が、こちらを知らないようで、かかって来る。
「なんだ?こちらの大声は地声だ。なんか文句があるのか?」
「あんさんやめなはれ、新選組や」
観光で来たおのぼり侍では、まだ新選組を知らない者もいて、少し押すと突っかかってくる。
「なんだお前たちは」
「会津藩預かり、新選組・沖田総司と申す者ですが、・・・」
「預かり?正規の侍ではないのか?郷土か?足軽か?」
「いえ、京都守護職の依頼を受けて見回りをしていますが・・」
沖田、睨みつけて
「ちょっと聞きたいことが出来た。外に出ていただこう」
喧嘩を売っている。
こりゃいかんと、総司を止めようと近寄ると、それを武田に止められる。
「これも仕方ないことです。新隊士に手順と場数を踏ませるために、ちょっと強引ですが、声ががけをするのです。これにかかって、本性を出す浪士もいるので」
案の定、喧嘩を売られたと思い、意気込んで店から出てくる武士たち。
武田の言葉を理解し、総司の考えを知って、その出てきた武士の前に出て拙者が立った。
「もう一度、訪ね申す。こちらは京都守護職・会津藩預かり新選組・局長・近藤勇。貴殿の生国、名をお尋ね申し上げる」
外に出ると揃いの羽織で大集団のこちらを見て、たじろぎながらも、かろうじて氏名と藩を答える武士。
「拙者、南部藩・結城源之助・・・要件はなんじゃ」
「なぜぜにこちらに敵意を見せる。何かやましいことがあるのではないか」
「酒を飲んでいるだけだ、どこが問題だ?」
他の侍も加勢して言い始める。
「そちらが言いがかりをつけてきたのだろう」
しかし、詮議が始まってしまったので、なおもこちらは押す。
「治安を乱すものを捕らえるように命を受けている。こちらの指示に従ってもらえないものは、問いただすまで。奉行所はそこにあります。ご同行願いたい」
すると相手の結城と名乗った武士が思い切り大声で怒る。
「治安を乱すだと?無礼者、南部藩を愚弄する気か、」
右手を柄に持って行き、左手で鯉口を切った。
「抜かれたか?抜かれたようだね。ならばこちらも抜かしてもらう」
と言いながら総司が素早く刀を抜き、拙者の前に来る。
ハッとして相手もつられて鞘から抜いてしまい、出した刀を構えてしまう。
「鯉口は切ったが、刀を抜いたのはそっちが先だ。この南部藩、結城源之助に刀を抜いた罰。償ってもらう。ただで済むと思うなよ」
ここで総司が拙者に目くばせしてくる。
こちらは頷き、虎徹を抜いて、毒づく相手の前に立ち正眼に構える。
そしてなおも近づき、刀を胸元まで上げて
「同行願おう。従わななければ切り捨てる」
拙者の態勢は整った。
不運だが、南部藩の侍は、大きく一歩踏み出させば届く刀が自分に向けられたことを怒り、我を忘れて大声で罵倒する。
「無頼者が!」
多分、斬られないとタカをくくっているのだろう。現在の状況と白刃の怖さを知らないようだ。
拙者は刀を抜いて睨みつけている者に、つっつーと近寄り、構えてる刀を弾き、空いた肩口に刃を入れて、袈裟斬りで切る。
「あっ!」
一瞬で崩れ落ちる南部藩の侍。
「あぁ、斬った!」
他の南部藩の侍たちも、まさか斬られるとは誰も思っていなかったため、斬られた仲間の武士を見て、みんな慌てて刀を抜く。
京を知らぬ。新選組を知らない奴ら。緊張感を持ってない。
刀を抜いて構えるが、どこに向けていいか分からず、切っ先が彷徨っている。
「他に従わないものはいるかな?」
そういいながら、斬られてもがく者が苦しまないように・・・いや騒ぎ立てないように、斬って地面に転がる結城という侍の止めをさす。
それを合図に武田、尾形なども刀をぬき、取り囲んで、仲間の武士たちに刀を向ける。
「奉行所までご同行願おう」
怯えが全身を廻り、縮みあがって後ずさりする南部藩の武士たち。
「まだ従っていただけないのなら、同様になりますが?」
仲間は怒りより、怯えが支配しており、顔を見合わせ、刀をしまう。
斬られた武士の死体は近所の店の戸板を外して乗せ、奉行所に運ぶ準備をする。
そこで総司に小声で聞かれた。
「近藤さん、どうですか切れ味は?」
「上々だ。よく切れる」
これが虎徹。本物というであろう。これで安心して人に見せることが出来る。
ありがたかった。『上総介兼重』を持つ『兼重の藤堂』と名乗る平助のように、『虎徹の近藤』と言える。
「総司。次行くぞ」
「いや今日はこの辺で。虎徹も血を吸って喜んでいます。それに近藤さんも血を浴びて、なかなか派手になっています。お帰りください」
自分を見ると、確かに返り血がひどく、袴に大量にかかっていた。
「では、奉行所に行くぞ」
踵を返し、隊長の源さんはみんなに通達して、拙者と一緒に屯所に戻るように武田と尾形に言い渡し、奉行所に向かって歩き出す。
繁華街をかき分けていく新選組の隊列は、なんか安心感が滲んでいる。人々が道を開けて見守っているのを見て、頼もしく感じる。
そうこれが今の新選組かと知ることが出来た。
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