第13話 大阪・新選組ー1



 新撰組を二つに分けて、伏見の船便と陸路を行く護衛隊に分けた。

体調すぐれぬ松平容保様が、静養なさるために大阪の会津藩藩邸に移動するのを、警護して同行するためだ。

「拙者は陸路を護衛していく。山南さんはどうする?」

「こちらは船便で先着して、大阪城までの安全確保に布陣を固める」

「土方君はどうする?」

「そうさな。俺は京に残る。別に新選組総出で行かなきゃならないわけでもないだろう」

「まあそうだ。ならば京に残すものを、土方君、選別をしてくれ。・・・では陸路、船便は大阪出張に出発する準備を始めてくれ」


 隊列配備の得意な歳三に、三つに分けてもらう。

そして拙者は馬に乗り、尾形に引いてもらい、警護担当の隊を率いて会津藩陣営の金戒光明寺に向かう。そこで松平容保公の行列に合流させていただき、大阪に向かう。

「やはり陸路の方がいい。どうも船は居心地が悪い」

 手綱を持つ尾形が、隣を歩く武田に同意を求めて聞くが、

「いや、拙者は楽に大阪に行ける船の方がいいがな」

 あっさりと否定された。

 二人の会話を聞き、拙者もこうして陸路を進むほうが気楽でいいと思っていたので、前にも感じた拙者と尾形は似たところがあると、再び思った。

 尾形と似ている?

ならば尾形のそこつな部分も拙者も持っているかも知れないと気が付き、尾形がしでかす、「そこつ」をしないように、よく周りを見て言動しようと心を引き締める。




 京を出発して途中休憩を挟んで五刻(10時間)もかかったが、無事に大阪の会津藩・藩邸についた。

 藩邸につくと容保様は、新選組を集めて接見の間に招き、拝謁し、お言葉をかけてくださった。

「幕府につかず、この会津に忠義。心よりうれしく思うぞ」

 新撰組一同、感動しながら頭を床につけて、お言葉をいたただいた。

しかし、『幕府か、会津か』という今回の選択のことで、新選組の地位だけははっきりさせたくて意見書を会津藩にださせていただく。


 意見書には「市内、警護だけしているのなら、我が新選組は、下働きと同じです。他にも御所警護などの大義ある攘夷の仕事をお申し付けください」と嘆願である。

 同じ市内警護の見回りをしている京都守護職の隊は、二条城、各藩邸などの主要箇所の警らや護衛をしているが、こちらは祇園や料亭の繁華街ばかり。明らかに新撰組と見回り隊との警らの場所が違い、その各藩の扱いも違っている。

 このまま我々新選組が、街中の雑踏の警らが仕事とするなら、同心や岡っ引きと同じ扱いを受け続けることになる。

 我々新選組は、一つ独立した隊として、京都守護職と共に、各藩と同じ仕事、出来れば、帝の居られる御所周りの警護を申し付けられたいのである。


「意見書は読んだ。隊務や新選組の体制も考えよう」

 同行した老中の田中様が、わざわざ対応していただき、

「それも含めてだが、今回、同行してもらい、こうして話しているは、これからの警護を考えたいと思っているからだ。・・・いま京に入れない長州人が、大阪で活発に活動している。だが新年を京で迎えるために将軍が大阪城に入城してくる。すればこれから何かと大阪で活動することになりそうなのだ。・・・それで近藤は大阪の警らはどう考える?大阪で活動できる隊士を増やすことは可能であるか?」

 新しい要望である。

だがこれは容保様が前々から考えていたことらしく、前々から雑多になっていく大阪を危ぶんでいたためらしい。

「その容保公も大阪でしばらく養生しなくてはならぬ。どうだ近藤、出来るか?」

「仰せの通り、これからは大阪での活動が多くなることでしょう。新選組もそれに対応して、人を増やし、活動を拡大しようと考えます」

「頼むぞ。近藤」

 老中である田中土佐様に言われれば好都合、大義を得た。これから新選組を大きくしていいというお墨付きだ。

 本来、会津藩預かりなれば、予算が決められて、おのずと手当も渋って出ないため勝手に増やすことは出来ないことだ。しかし要望となれば、存分に隊士を増やすことが可能になり、その分も出してもらえるということだ。

 拙者は深々と頭を下げ、お受けした。




『大阪、新選組』構想。

 それは会津藩に言われる前に、山南さんがとうに考えていたことだ。

「京での大きな活動は治まり始めている、これからの火種は大阪に移るだろう」

 と山南さんは予見しており、誰にも伝えてないが密かに山南さんは大阪に出入りを繰り返して早くから、大阪の町と人の調査を始めていた。

「年も押し迫って、大阪にある会津藩藩邸では容保様が滞在。来年には将軍が大阪城に寄せてくる。それに伴い新選組も頻繁に大阪にでる機会が増える。ならばいっそ大阪に新選組を作る必要があるのではないか」

 不逞浪士の強請やたかりの金借りが出没し、鴻池が何かと便宜を図ってくれているのも、大阪で起きる火種を排除する力を持つ新選組を頼っているからだ。

「やはり大阪にも新選組を作る必要があるだろう」

 と、つねづね言っていた。

 

 だがしかし大阪新選組をつくるとしても、現在は京の新選組も人数を増やしている最中。そこから割いて大阪に連れてくることは出来ない。なんとかこの大阪で募集し、編成したい。

 「しかし芹沢の壬生浪士組にしでかした悪行が、全国各地に広まってしまっているからな。大阪であっても、そんな新選組に、おいそれと人は入ってこないのではあるまいか?」

 と考えられる。

 ならばいっそ、人のいる道場と合同すれば、設立は早いのではないかと考えた。

すると過去に大阪に在中し、道場にも通ったことのある原田左之助と島田魁が

「川から南下して、仙波からほど近くあたり、種田槍の谷道場がある」

 と、師匠である谷三十郎を紹介してくれたので、拙者と山南さんは、道場を訪ねさせてもらった。





「近藤様は大名にでもなるおつもりですか?」

 前にいる谷三十郎に、不意に聞かれ、虚を突かれた。

あやゆく「そうだ」と言いそうになったが、こんな大それたことを簡単に口にすべきではない。

「谷殿は、なぜにそのようなことを聞かれる?」

「京というのは野心ある者たちしか残らない。それなのに近藤殿は幕府直参を断りなさったと聞く。そして今は規模を大きくなさろうとしている。これは京で何かなさると考えるのは普通でしょう」

 鋭い観察眼と思考力。なかなかの人物をだと改めて思う。

「拙者たちは前々から大阪に参っており、要望をもらえばいつでも大阪の治安維持に従事してきたつもりだ。しかるに今回は会津様からの提案で大阪にも拠点を作り、素早く対応が出来るように心がけた大阪進出である。拙者は『尊王攘夷』、帝と将軍を守って『公武一和』。これに邁進してまいるだけでござるよ」

「本当ですか?他意はないと」

 月代も剃らず、だらしなく、いかにも浪人で、野放図な谷殿に目を覗き込まれ、見つめられる。

 何か熊やタヌキなどの野生動物に食いつかれる寸前の気持ちになってくる。


 谷三十郎。小柄で50歳になる老人だが、道場にて種田槍の稽古を見ると、かくしゃくとしており、さすが大阪で道場を持つ強者で腕が立つ。これは強力な戦力になるとわかった。是非とも欲しい人材と思う。

 そして大阪の谷道場を場所だが、大阪城や鴻池にも遠くなく、もし新選組の拠点にしたら、とてもいい立地条件にここはある。道場ともども是非とも谷殿に手伝ってもらえると助かると考える。


「大阪に新選組ですね・・・面白い。いいでしょう。やりましょう」

 谷殿は険しい表情を崩し、笑って返答した。拙者は色よい言葉を聞いて一安心した。

「ありがたい。・・・して何か条件があれば・・・」

「それは何か問題が出たら考えましょう。・・・ならばまず祝杯をあげましょう」

 と、すぐに酒の用意を、門人に頼み持ってこさせる。


「どうぞ、小さい道場ですが、お好きにお使いください」

 といいながら、用意した徳利で酒を注ぐ谷三十郎。

 これほど容易にことが運ぶのは、過去に大阪に在住し、ここに在籍していた原田や島田魁がいなければ成立できなかっただろう。

 だが改めて道場を見回すと、気になることもある・・・

「一言でいえばガサツ。それでいて繊細。巧妙であるが自堕落。全ては酒のせい」

「ものごとに飽きて、達観しているのでしょう」

 と原田も島田も酒のみ癖の悪さを口にした。

『飲んだくれ大将軍』というのは戦国時代なら豪傑と呼ばれた人物になる。

だがそれも昔の話で、今日は拙者らと会う約束を取り付けていたはずなのに、拙者らが来る前から酒を飲んでいたようだ。これでは客に失礼ではないのかと思う。

 そして道場が汚い。

同じ道場主として、汚れは精神のゆがみと考えていた。埃が溜まった棚や縁を見ると、いまいち手放しでは喜べない気持ちも残る。


「大阪はえばった奴が大嫌いです。大名とか公家とか権力をふりかざす奴に楯突くのが大好きなお国柄なんですわ。それと大阪で嘘はあきまへん。馬鹿正直に実直に接しないと話を聞いてもらえまへん」

 拙者はざっくばらんの者は嫌いじゃないが、江戸出身なので、親しき中にも礼儀あり。ゆえに相手の心も考えず、ずけずけもの言う人間は、ちょっと苦手である。

「大阪において、親しみが無ければだれもついて行きません」

 といわれ、「それだ!」と閃くものがあった。

親しみの『意味』が江戸と大阪で違う気がする。大阪の者がよくやる「相手も自分も下げて、親しむ」というのが肌に合わないのだ。


 武士というのは命令系統の徹底が大事である。職務においての上下関係を明快にしないと機能しない。

 大阪の持つ、『分け隔てなく』というものが江戸とまったく違う。・・・いや京とも違っており、それが大阪独特の「親しみ」と取られている。

 江戸の「横に分け隔てなく」だが大阪では「縦に分け隔てなく」になっているのだ。そんな江戸や京の人間関係の認識の違いが、どうも性に合わないのだ。


「機嫌がいいですね」

 同行しているきた山南さんが、話を傾ける。

「そう、何もなければいい気持ち、そのいい気持で酒を飲む」

 山南さんの問いかけに、笑いながら答える谷殿。

「そうですか?話を聞くといつも酒を飲んで、徳利を手放さないと聞きましたが・・・」

「また原田か?島田か?ほんとにろくでもない噂を撒きおって」

 山南さんと談笑している。どうやら山南さんとは相性がいいようだ。・・・いや山南さんが合わせる方法を掴んでいるようだ。

「大阪での新選組は評判、ええですよ。威張りくさった相撲取りどものぶった切りが、今でも評判に上がっております」

 そう言えば以前に大阪に来た時も、ここ谷道場にも募集に立ち寄っていた。どうやら、その頃から、こちらの動向を注視していたらしい。

「そして新撰組には金があると評判です。景気がよさそうでけっこう、けっこう」

 たぶん山南さんと歳三が、大阪に来るたびに、金を巻くように、みんなを遊ばせたのもよかったようだ。

 その後も谷殿と仲良く話す山南さんを見ていて、大阪は山南さんに任せた方がいいだろう。

 大阪は山南さん。京都は土方の取り仕切る形で行こうと決めた。




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