第12話 鴻池虎徹、赤鞘

「お待たせしました。刀が届きましたので検分を」

 届いたばかりの刀を八木殿から手渡され、刀袋から出し確認する。

注文通り、質実剛健なつくり。紫の柄で赤い鞘で派手ではあるが、型は普段の『武蔵拵え』を真似て加工した拵えである。

「いい拵えだ」

 無論『武蔵拵え』というのは宮本武蔵のことで、生前奉納された宮本武蔵の刀を色々な鞘師、金工師、柄師などが、調査して取り入れて伝わったもの。

 本来皮で柄巻きされているのを拙者は動物皮ではなく、鮫皮に変えている。その方が手にしっかり食いつく感じがして、自分に合っている。

「この鞘師も初めてだろう。『最上大業物』を、質素で実用的な『武蔵拵え』にしてくれと頼まれたのは」

 だがそれでいい。贈答用・虎徹が、実戦的『近藤の虎徹』になったのだから。


「抜いてもよろしいか?」

「どうぞ、ご存分に」

 八木殿の蔵の屋内だが、鞘から抜かせてもらう。

待ちに待った虎徹の鯉口をきり、鞘からゆっくりと出す。

鞘の色が反射して、刃が白く赤く輝く。

「いいぞ。綺麗だ」

 誰もが認めた虎徹だ。間違いあるまい。

拙者が八木殿を見つめ頷くと、八木殿もにこやかに微笑みながら頷き返す。

「しかしいいのかな。大名刀を実際に使ってしまうなんて」

「そうですな。道具ですので使われて使命を全うしますよって、よろしいと思います。・・・それでそちらの虎徹は、いかがいたしますか?」

 持ってきた江戸からの虎徹のことを尋ねられる。

「とりあえず、こちら(鴻池の虎徹)を試したあと決めます。しばらく白鞘にせずにこのまま保管しておいてください」

「承知しました。そして外した、こちらの拵えは?」

 脇に置いてあった、前についていた『大名の拵え』と西陣織の刀袋を拙者に出す。

「これは拙者には似合わんでしょう。それにこれを付けることはないと思います・・・誰か欲しい方がいらっしゃたら、進呈して結構です」

 今は派手な飾りや大げさな装いはいらない。これは本当の虎徹なのだから。


 蔵を出て、新しい虎徹を帯に差す。

「前の奴より、少し重く感じる。それにまだ全てが新しくツルツルして収まりが悪い。いつも以上に手で押さえて、帯に留め置かなくては抜けそうになるな」

 八木邸の勝手口から台所に入り、お内儀に酒を少量、升にもらう。

庭で酒を口に含み、柄を目の前の高さにあげて、そこに噴霧する。

 柄に酒がしみこむが、余分な量は水滴となり流れるので、懐から出した紙で拭いとる。

 それからゆっくりと柄を握り締める。自分の手形をつけるように何度も握る。酒なので少しベトつくが、つるつるの編んだ紐が少しふやけて握りやすくなる。

 それから刀を抜いてみる。両手で何度も握りを変えてみる抜いてみる。

次第に、「すべすべ」で、「ぎっちり絞められた」柄の紐が、手になじむ編んだ紐になるのだ。

「仕上がった」

 拙者は柄が手になじめば、自分のものになったと感じる。

他の人のやり方は知らぬ。人それぞれ、仕上げがあるだろう。拙者はいつもこうやって自分の物にする。




 井戸端で口を濯ぎ、手を洗っている拙者を尾形が呼びに来た。

「局長、お迎えの籠がきました」

 先日、会津の野村殿と約束した試し切りの件で会津藩の籠が迎えに来たのである。

八木邸から向かいの市川邸の屯所にいくと、屯所の前に武田が待っており、停められた会津藩の籠に案内される。

「今日は、刀の試し切りだ。着いてこんでもよいぞ」

「なにをおっしゃいます。ぜひともお供させていただきます」

 やれやれ、また武田と尾形が付き添ってくれるか。

「ああ、そうか、ならばよろしく頼む」

 会津藩の豪華な籠に尾形に介添えしてもらい、帯に刺した虎徹を外して乗り込む。

「もう武田も尾形も小姓のようだな」

 かごの窓を開けて横を見ると、武田と尾形が付き添って歩いている。

 武田は古武術の知識が深く、いちいち蘊蓄がうるさいが、知らない武家作法などを小まめに教わり助けてもらっている。頼りになる存在だ。

 が、どうも尾形は拙者に起きたことを吹聴して回る係のようだ。まあ、わざわざ発表する手間が省けるが、機密事項などの大事な話は聞かせられないな。



 籠は鴨川のほとりの六条河原の刑場に向かう。

刑場が河原に面しているのは、血を洗い流すのに川の水をふんだんに使用するためだ。

 京に三条から六条まで刑場があり、死罪を言い渡された幾多の者が、見せしめにさらし首になったりしている。 

籠は、晒し首の前を通過して、みんなが見学する張り付け処刑場を回ると、裏の待機所の前につけられ、そこの裏木戸から中に入る。

 待機所は、役人や死体始末の作業員の寄り合い所になっており、罪人を待つ場所で、そこに拙者と武田、尾形、みんなで頭巾をして中に入る。


 ちょっと早くに来てしまったようだ。先客の人がいる。

向こうも頭巾をしているので顔は分らないが、着物が西陣の羽織。これは大名や老中でなければ着れないお召し物だ。そしてお付きの人間も5人もいるところを見ると、  大名が頼んだ刀の仕上がりを見るための試し切り検分だろうと推測される。

 自分の刀の試し切りなら、血が飛ぶので高価なお召し物で来るはずがない。誰かが斬るのを見る検分だろう。

「近藤さま、こちらへ」

 奥に同席するのではなく、処刑場役人に案内されて別の部屋に通された。

尾形が大名を見ていて何か気が付き、何かを喋ろうとしたので、それを止めた。

「私語厳禁だ。しゃべるな尾形。そしてここで見たものは他言するな。よいな」

 武田と尾形が、無言でうなづく。


 隣の部屋は4畳半の畳になっていた。多分下級役人たちの休憩場所だろう。向こうに較べて、日常の汚れが残っている。

案内した刑場の役人が説明を始める。

「今回は一週間ぶりに処刑が3人、行われます。磔、槍差しなので、磔台からおろしたら、裏の河原の方にお待ちします。本来なら死体を切断し棺桶に詰めて、墓に持っていくのですが、その棺桶に詰める前の解体する作業を依頼するとして、刀の試し切りに提供しております」

「その罪人、生きたまま切れないか」

 一応、聞いてみる。

「・・・さすがにそれは、・・・ご勘弁ください」

「その三人のうち何体、提供していただけるのか?」

「申し訳ございません、一体だけです」

 なるほど、先客の大名と拙者。あと誰か、別の人間がくるのであろう。その3人の試し切りを今日行うようだ。

「世の中も荒れているので、刀の切れ味確認のほか、腕を試すための方や度胸をつけるために試し切りをなさる方もこられまして、割り当ても行き渡らない状態でして・・・ご勘弁ください」

 そう言うとお辞儀して

「しばしお待ちくだされ」

 と我々を残し去っていく。。


 四半刻もすると、再び役人が訪れ、刑場脇から通路を出て、中庭の河原へと案内される。

 そこは河原であるので、水がすぐに汲めるのだが、中庭にされているので塀や生垣で隠されており、道や河原から見えないようになっている。

 着くと、そこには戸板に乗せられた罪人服を着た男が絶命して横たわっている。腹に槍突きの後があり、まだそこから、血が流れている。

 先ほど説明してくれた役人のほかに、たすき掛けした武士と人足が二人。

 三人の人間が待っていてくれていた。

「長く放置しますと、体が硬くなりますので、早めの行動でお願いいたします。・・・さて?どのようにいたしますか?」

「刀はこちらで。この刀を試したい」

鞘ごと帯から抜き、役人に見せる。

「心得た」

 襷掛けした武士が会釈する。頼めばこの人間が刀を試してくれるようだ。

「切断もこちら、自分でやります。」

 そう言いながら拙者が、頭巾をとると、

「あ、これは・・・」

 と口にはしないが、こちらの顔を見知っているようで、お辞儀をして武士が一歩、下がった。

「どのようになさいますか?」

「唐竹割りか、もしくは袈裟斬りを試したい」

 磔で、胸を十字で貫かれているのであばらは砕けているが、首、胴はそのまま残っているので袈裟斬りはできる。

「起こす。できれば立てたい」

 というと、人足二人が手伝って配置してくれるようだ。


 人足二人は、槍で突かれた罪人の上半身を起こし、物干し懸けのようなものを二つ罪人の脇に差しこみ、立たせたるように配置する。

「こんなのでいいでしょうか?」

 前に誰かがやらせたのだろう。膝は地面についたままのため低い位置だが、立っている人間として成立している。

「上出来である」

「あまり安定はしていないので、よろしくお願い申しあげます」

「承知した」

 死体には力がないので、頭が右に垂れている。唐竹割りは無理。

狙いを右鎖骨に定め、虎徹を抜き払うと、右足をつっつーと出し、やや上段に構え、そこから、

「きえー」

 声を上げて、左鎖骨から袈裟斬りに入れて引き、自分の体を右に逃がす。

虎徹は綺麗に肩から腹の上まで斬り、下段のあたりで引き抜く。

死体はそのまま残っている。刀が綺麗に斬れたあかしだ。死体であってもまだ返り血が飛んだが、体を逃がしたのでかからない。そして一瞬の間の後、重心を崩して死体は倒れる。

「お見事」

 武田、尾形が偽りのない声で賛美してくれた。


 次は分断。腹を仰向けに戸板に寝かせ、死体の横から斬る。一つ胴の斬り方だ。

下は戸板といえど、地面に刃をぶつけたくない。藁束をいくつか死体の下に置き、むしろを敷く。

 それでも刃を入れて引かないと、地面まで行ってしまう。うまく入れて引かなくてはいけない。

「キエー」

 まな板で魚の頭を切るように綺麗に斬れた。さすが虎徹、よく切れる。背骨まで綺麗に分断している。

 そして斬り終わった剣の血を拭い、刃を見る。まったく刃こぼれはない。

よく切れるのは分った。だがしかし・・・・物足りなさも感じる。

動かないものを斬るのは、刃を上手く当てて、抜き切れば容易に斬れたりするが、生きた人間が斬れるのか、これではわからん。

 やはり動く実体を斬らない限り、斬れるかどうかわからない。生きた人間を斬りたい。


「これでよろしいか?」

 先ほどの案内してくれた役人が質問する。

切れ味は分った。これ以上、腕や足を切っても、ただいたずらに解体するだけだ

「これで、構いません」

 そちらに向き直ると、先客の武家がいた。帰り際の通りすがりに、遠目でこちらを見ている。

ならば、自分の後ろ客も、もう待っているかもしれない。

「お手数をおかけした。これにて終了で」

 武田が人足に、二朱銀を一枚づつ渡し、役人に挨拶をして、拙者らは処刑所から出る。


「さすがでしたな。局長」

 武田は拙者を褒めながら先導する。拙者の後ろを歩く尾形が

「まあ局長の腕を持ってすれば、一刀両断はぞうさないことですね」

 と、尾形も拙者を褒める。

「尾形。拙者の腕試しにきたのではない。刀の切れ味を見に来たのだ」

「・・・・あ!そうでした。虎徹の確認でしたね」

「尾形、貴殿は・・・」

「まあ、よい。綺麗に斬れたので気持ちよい。それでよい」

 武田が怒り始めたので、それを止めて、待っていた会津の籠に乗りこむ。



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