第11話 幕府からの要請ー2



「局長が、お戻りになられたぞ」

 屯所に戻ると隊士のみんなが、やけにギラついた眼でこちらを見る。

なんだ?どうかしたか?

「この度は、幕府の方から雇い入れの話があったそうで」

「直参ですか?幕臣ということですよね?凄い」

 早々に質問責め。隊士たちは自分の役職が何になるのか興味津々である。

先に帰した尾形が屯所にて、もうふれまわっている。また、やりおったな。そこつ者が。

 仕方ないので、みんなに聞こえるように、

「すまんな。まず幹部のみんなに意見を訪ねてからと思っている。暫し待たれよ」

 と報告して中にはいる。


 『幹部と協議の上で』といってもそれほど幹部は多くない。しかしみんなに知れ渡ってしまったので隊長だけでなく、伍長も集めて話すことにする。

「もう、みんな聞いていると思うが、当初の江戸で浪士隊の募集時に言われていた、浪士隊が京でお勤めを果たしたのち、江戸に戻れば幕府が雇い入れるという松平主税助様の言葉は嘘ではなかった。今、会津藩経由で幕府から打診が来ているそうだ」

「幕府から・・・ついに幕府からの誘い」

井上源さんが喜ぶ。

「幕府の直参になるのか。これで江戸に戻れる」

 歳三も意外に喜んでいる。

幕府の雇い入れは、まだ打診だが、各々に自分たちの評価として嬉しいようだ。

「しかしこれは断ろうと思う」

というと、みんな一様に驚きの表情に変わる。

「本当の侍になれるのに?」

「何故に?」

「江戸に戻れるのに・・・」

 みんな一様に、各々の考えはあるようだ。

「断る理由は、・・・禄が低い。平隊士、三十俵二人扶持・・・これでは足軽程度だ」

「しかし江戸に戻った浪士組も確か三十俵二人扶持・・・」

「拙者たちは、京で死ぬ気で働いた。それがこんな低い身分でどうする?こんな侍になれて嬉しいのか?」

「・・・」

「われら新選組は、今、京の主要な守護職に就いている。身分的には、まだ預かりかも知れないが、侍として充実してきた。そして会津様とうまくやっている。拙者はこれを大事にしたい。時には御所にも行き、帝をお守りして頼りにもされている。これを捨てて、幕府の小間使いにされる江戸に戻るより、京でお勤めを遂行したいと考えている」

「なるほど。幕府の依頼を受けて、直参の立場を手に入れるか、このまま会津について禄を多くもらうかであるな」

 一度は喜んでいた原田が、拙者の意見を分かってくれたようだ。

「まあ、金は会津が払ってくれる。近藤さんの言うのももっともだな」

 と永倉たち、他の隊士も分かってくれた。

「でも幕府の方でも、無理に江戸に戻すより、京を守らせようとすんじゃない?」

 平助が言う。

「たとえ、そうだとしても、朝廷と対立する命を受けたら、従わなきゃならない。それが侍だ」

 浪士隊結成の時の清河八郎が言っていた逆もありうるのだ。

「そうだ俺たちは帝様と一緒に攘夷断行が目標だ。このまま京を守ろう」

 平助はうなずく

「なるほど断わりましょう。局長」

「尊王攘夷。全うしましょう」

 口々に出る隊士の言葉に、山南さんも頷く。



 幹部たちの決定、結論を待っていた平隊士たちは残っていた。

「幕府の要請を拒否。辞退する。その旨を伝える。隊士にも通達する」

 武田や一部の隊士は

「江戸に帰って攘夷断行。それが一番大事です」

 と、幕府に属して江戸に行くことも望む隊士もいた。

それからとにかく攘夷の仕事がしたい。横浜の商館や外人居留地を排除したい過激攘夷論者もいた。

 確かに江戸に戻れば、攘夷が出来るかもの期待はある。しかし今の幕府が簡単に攘夷に切り替わるか?

「幕府の直参は魅力だ。だが江戸に帰った浪士組はどうなった?新徴組となり、見事に幕府の下働きだ。攘夷など全くできておらん。そんな仕事がしたいのか?我らは尊王である。尊王が出来る今のお勤めが誇らしくないのか?」

 それを諭すと、みんなから不満の声が消えた。

「我々は今、京の平穏を守っている。これは帝のためであり、将軍のためでもある。相変わらず長州の暗躍は続いているのだ。これを見捨ててよいのだろうか?」

 すると特に京で採用した、京に長く住んでいた者たちが賛同する。

「そうだ俺たちは帝様と一緒に攘夷断行が目標だ。このまま京を守ろう」

 江戸に行くより京で活躍できたほうがいいからだろう。

「なるほど断ろう」

 隊士たちの心も京で頑張るという気に落ち着いた。


 いま拙者も江戸に帰りたい理由はある。

江戸から実兄・宮川音五郎から文が来て、『近藤周助、病気悪化、江戸に戻れ』との連絡。

 相当、様態が思わしくないようだ。

道場を見てもらっている小島鹿之助も「今生の別れになるだろう。顔を出せるなら。戻った方がいいかも」との手紙も来ている。

 しかしこの大事な時期に戻ってしまったら、張り詰めた緊張が切れてしまう気がする。

 江戸で腑抜けになってしまう気がある。

いま、時代は京で起きている。この京を離れると活躍の場を失う気がする。

 それでも幕府の任を受けて江戸に戻って、他の道場と張りあえるのか?

江戸ではやはり名前で動いている事だろう。そんな中でやって行けると思えない。

 今、京だから、天然理心流が生きているのだ。


 その様子を見て、山南さんが隣に並んでき小声で話しかけてきた。

「私たちは江戸で捨てられた。江戸に戻るとして、こんな禄で戻りたくないのですよね」

「拙者たち三国志です。争い絶えない京において、不正をただす。攘夷断行。帝を守るために働くのです・・・頼みます、諸葛孔明殿」

 笑う山南さん。

「心変わりなく、嬉しいですよ」

 拙者は局長室に向かう。

「江戸には戻らん。もっと京で名前を売る。手柄を立て、拙者は帝の元で大名になるのだ」

 部屋に戻ると、書の準備をする。幕府の禄位辞退を伝える手紙を書くために。





 10月10日、隊士達の先頭にたち、京を歩く。

ケガや病気の隊士を外し、総勢38名のだんだら羽織の新選組がまとまって歩く。

 町では何事かと道を開けて見つめる。そう大名行列にも似た、物々しさだ。

 そしてこの新選組が「いちりき」を完全に警護する。

各藩の籠の到着や送り出し。町の道に立ち、不審人物の廃除。それらを新選組が取り仕切る。

 あらためて、京を平穏無事にしているのは新選組だと、各藩や民衆たちに刻み込ませるためだ。

 会津藩主催で祇園料亭「いちりき」にて親睦を深めるために諸藩を招いて宴会を開く。拙者も参加を許され、末席だが膳をもらう。

「幕府の要請は?」

 会津藩家老・田中殿から聞かれる。

「お断り申しあげます。拙者ら一同、京都守護職にて、お役に立ちたいと願っている所存です」

「それはありがたい。頼みましたぞ」

 喜ぶ田中殿。


 宴会と言えども、各藩の主要が集まる席である。

当然会話の主軸は、京都守護職に就任する容保様の『公武一和』。

朝廷が主張する開港の一部延期などを提言し、幕府もこれを取り上げた。

「公武合体、天皇と幕府をつなぐ」

「諸藩の意見は会津の意見に同調する」

「長州が倒幕を謀っておる」

「邪魔だ。潰してやる。長州」

 現状の京都の在り方と長州についての意見が交差する

「お近づきに一献」

 拙者の盃に、注がれる和歌山藩、江差藩など、色々な老中たちのお歴々。

みんな一様に『新選組』の名前は、見知っているため、その局長である近藤勇をどんなものか、見学に酒を勧めに来る。

「新選組のおかげで、京の平穏が保たれている。ありがたいことだ」

「・・・して、京の状況をどうみられる?」

 意見も求めてもらえる。

「いま京で一番多いのは土佐藩浪士。特に藩のいうこと聞かない土佐勤皇党。そして土佐藩脱藩浪士が非常に多い。それらが京に入れない長州を助けている」

「捕まえて殺してもらっても結構。京都の町を守るためには新選組に働いてもらわないと。ささー、もう一献」

 会津藩を通して、各藩とも顔つなぎが出来、拙者は、『幕府直参』を断ることで、新選組をもう一つ上の集団に格上げすることが出来た。

 拙者たち新選組は強く大きくなるのだ。





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