第10話 幕府からの要請ー1
会津藩主・松平容保様からお呼び出しをいただいた。
内容は分かっている。この度の京における長州征伐に対して報奨金の授与だろう。しかし今回の差し出し人が、京都守護職からではなく、会津藩・容保様になっていた。
「容保様からの呼び出し?容保様、直々?・・・なんだろう」
滅多にないことだ。容保様からなら書面での通達は多いが、それが呼び出しとは、何かいつもと違っている。
「局長、お供します」
「・・・・頼む」
と、武田と尾形を伴う。
「俺も行こうか?」
歳三も参加をいうが、局長と副長が揃うとなると少し物々しくなるので、
「いや、こちらはいつもの通り報奨金の授与を受け取るだけだ。ことがあれば、改めて頼む」
できるだけ、いつも通りを装い、京都守護職・会津藩が駐屯している金戒光明寺に向かう。
数日おきにお伺いしてる光明寺だが、到着するといつもの待合室ではなく、奥へ案内されて大方丈謁見の間に通される。なんと容保様が拝謁してくださるというのだ。
謁見の間に通されて緊張しながら待機していると、松平容保様がおいでくださった。
「この度の長州征伐の活躍、大儀であった。・・・・」
直々に「ご苦労」のお声掛けをいただく。何度、言われても容保様からの言葉には、胸が熱くなる。
後ろに控えた武田、尾形もひれ伏して、感動している様子。
「京都に平安は、新選組の力に頼っている。京都守護職の我に助け、なおも励むように頼む」
「は、はあー」
頭を下げると容保様は退出された。
容保様は最近体調がすぐれぬ、これからしばらく大阪にある会津藩の藩邸に養生するのでわざわざ拙者らにお声をかけてくだされたのだった。
「先の間に老中の田中が待機しております。そちらにお回りいただけますでしょうか?・・・ご足労をかけます」
謁見の間から案内されて、本堂の方の広間に隣接する会談室に回ると若年寄・田中土佐殿と公用方・野村左兵樹と勘定方・外島機兵衛が、共に待たれていた。
「田中殿。毎度お引き立てありがとうございます」
「貴殿らの働き、報いたまでだ。これからも頼みますぞ。・・・それでだ?貴殿らに幕府の方からは打診は来ているか?」
「・・・いえ、何も届いておりませぬが、・・・どんな要件でございましょうか?」
「江戸での浪士組結成時に、入っていた条項で、お勤めを全うすれば、幕府に雇い入れるという話は覚えておられるか?それが今、新選組に来ている。・・・直参に取り立てるのだが、会津藩預かりを手ばなすかどうか?という打診である」
「幕臣ですか?取り立てるということですか?旗本になれると?」
「それほどの役職ではない、禄は三十俵二人扶持と聞いておる」
・・・残念だ。それでは足軽程度ということだ。
そういえば江戸の戻った浪士隊は『新徴組』と命名されて、平隊士の貰った禄が三十俵二人扶持だそうだ。
「どうだ?貴殿らにその意志はあるか?」
「ありがたいお話です。しかし新選組は思想の追求の集団です。これは集っている皆の者の意志を尋ねねば返答は出来ませぬが」
「わかっておる。いや打診があったか、問うたまでじゃ」
『承知』と頭を下げる。
「まあ会津の京都守護職としてはこのまま、こちらの預かりのままで属してもらえる とありがたいのだが。・・・さすれば褒美も、はずもうというものだ」
なるほど。今回の容保様の拝謁や褒美の金額が多かったのは、そういう心算があったからか。
「ありがとうございます。返答は?いつ行えばよろしいでしょうか?それとも幕府からの打診を待てば?」
「いや、まずこちらに『預かり』伺いが来ているので、こちらからの返答で構わぬ。そちらの意向を知らせてくれれば、こちらから伝えることで済む」
『御意』と頭を下げる。
田中殿は、こちらが幕府の打診を断りそうな素振りを察知して嬉しそうに頷く。そして違う案件を話し出す。
「続いて10日に会津藩主催の諸藩を招いた会合を『一力』でとり行う。しかるにその警護を新選組に頼みたい。出来るか?」
「お引きうえさせていただきます」
帝、並びに容保様が提唱している『公武一和』の推奨である。
朝廷と幕府が協力して国内の混乱を収拾したうえで対外政策を考えるというもの。
その『公武一和』を佐幕である諸藩を招いて互いに攘夷の認識と意見の確認と行う会合である。
「ここから、また新たに尊王攘夷に突き進む。頼むぞ近藤」
田中殿は満足そうにうなずき、席を立たれた。
田中殿が退出されると勘定方・外島殿から『会津から褒美金』金額を読み上げられて、熨斗に乗せられた小判を出される。
なかなかな褒美金だ。
領収覚え書に名前を書き、その下に置いてある巾着袋に入れて、尾形に渡す。
「これは、凄いですね」
「よけいな口を利くな。先に戻って勘定方に渡して、配分しろ」
ちょっとバツの悪そうな顔をして頭を下げる尾形。
どうも尾形は感情が反応に出てしまう真面目な奴だ。少々困る時があるが、しかしそれは拙者も似たような真面目で世間知らずなため、尾形のしでかす反応が、自分のしそうな過ちをするので、尾形がいることで、拙者の落ち度が防げて助かっていることも多々ある。
「それで近藤殿、ちょっと良いか」
そばに控えていた野村殿が口を開く。
武田と尾形に褒美金を渡し、先に屯所に戻すため、お辞儀をさせて退出させる。
「聞きましたぞ。新しい刀が入ったそうで。それも聞くところのよると虎徹の後期らしいですな」
野村殿は刀に詳しく、会津藩のお抱え刀匠『和泉守兼定』の管理もしている。
「さすがにお耳が早い」
「それもハコトラだという噂で?」
やはり詳しい。
「切れ味はいかがでいたか?」
「いま手に入ったばかりゆえ、拵えを直しに出しておりまして、まだ試せておりませぬ」
「それは楽しみですな」
「そうはいっても、どうしても切れ味を見たくて、・・・少し試しに、竹や藁を斬りました。なかなかの切れ味であることは確認しております」
「見回りには参られないのですか?さすれば不逞の輩を、切り捨てたりなんなりで、確認できるのでは?」
「いやそれでは辻斬りの変わらないと隊士に諭されました」
「あ、なるほど。失言、失言」
笑いあう拙者と野村殿。
「こんなご時世、不逞な輩がいつ現れるかわかりませんので、その時にでも切り捨てて確認いたします」
「いや近藤殿に恐れをなして、逃げてしまうでしょ。遭遇できませんよ。(笑い)・・・しかしもどかしいですな。もし単純な切れ味のみを試したいのでしたら、うちの試し切りの枠を近藤殿にお分けしますが?」
「あ、兼定の試し切りですか?」
「ええ、そろそろこちら兼定が、二振り仕上がって来る頃合いなので、試しぎりの日程を奉行所に打診している所です」
会津お抱えの刀匠は、和泉守兼定。刀鍛冶は最終的な出来上がりを見るために、刑場で執行され死体になった罪人を使用して試し切りをする。刀番付を行った山田一門も、罪人の体を使って試し切りをする武士の集団で、その経験を集めて刀の順位をつけたのが刀の番付である。
「死体相手なので藁とそう変わりませんが、単純な刀の切れ味はわかります」
やはり野村殿、刀は人間を切らないと、真の切れ味は判らないことを存じている。
「ありがたい。ぜひ、そこに加えてもらえたらありがたいです」
「承知しました。後日、連絡を入れさせていただきます」
意外な形だが、虎徹の切れ味の確認が出来ることになった。
「・・・それで近藤殿は虎徹にご注進ですが、・・・副長の山南殿や土方殿は何をお使いで?」
「まだ定まっておりませんが、山南は『赤心沖光』、土方は今、散策中でございます」
「ならばぜひ、うちの兼定を使ってほしいと考えているのですが、迷惑ですかな?」
「それは、両名とも喜ぶことでしょう」
「それでは後々、親展させていただきたいと考えております」
「よろしくお願いします」
頭をさげひれ伏すと、みな嬉しそうに退出してくだされた。
今日はうれしいことばかりだ。歳三も連れてくればよかったと思った。
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