第9話 虎徹を購入

 頭が痛い。完全に二日酔いだ。

昨日はしたたか飲んだ。やはり酒は弱いので、途中から記憶がない。そしてもう昼過ぎだ。寝過ごした。今から帰っても試衛館につくのは深夜になってしまう。今日も鹿之助の家に泊めてもらおう。


 手紙にあった用意してもらった鎖帷子をつけて体に合わせてみる。寸法はあっている。ほぼ直さず行けるだろう。隣に荷物があり、歳三が借りる刀や源さんの鎖帷子も置いてある。みんな鹿之助を頼って頼んでいるんだな。

 しかし拙者も京に行くとなると、やはり刀を用意せねばならぬ。・・・虎徹。

虎徹はよかった・・・が、手が出ない。何か別の物を早急に探さねばならない。



 握り飯を作ってもらい、縁側で遅い朝げを食べていると中村金吾が来た。

中村金吾も京に行く日野組の一人で、日野の宿場の宿主人である。

 子供ころ、宿が強盗に襲われ、皆殺しに合いそうなった。その時の教訓から危険は自分で防がなきゃならぬと、天然理心流に入門し剣術を学び出した。 

 非常に筋がよく、1年経たずに目録までいった男である。

「細かい打合せをしたいそうで、彦五郎(佐藤)さんがこちらに来た。先生の手が空いたらでいいそうなので、話したいそうです」

「その彦五郎さんはどこだ?」

「庭にいる。奥庭の丘の上だ」

 と小島家の広い敷地の奥庭に呼ばれる。


 池まである奥庭に行ってみると、灯篭の横にある腰掛け石に座って彦五郎さんが何か改まった感じで居る。

 軽い挨拶を交わすと、その向かいの石に座る。

「話は鹿之助から聞いた。総司が館長を引き継ぐのではなく、試衛館は鹿之助が管理するそうだな」

「それで、ありがたいことに拙者も京に行けることになった」

「良かった。共に京で手柄をあげようぞ。・・・それでワシも考えた。他でもない道場のことだが・・・・」

 彦五郎が懐から紫の房を出し、横にある座り石に置き、開く。

そこに金、小判、銀塊が現れる。

「200両ある。これで道場を買おう」

「・・・どういうことだ?」

「私も京に行く身だ。私も京で死ぬ覚悟で出向く。そうでなくては京に行く意味がない。・・・今、私が死んでも家や田畑は残るから家族に負担はない。・・・・ならば今の持っている財は必要ない。鹿之助が道場や大先生や家族の面倒を見るのなら、私は天然理心流を助けようと思う。これで道場を買おうではないか。これで足りなければ後日道場に届ける」

「彦五郎さん」

「無事に江戸に戻り、直参の職を得られたら買い戻してもらう。まあ、それまでの預け金と思えばいい」

「ありがたい。・・・しかし200両は多すぎないか?」

「この金は、別に直ぐ使う金ではない。何かのための保管していた金だ。ゆえに返済はいつでも構わない。・・・・そうだ。勝太、刀はどうした?もう手に入れたのか?この金をどう使おうと構わぬ。これは天然理心流のため、勝太のために使ってくれればそれでいい」

 ありがたい心使いに深々と頭を下げた。そして200両を懐にしまった。

見つめてうなずく彦五郎さん。

「・・・それで彦五郎さん。頼みがある」

「なんだ改まって」

「鹿之助ともした。彦五郎さんともしたい。出来れば義兄弟の契りを結ばしてほしい。是非にお願いする」

「義兄弟?劉備、関羽、張飛の義兄弟か?」

「今更だけど、お願いしたいと思う」

「ああ、構わないが・・・」

 こちらの急な申し出に戸惑う彦五郎さん。 



 夜に小島鹿之助の家の庭に、残っていた雪を履いて散らし、地面を出した。

そこに御座が敷かれ、その上に石で出来た配膳台が置かれて、酒の徳利と白磁の盃が三つ置かれている。

 「冬だ。寒い。桃園のようにはいかないが、形だけでも整えた」

 いつものざっくばらんな鹿之助の雰囲気が消えて、少し照れているような表情だった。

 拙者と佐藤彦五郎さんと三人そろって庭の御座に座る。

「義兄弟の契りだ」

 鹿之助が酒を注ぐ。

「天然理心流が広く世間に知れ渡ることを祈り」

 彦五郎さんが盃を配り、

「義兄弟の契り。兄弟、死ぬときは一緒。もし志なかばで死ぬことになれば、他が意志を継ぐ。たとえ分かれて行方知らずなろうとも、心変わらず意志を貫徹」

 と二人を見つめて盃を前に出す。

拙者が盃を前に出すと、同じように彦五郎さんと鹿之助も盃を掲げる。

「乾杯」「乾杯」「乾杯」

 盃を飲み干し、石の台にぶつけ、盃を割る。

「思いは天然理心流を広く伝える。兄弟。自分は、もういつ死んだとして安心だ。思いは残るいつまでも、いつまでも・・・・」

 拙者は恥ずかしながら、涙がこぼれて仕方なかった。

「京で死ねるな勝太」

 彦五郎さんが拙者の肩を叩く。

「未練は消えた。思う存分、手柄を立てよ」

 別のおちょこに酒を注ぎ、鹿之郎が渡してくれる。

拙者はそれを一気に飲み干した。

「ありがとう、兄弟」





 翌日、試衛館に戻り、旅立つにあたって、正式に妻・ツネと先代・周助翁に挨拶した。

「京に行きます。死ぬつもりです。戻れたら運がいいと思ってください。戻らなくても、お勤めを成し遂げた、よくやったと褒めてください」

 身じろぎもせず聞く妻のツネと、横で聞く周助翁はゆっくりと頷いた。

その二人の前に、刀を買うために用意した60両を懐から出し、巾着袋に入れたまま置く。

「中に60両ある。これで当座を凌いでくれ。浪士隊に参加したあかつには支度金を50両が入る。それも渡す」

 ツネの前に金を押し、

「そして何かあった場合には、小野路村の小島鹿之助に連絡してほしい。鹿之助が取り計らう約束が出来ている」

 するとツネが、自分の後ろに置いた風呂敷を出し、包まれた稽古着を渡す。

「急なことで一着しか用意ができませんでした。お使いください」

 風呂敷をほどいて、稽古着を広げてみると白糸で『髑髏』の刺繡を入れた稽古着だった。

「新調か、ありがたい。」

「死を覚悟しないものに大儀は掴めん。存分にお役目を果たして参られよ」

 周助殿が、言葉をつなぐ。

深々とお辞儀をして、ありがたくお言葉をいただいた。



 取り急ぎ、試衛館を出て、自分も京に上がる準備をしなくてはならない。

懐に彦五郎さんからの200両がある。それを持ち、神道無念流の練兵館の近くの俎橋に向かった。当然、虎徹を買うために質屋に向かう。

「店主は取っておくと言っていたが、買い手がいれば売れるだろう。・・・・なければ諦めよう。これも運だ」


 小さい間口の玄関を入り、薄暗い奥に進む。

格子戸の扉の中に店主がおり、その年老いた主人に言う。

「主人、この前に参って虎徹を見たものだ。虎徹はまだあるか?」

「ございます」

「虎徹を貰おう」

「承知しました」

 格子扉を開くと招き入れ、刀袋に入った一振りの刀を両手で奉納するように差しだしてくる。

 刀袋を受け取り、中身を出してみると、「武蔵拵え」で柄と鞘がしっかりと施された刀が出てくる。

「これは?」

「あなた様は来ると思いました。さしでがましいとは思いましたが、白鞘では失礼かと思いまして、『拵え』をさせていた次第です。お腰の拵えに似せた『拵え』で作らせましたが、細かな細工は、好みで変えてください。」

 ゆっくりと鞘をあげて、刀身をだす。刃を寝せて見る。光っている。

間違えない。この前の虎徹である。

「200両だったな」

 頷く店主。

「この拵えの賃金は?」

「それは手前の気持ちです」

 懐から佐藤彦五郎さんから貰った200両を房のまま出す。

「ありがとうございます」

 そう言うと、受取り机の上に置き、確認もしない。

「いいのか?確認せずとも」

「虎徹を求められる方が、そんなさもしいことをなさるとは思えません」

 拙者は「うん」とうなずいた。

「やはりあなた様は虎徹を持たれる方です」

 店主は顔をこちらに向けると、にやりと笑う。



 京の町を歩き、家路に向かう。歩きながら過去を色々思い出した。

腰の帯の下で「落とし差し」した虎徹が揺れている。

「この虎徹があったから、京で胸が張れた」

 虎徹の柄を握り、

「虎徹。おまえを買った理由は名前が欲しかったためだ。これから京に出ていくためにはどうしても有名な名前が欲しかったのだ。いくら実力があっても弾かれる世の中、無名では相手にされない。誰もが恐れる名前が欲しい。そんな拙者の前に現れたのはお前、虎徹だ」

 虎徹は有名な刀。虎徹には力がある。この刀の前では、みなひれ伏せる。

拙者が求めていたのはそういう刀。そして拙者の腰にその虎徹がある。

「おまえだって、俺を選んでくれたのだろう?」

 虎徹に馬鹿馬鹿しいが聞いてみたが、・・・やはり何も起きない。

刀が返事するはずない。




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