第7話 質屋


 江戸の浅草や上野の不忍の池あたりは道場が多く、刀商も多い。

地方藩から剣の留学にきた若き侍が、道場で剣の修業を終えて、良い刀を求めて利用することはもちろん、修行半ばで女や酒におぼれ、金に困って本国から持ってきた良い刀を売ったりする者もいるので、刀を商売する店が栄えている。


 彦五郎さんから30両を借りて、手持ちの金と合わせて60両(1両18万換算=1080万円)。それで名前が通った刀を手に入れたい。出来るだけ有名な奴だ。

 だが、たった60両で買えるものとなると、なかなか業物は手に入らない。

もし掘り出しもので手に入れることが出来たら、ありがたいが多分難しい。

 出発日時も近くなるので、なりふり構っていられない。いわくつきでもいいから良い刀が出たら連絡してくれと、刀商はもちろん道具屋などにも声をかけておいた。

 すると、身近なところから声がかかる。

「近藤さん、虎徹があるらしい。見に行くか?」

 と永倉が聞いてきた。

「虎徹?」

 江戸で『切れる』と言ったら、一番に虎徹の名前が挙がる。しかし虎徹が売りに出ることなど滅多にない。故に、残念だが今まで虎徹を見たことがない。

「なんせ虎徹だから偽物の可能性は高いが、神道無念流の練兵館の近く俎橋(まないたばし)の質屋に虎徹があるらしい」

「刀商じゃなくて、なぜ質屋なのだ?」

「それがわからん。なにか、いわくがあるのだろう」

「虎徹は、最上大業物だ、桁が違う。値段が合わないだろう」

「まあ、ものは試し。いわくつき虎徹を見に行くのはどうだい?近藤さん」

「虎徹か。これからの勉強にためには、偽物であっても見ておくことが大事かも知れないな。行けるなら見に行こうではないか」

 と、永倉の言葉に興味をそそられ、一緒に店を訪ねることにした。



 俎橋のあたりは、長屋などが並ぶ。そんな庶民住居の間に、大きな蔵が何棟か連なっている質屋であった。

 店の敷地は大きいが、質屋だけあって目立たないようにひっそりと隠れている。

「ここだか、・・・近藤さん、入るか?」

 やはり質屋。店が古い。だいぶ汚い。それが怪しさを感じさせる。

「ここまで来たんだ。帰ったらもったいなかろう」

 怪しさに少し躊躇する永倉をしり目に、中へ入る。

入り口の間口は狭いが、奥が広くなっている通路を進み、薄暗い店内の奥へ。

 奥は接客する場所なのだが、防犯のため太い牢屋のような格子扉で仕切られ、その向こうに店主が座り、対応するようになっている。

 こちらが入っていくと、痩せて険しい顔の年老いた店主が顔をあげ、ギョロリとした目をこちらに向けて見る。

「ご主人、すまぬが、ここに虎徹はあると聞いて、参った。まだ在庫しておられるか?」

 と虎徹の有無を尋ねると、

「お待ちを」

 と言い残し、奥に消えた。

「なかなか風情があるな」

 同行してくれた永倉に言うと、

「これは怪しすぎる。どうやら来る必要もなかったかも知れぬ」

 と、暗い古めかしい物が並ぶ店内を見舞わし、気持ち悪がっている。


 しばらくするとゆっくりとした動作で年老いた主人が戻り、

「どうぞこちらへ」

 と、格子扉を開けて招き入れ、奥の座間に案内する。

そこは屋内から通じる蔵の扉があり、そこ3畳の畳を敷いた広間にしてあり、物を検品する座間になっている。

 その中心に刀掛けが置かれ、その上に白鞘の一振りが乗せられている。

「どうぞ」

 永倉と一緒に刀の前に座らしていただき

「拝見してもよろしいか?」

 と問うと店主は部屋の隅に座り、答えた。

「存分に」

 懐から紙をだし、咥える。

抜いて鞘を置き、咥えた紙を左手に持って、その上に刃を乗せる。

広間であるが屋内で薄暗いから、ろうそくが何本か立てられ、その身近な一本に向けて刀を向ける。


 虎徹・・・なのだろう。拙者には真贋はわからん。

剣を見るのは好きだが、これが本物、偽物と審議するのは出来ない。刀を見る機会が少なかったのが原因なので仕方ない。・・・けれど今までの経験と感性で、この刀が斬れるか斬れないかは、解るつもりだ。

 もう一度、ろうそくの光を、切先から反射させてみる。

刃が綺麗に乱れなく光っている。

「これは斬れる」

 拙者にはそう見える。

永倉に渡し、見てもらう。永倉、とにかく虎徹の姿を確認する。

「ソリが浅い」「地鉄が冴えている」「鍛え肌が木の年輪ように丸い」「木目肌」「乱刃」

 永倉は、独り言をつぶやきながら、確認。そしてこちらを見てうなづく。虎徹の特徴に当てはまる刀だと首を縦に振る。

「数珠刃は?」

 と質問すると永倉が答える。

「刃文にヒョウタン型がある。これが数珠刃?」

 永倉でさえ「互の目刃」か「数珠刃」かの見極めがつかないようだ。

「いえ違います。これはヒョウタンです。興里の初期だと言われています」

「茎を見てもよろしいか」

「どうぞ」

 目釘外し杭を店主が持って来て、目釘を落として茎を見せる。

そこに刻まれた銘を見る。しっかりと『長曾根興里 虎徹入道』とある。

「これは、初期の頃の文字です。いちばん古い物は『古鉄』その次はこれ。続いて通称『はねとら』と呼ばれる『虎徹』、さらに寛文4年より、通称『はことら』と呼ばれる『乕徹』へと変遷してます。この頃の虎徹は、色々な実験をしているので色々な形があるのです」

「すまんが値段を聞く。これはいかほどであるか?」

「200両(3600万)でございます」

虎徹にしては安い。3~600両は当たり前の虎徹である。しかし全然金額が合わない。やはり拙者たちは見るだけだ。

「虎徹にしては安く感じるのだが、なぜ200両に?」

「なんせ質屋です。いわくつきの品なので」

「なるほど。人に言えない秘密か。しかしそのいわくを聞かせていただけないと」

 と、問うと頷いて主人が話す。

「元の持ち主というのは、参勤交代で国を行き来する刀好きの家老が購入したものだそうです。それを奉公人がうちに持ってきた。・・・こういう流れは盗んだものが多く、面倒は嫌なので、普段は扱わないのですが、家老は参勤交代の戻りかけた旅先で病死。交代ではなく国に戻る死体運びになってしまった。これから国まで旅は長い。しかし自分の国に戻るまで主人を腐らずに持って帰りたいから氷を買いたい。その金を工面するので買ってほしいと。刀は国に内緒で手に入れたもので、行き場ない浮遊したもの。ゆえに売っても誰も気づかない物。奉公人の自分がいけるのは、せいぜい質屋程度。そう言ってここに来た次第です。まあ主人思いの行いにほだされて、つい購入させてもらったといういわくです」

「早急の工面のためか」

「そのため、拵えを捨てて、白鞘に」

「この刀のことは誰も知らない。表立って理由も言えない。というのが安い理由です」

 なるほど、筋道は立っている。それに安い理由も分かった。

虎徹なら『最上大業物』とんでもなく高いがこれは安い。だがいくら安くても200両は200両だ。・・・そんな金はない。今の自分には、200両など、工面できるはずもない。

「良いものを見せていただいて恐縮」

 刀を鞘に納めて、刀置きに乗せる永倉。

「残念ですね。貴方様に虎徹は合うとおもったのですが・・・」

 拙者を見つめて年老いた店主はいう。

「いえいえ、自分が持つには虎徹は身分不相応。とても拙者が持てる代物ではござらん」

 ・・・と言いながら欲しい。200両あったら買ってしまうだろう、と思った。

「少々の時間の猶予ならば、お待ちしますよ」

 ・・・何を?いくら時間を待ってもらっても無理に決まっている。でも・・・

「ちなみに・・・いつまで待っていただけるのですか?」

「ひと月なら。あなた様を待ちます。しかしそれを過ぎ、欲しい方が現れれば渡します」

 一瞬、京から戻って幕府の直参になれたらとしたら、と思ったが、そこまで待てるはずない。もしこれが本物の虎徹で、ここにあると知れれば、みんな買いに来る。

でも何故猶予の話をしたのだ?

 そんな疑問を持つと、主人が再び目を向けて話し出す。

「虎徹は、持ち主を選びます。貴方さまは虎徹を持つお方のように見受けられる。だから待とうかと思った次第です」

 拙者が虎徹を持つ人間と?おれは虎徹を持てるのか?



 店を出た。明るい外で出て、伸びをして永倉が笑った。

「店主はうまいな。こちらをくすぐりやがる。騙されてしまいそうになる」

「それで虎徹じたいは、どう見た?」

「うむ。あれは本物の可能性は高い。・・・もし自分に金があるなら買いかな。200両で買って、うまくすれば500両で売れるかも。・・・しかしそれは博打だ。そんな商売じみたやり方は拙者の性に合わない。近藤さんも、そういうのはやらんだろう?・・・それにもし今、近藤さんが200両という大金を持っているのだったら、毎日の食事が、あんな質素じゃなく、もっとおいしいものが出ているはずだな」

 笑う永倉。

そうだ。その通り。そんな金はない。200両だと?そんな金は、道場を売り渡しても手に入らん金額だ。

 まあ目の保養だ。今日は勉強のために見に来たんじゃないか。・・・しかし虎徹を見て、つい熱くなりすぎた。自分の馬鹿さ加減がわかった。


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