第6話 浪士隊、募集

 やはり気持ちが上がらない。諦めた幕府指南役だが、まだ心に残っている。

成れなかった悔しさより、「柳生新陰流」に負けた劣等感がぬぐい切れずにいる。

 コロリのせいで人も集まらず、稽古にもならないので自室に籠り、書をしたため精神を整えようとしているが、雑念ばかりが浮かぶ。


 江戸には有名な道場がいくつかある。千葉道場、桃井道場・・・どこも防具や竹刀を用いたもので、戦いではなく剣術を教えているところだ。

 そもそも天然理心流は火付け泥棒や野盗などの盗賊と闘うために、実戦を念頭に稽古つけている。ゆえに戦えば強い。

 だがいくら強くても田舎剣法と言われている。

太平の世になった江戸は、戦うより剣を操る術が好まれてしまったのである。


 どうすれば天然理心流が大きな道場のようになるか?

近藤周助殿に養子に入り、試衛館を継いでいつも考えていたが、他の剣術と竹刀で闘う試合では、大体、負ける。ひらひらと舞う剣筋に対抗できない歯痒さを味あわされてしまう。

「だが今は、戦いこそが必要なのだ。田舎剣法が今は必要なのだ。薩摩示現流を見ろ。あれこそ田舎剣法。だが強い。誰もが恐れる。天然理心流にて手柄をあげれば、強さが広まる。拙者がこの手で、天然理心流こそ最高と言わせて見せる」


「近藤さん、落ち込んで籠っていると聞いたぞ。大丈夫か?」

 いつもの調子で元気いっぱいの声を張り上げ、うるさい平助がやって来た。

「何の用だ?いま心を静めて書をしたためている」

「あ、そう。それで近藤さん、聞いたかい。いま幕府が浪士をあつめようとしているの?」

 こちらの言葉を聞いていない。勝手に話をする。

「何の話だ?」

 筆を置き、平助に向き直る。

「京に行く浪士隊だ。将軍を帝に会わすため、京の町を鎮圧する浪士を募集している」

「将軍が帝に接見するため京に上がる。・・・その話は知っている」

「近々、京に将軍が攘夷祈願で上がることが決定しておる。今、京は倒幕の叫ぶ志士がばっこして歩き、佐幕の人間を暗殺しているのだ。将軍が入京時に、そんなふりかかる暗殺行動を阻止し、安全に将軍が滞在できるように、剣が出来る浪士を、先行して送り、京に浪士隊を作成し在中させる。それを担う手練れの剣士浪士を、各道場に推薦してくれるように打診している。・・・と、こんな感じ。どう?近藤さん、俺たちもそれに応募するというは?」

「なんだその口上じみた説明は?その話、どこで聞いてきた?」

「千葉道場に清河という奴が現れて、こう言う口上でみんなに参加を勧めていたんだ」

「眉唾ものだな。何か、胡散臭い。この前の幕府指南役といい・・・・」

「まあ、こうしていてもやることないんだ。どうせ暇ならこんなのに参加もいいかと思って」

 確かに、門弟が来なきゃ道場が開けない。何もやることがない。

「しかしだな。なんでも調子に乗って参加していると後で痛い目をみる・・・・?」

 と平助と話をしていると、なにやら道場の方も騒がしい。

平助を伴って道場に行くと、永倉が山南さんや原田に話をしている。

「近藤さん、京に送る浪士隊の募集の話を聞いたか?」

 永倉も平助と同じ話を持ってきてみんな話している最中だった。

「どう思う?近藤さん」。

「今、平助に聞いたところだ」

「京に精鋭50人を送る。その募集案内が新道無念流の道場に打診された」

 平助と話は同じだったが。人数とか募集に具体性がある。

「幕府の派遣隊ゆえに、賃金は幕府から出る。そして京都でお勤めを果たしたのちは、江戸に戻ると正式に幕府直参に取り立ててもらえるらしい」

「それは幕府の侍になれるというのか」

 原田が食いついてきた。

なかなかの話であった。だが直参に取り立てるとか、ここまでいい話になると逆に怪しい感じがしてきた。

「誰だ?発起人は?」

 山南さんも察知して永倉に問う。

「政事総裁職の前福井藩主・松平慶永様が、講武所の攘夷党・松平主税助様に通達したそうだ」

「あれ?俺は清河八郎が嘆願して決まったと聞いたが」

永倉の返答に、平助が異を唱える。微妙に意見が分かれた。

「どうします?」

 前回の指南役落選を気にして、山南さんが拙者に聞いてくる

「どちらにしても、あやふやな噂で振りまされるのは嫌だ。もう少し待てば、こちらの試衛館にも打診が来るやもしれん」

「いや50人の精鋭を集めると言っていた。桃井道場や千葉道場にも話が回っているから、ここまで打診が来るとは思えん」

「・・・」

 無遠慮な永倉の言葉に返答できない。すると平助が

「それなら旗本・山岡鉄舟と共にする松平様主税助様がそのまま浪士取り締まり役につくそうだから、松平主税助にお訪ねしたらいいと清河が言っていた」

 打開策を出す。

「平助、仮にも千葉道場の免許皆伝の先輩だ。清河殿だろ」

 山南さんがたしなめるが、江戸っ子の平助は平気だ。

「いや、どうもあの人は好きになれない。あんな奴、清河でいい」

 屈託なく平助が笑った。



 翌日、山南さん、永倉、原田を連れ立って、講武所教授方・攘夷党・旗本・松平主税助様を尋ね面会を求めると、すんなり許可がおり、そして直に説明をしていただいた。

「聞き及びに相違ない。幕府は募集をしておる。・・・上様(将軍・家茂)が京都へ上ることが決定しているのは存じておるな?身辺警護のために浪士組を先行して京都に配置することが決まり、京都守護についた会津藩主・松平容保公が公用局を設け、老中・板倉勝静殿と拙者・松平忠敏に浪士隊募集の沙汰を出した。江戸から50名の精鋭を連れ、先に上り警備を始める。そのための浪士隊だ」

 とても気持ちよく主税助殿は答えてくれた。

「それで、京にてお役目を終えたあかつきには、幕府の直参に取り立てていただける  という話がありますが正しいでしょうか?」

「その話はある。しかしここでは断言できぬ。直参云々は返答できぬが、雇い入れる心つもりはある」

 話はおおむね本当であった。ならばこれは参加するしかなかろう。

みんなも確信を得て、浪士隊に参加を表明し、松平主税助様邸を出た。


「これで俺たちも飯が食える」

 原田が笑って帰路につく。

「各自、日があまりない。準備を始めてくれ」

「なあに準備と言っても、なじみの女に別れを告げるだけさ」

 そう笑うと永倉が、原田を連れ立って、どこかに消えて行った。

「しかし・・・永倉にはっきりと言われたな。うちには打診が来ないと」

 幕府指南役の話は山南さんが千葉道場から。京に上がる浪士隊の話は永倉と藤堂が話を持ってきた。

 永倉は新道無念流。そして藤堂は北辰一刀流。誰もがわかる名前が通った道場。やはりみんな名前で決める。弱小な試衛館には話は来ない。やはり名前だ。

「それでも、何処も打診です。眉唾な噂話程度の話です。私たちみたいに松平主税助殿に聞きに行っている者などいない。私たちは松平主税助様に参加の確定を頂きました」

 試衛館に戻る道すがら山南さんに慰められる。

「そうだな。嘆いてばかりはいられない。これは新たな希望だ」

 これから天然理心流を自らの手で広めるのだ。





 日の出の前に江戸を発ち、早々に多摩の日野に行く。

試衛館から、日野まで約十里(40キロ)、四~五刻(8~10時間)一日がかかる。

 日野は豪農・佐藤彦五郎宅にある庭の広場を剣術稽古場にしていて、天然理心流の第二の道場にされている。

拙者が夕刻近くに着いてみると、多摩の天然理心流の門弟たちが、佐藤宅稽古場に集まっており拙者の到着を待っていた

「近藤先生、京に上がるのですか?」

 試衛館の門弟で、誰か気の早い奴が、拙者より先にこっちで、ふれ回っているようだ。

「松平主税助様に参加を表明した。試衛館から浪士隊として京に行く」

「ならば拙者も連れて行ってくだされ」

 日野、佐藤宅に集まった門弟たちは口々に参加を表明する。

「いや家族の担い手はいかん。京に行くことにより、死ぬやもしれぬ。そして隊員は50名程度だ。闇雲に参加しても選別されぬ。出来るだけ残れる人間に託したい。ゆえに目録以上のものは参加を考えてくれ」

「心得た」

先生である拙者の言葉を待ち望んでいたようだ。

「やっと侍になれる」

 井上源三郎が涙を流さんかばかりに近寄ってきて喜んでいる。

「ワシは待っていた。いつかはやって来ると」

 源三郎の言葉に、隣の土方歳三も腕を組み、うなずいている。

「全面的に信じると痛い前にあるぞ」

 と、釘を刺すが、

「近藤さん。おれは黒船を見た時から、世界が変わったのだ。丁稚をやめて侍になり、攘夷をする。それが俺の役目だ」

 土方歳三が、目を輝かせて、こちらを見つめる。

「夢でも何でもねえ。俺は絶対に侍になってやる。それが願いだ」

「ワシもだ。トシ。ワシもだ」

 源三郎もそう言うと歳三の手を握り、うなずきながら、拙者を見てる。




「彦五郎さん、話が」

 庭を全面的開放してる佐藤彦五郎さんは、天然理心流において何かと頼りになる兄的な存在で、これまでも面倒を見てくれてきた。

 京に行く浪士隊に参加するとなると、どうしても彦五郎さんに伝えなくてはならないことがある。

「京に行くのは良いとして、江戸の道場をどうするか。悩んで居る。みんなで出て行ったら、道場を閉めねばならぬ」

「道場をしめるか?」

「いや閉められない。なんせ先代の周助殿は存命で道場内に寄宿しているし、母屋には妻のツネもいる。それを放置して行くわけにはいかない。それに京に行くというのは一時的なことになるやもしれぬ。そう簡単に道場は閉じるのはどうかと思う」

「それは分る。しかし先生そんな中途半端なことで大事は成せぬのではないか?行くからには死ぬつもりでしなければ、成し遂げられないだろう」

「それはそうなのだ。だから困っておる」

 仲のいい彦五郎さんだから、言えた悩みだった。

「ならば試衛館の館長代行を置いていくのはどうか?さすれば閉める必要はなかろう」

「京から戻る間だけか」

「留守番を置くのと同じだ。そう考えれば気が楽だろ。・・・さすれば留守を預けるとしたら、誰に頼む?」

「それならば・・・・やはり沖田だろ。天然理心流において沖田以外ない」

「そうだな、こちらの日野も沖田なら一括して収めてもらえる」

「一括ということになるなら、沖田に先生を譲るか。拙者は引退して五代目館長・沖田先生。沖田なら譲ってもいい」

 二人ともあまり酒は好まないたちなので、お茶と饅頭で話していると

「いいかな?彦五郎さん」

 先ほど道場で別れた源三郎や歳三がやってきた。

みんな下の名前で呼ぶように仲がいい。

「どうしたトシ」

「蔵を見せてくれ」

 土方歳三は、佐藤彦五郎家に嫁いだ姉・ノブに頼ってここ佐藤家によく入り浸っていた。日野一帯の地主・佐藤家は裕福で本は沢山あり、特に中国書物が充実していた。

 母屋の広い庭では、四谷の試衛館より、沖田、山南さんなどが遠征し、稽古をつけに来ている。そこに丁稚奉公をやめて、逃げてきた歳三が、拙者に入門してきて、剣術を始めることになった。

 もともと近隣に住む、拙者と歳三は顔を見知りっており、子供ころは村の祭りの時に何度か、喧嘩になったこともある。互いに身長は六尺三寸、(168センチ)の大柄で、どっちも目立つ体格だったので会話はなかったが、石のつぶてのやり取りはしていた。

 まあ、今では師範と弟子の立場のため、仲良くしているが。

「二人そろって蔵になんのようだ?・・・あ、刀か」

 彦五郎さんが気付いた。

「その通り、刀を探している。」

「京に行くのだ。いい刀がほしい。斬れる刀がいる。そのほか、鎖帷子もほしい」

 井上源三郎は古くから多摩の天然理心流を学ぶ。兄・松五郎は八王子千人同心の一員で来年に行く将軍・家茂の護衛に参加する。

兄弟そろって、京に行く。気合いが入っている。

「他の京に行こうと考えている奴は、村の蔵を回ってる。金吉(中村)もどこかに掘り出し物はないかとあさっている」

 突然の京行きなのだ。参加しようと考えている人間は刀を探している。・・・と、他人事ではない。拙者も刀がいるのだった。

「彦五郎さん、拙者も刀を手に入れたい。すまぬが金を貸してくれないか」

「刀は蔵の刀箪笥にあるぞ。好きなのを持っていけばいい」

「いやダメだ。立派な刀が必要だ。名前が通った刀だ。誰もが知る山田一門の番付表に載るような刀が」

 そうだ、もう解っている。名前が大事なのだ。名前の通ったものがいる。誰もが知る刀でないとならないのだ。

「そんなに名刀はうちにはない」

「拙者はまがりなりにも先生だ。周りの者よりもいいものでなくては示しがつかん。 買い求めようと思う。しからば金銭を貸してほしいのだ」

 と、金を無心し何とか名前が知れた刀を手に入れようと考えた。



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