第5話 幕府指南役ー2



 そもそもこの虎徹を手に入れたのは、文久二年の暮れ。浪士組として京に行くことが決まったからだ。

 文久二年の春は、江戸は未曽有のコロリ(コレラ、黒死病)が流行した。

長崎にて発症が確認されて、どんどん北へ、東へ、進んで来たコロリが江戸でまで来てしまった。


 幕府や各地奉行所のおかげで、最初の流行りは、なんとか一度は沈静したが、横浜に外人商館が出来始めると、再びコロりの再発が始まり、人がコロコロ死んでいく。

町には行き倒れの死体が転がり、行きかう大八車にその死体を乗せて、河原に作った特設焼き場に、人非人たちが運んでいた。




 江戸はコロリで大騒ぎ。そうなると、みんな家から出なくなってしまった。

江戸にある大きい道場には、日本全国から人が留学してくるので、相変わらず人は多い。しかしその他、無数にある町道場は小さい。門弟と言ってもせいぜいが、近所の商人の息子や博打、そんな奴らが、攘夷に踊らされて剣術を学びに来ているだけだ。コロリが流行れば、とても剣術の稽古どころではなかった。


 道場は、人が来ないと、立ち行かない。道場に通う門弟の登録料や月謝、稽古や数々の昇進試験の試験料で運営されている。

 道場に誰も習いに来るものがいなくなり、人が来なければ、金が入らない。そうやって、どんどん町道場は閉鎖していく。

 試衛館でも、自分の食べ物はもちろん、食客である永倉や原田、山南たちの食費にも事欠くことになって、ほとほと困り始めた。


 しかしそんな時に、帝から攘夷の命令が下る。

「幕府は帝より、攘夷断行の命を受けた。幕府もそれを了承した。何故、行わないのか?」

「すべての元凶は外国から持ち込まれている。幕府の意志は何処に?と帝はおっしゃっておられる。攘夷の決意を示されよ」

 幕府は朝廷に問われ、『攘夷』の決意と行動を江戸で示さなくてはならなくなった。

江戸も攘夷に向けて、剣術の強化が叫ばれ、形なりとも攘夷の意志を見せるため、江戸に武術を広く拡大する武術の指南係を新たに募集することになったである。





「指南役は若干名募集。実力重視。誰であっても構わない。それを公開審議にし、応 募者同士による試合形式の審議会が行われ、それに勝ち残ったものを採用する」

 つまり江戸の腕自慢の剣術家を集めて、勝ち残った者が幕府は江戸治安の剣術指南役の指南師範に採りたてる。結果重視ということだ。

それを山南さんが剣術知り合いから聞いてきて、拙者に勧める。


「うちからも出すか?」

「広く剣術に優れた者を募集。実力重視。誰でも参加募集です。選ばれれば、有名になり、人も来る。いつも近藤さんが言っている天然理心流を、広く江戸に知らせる絶好の機会じゃないですか。それにこれは幕府の指南役。つまりは幕府直轄の侍になれることですよね」

 なるほどその通りだ。侍になれば禄がもらえる。禄があれば今の状態を抜け出せる。

「若干名、どうやら前任の時の指南役は3人いたそうなので、今回も3人だろうと思われます。どうしますか?」

「それは人が多く出れば、残る可能性がある。だが、誰これ構わずとはいかないだろう」

 試衛館は手練れが多い。多ければ多いほど勝ち残れる。しかし江戸在住のことが明記されており、永倉や原田などは試衛館の食客であるために外れ、山南、沖田と拙者で登録することにした。





 審査会場である江戸城に着くと、赤坂門の中に陣が作られていた。

やはり人が思ったより多く、三ヶ所の垂れ幕で仕切られた陣の中にそれぞれ案内された。そこで次々と試合形式の試験が始まる。


「ではご武運を」

 門を抜けたところで、山南さんや沖田は、各陣幕の中に散っていく。登録順で振り分けられているが、同門同士は出来るだけ避けているので各自、別の陣の中で審議を受けるようだ。

 陣の中には、20人ほど武士たちが集められおり、模擬刀による寸止めの試合を行うようだ。

 刃を落とした模擬刀のため、ケガ防止の防具許可。

つけたいものはつけていい。しかし一本勝負。一撃で決まる可能性が高い。ならば食らって死んでも構わない天然理心流だ。拙者は動作が鈍くなるのを嫌い、遠慮した。



 始まりから二試合見学した所で名前が呼ばれる。拙者の審議試合の番だ。

相手は胴と手袋のような小手の防具をつけ、こちらに向き直り礼をする。

こちらも礼を返し、正眼に構え、相手の左目当たりに切っ先を向ける。

「はじめ!」

 開始の声が聞こえると同時に「キエー」と恫喝の声を上げ、相手の先を取るように、ぶつかって面を打ち込んだ。

 相手は北辰一刀流のようだ。いつもやっている竹刀稽古と違うため、剣の重さに戸惑っている様子。

こちらはいつも試衛館では木刀で稽古をしているから、刃が落ちた模擬刀は普通の剣の重さゆえ、重さは気にならない。


 大体の今の剣術は竹刀の速さで、とにかく小手を狙うやつがおおい。

真剣の対戦ではない。斬られて無くなるわけではない。そして軽い小手は「浅い」と判定され認められない。

ゆえにこちらは突っ込む。そして試合を優勢に進めるため、突っ込んで。突っ込んで体で弾き飛ばして面を打つ。


 寸止めだ。当てはしない。が、当然、吹き飛んだ相手の劣勢となり、こちらの面が入ったものと認定され勝ちがもらえた。




 二人目は、こちらも北辰一刀流か?模擬刀の切っ先が揺れて、誘っている。

身長が同じくらい五尺五寸(168センチぐらい)の相手。しかし手が長い。こういう奴は手の長さを利用して先に叩きにくるか、体に変わり際に引き面や、離れ際の胴を狙って来る。

 こっちが行くと、打って来る。典型的な速さ重視の竹刀稽古のやり方をして打ってくる。

「面」

 やはり先にきた。

こちらは予想していたので、頭を振って避けるが、かする。

判定は「浅い」

中心をずらすと面は浅いとみられるが、その流れた模擬刀は、右耳をかすり、耳のふちが切れて血が噴き出す。首筋に流れ出した。

「近藤殿、血が・・・」

 審議官が一旦止めようとするが、

「構いません。終わったら止血します。続行してください」

 審議官のことばを流し、試合続行する。


 相手の踏み込みに合わせて、思い切り胴を払う。それも脇の下の肋骨のあたり。

相手は防具をしていたが、そこにはない。痛みで顔が歪んだ。

 息が詰まり、横に逃げようとしたのを追って、続けざまに面の連打。

相手はは受けて避けるが、そのうち、一つが脳天に少し入って止まり、文句なくこちらの一本が決まる。

 寸止めで止めているが、やはり、少しは入ってしまう。髷の横が腫れて赤くなっている。




 3人目、こいつは雰囲気がある。目録以上免許皆伝か?

構えが柳生新陰流。勝ちあがってきたということは、手練れである。

柳生の竹刀の持ち方は、変わっている。右手と左手の拳をくっつけて、柄の中心を持つ。

 手首が回る。剣が舞う。そのため、どこからでも打ち込んでくる。

新道無念流を改良した永倉の剣に似ていると思った。

 しかし「返し技の柳生」といえども竹刀稽古を取り入れてしまったために、攻撃的な振り回しが強い。

 剣が速く動くため、切り返しが多い。どこからでも打てるというのを見せたいのか同じ所に打ち込んでこない。右左、上下、流れが出来ている。

 しかしその繰り返しの順番をこちらが掴めば、相手の攻撃が分かる。

波がある。押して攻撃の連打、そして引いて返し技を入れながら下がる。

ならば、こちらは面のみで打つ。

 

他は払うだけ。面のみ。

右面からくれば左面に来る。こちらは構わず面々、面々。連続。

 連続技がしたいだろうが、させない。こちらは引く。そして面のみの攻撃。

向こうはこちらの試合を見て、突っ込んでくる攻撃を想定してたようだ。直線的な押し引きの攻撃に、自分の流れが崩され、鋭く打ち込むこちらの面に力負けして、面が決まる。




 さて、4人目。人数が減った。このままこの陣の最後の一人になるまで決めるかと思ったが、隣の陣に移動した。

 同じ陣の対戦相手に手の内を晒しているための配慮だろう。他の陣の者と対戦相手の組み換えをして最終審査になる。

 中央の陣の中に入ると、山南さんが、こちらを見て笑っている。逆となりの陣からは沖田が数人と人間と一緒に入って来る。

山南、沖田も勝ち残った。やはり天然理心流は強い。


 各陣から組み換えを行い、名前を呼ばれる

「天然理心流・近藤勇。天然理心流・山南敬助」

 ここまでくれば同門同士と言っていられない。勝ち残りの審査である。

「それでは」

 そういうと山南さんは、棄権してこちらの不戦勝になり勝ち上がり。




 そして5人目となると、

「天然理心流・近藤勇。天然理心流・沖田宗次郎、前に」

 次の対戦も同門同士。前の試合で華麗に勝った総司が相手。

呼ばれて陣の中央に行き、向かい合う。

 総司がニコニコと喋ってくる。

「先生。戦いますか?」

「やるか?負けはせんぞ」

「うわー、やる気、満々だ。・・・・そうですね。これじゃ勝てないので、棄権します」

 総司の不戦勝で拙者が残る。

「そう私らは、おまけだ。近藤さんが残ればそれでいいのだ。」



 すると勝ち残った人間が3人になった。

このまま、最高位を決めるため、続くかと思われたが、そこで終了となる。

 やはり若干名は三名か?とにかく三名の中に残る。悪くない。

ほぼこれで決まっただろう。

実力重視の中。拙者は勝った。申し分ない成績だった。

 当然、指南役に選ばれると確信した。・・・・しかし結果は意外なものだった。




「どうして拙者が落ちたのですか?」

 数日後、送られてきた『落選』を知らせる文を持ち、指南役補佐係・中川左衛門殿に聞きに行く。

「武術は申し分なかった。しかし審議官の内から、過激、過剰すぎるという批判がはいり・・・」

「何が過激なのですか。命のやり取りの立ち合いに過激などという言葉は存在しないものです」

「近藤殿は、耳が切れて血を流しながらやられただろう。どうもあれの印象がよくなくて」

「天然理心流は、稽古で血を流すのは日常茶飯事です」

「それでは困るのだよ。幕府の指南役として武術の指南なのだ。天然理心流のやり方をやらせるわけではないのだ」

「しかし、戦うのはまず心構えが・・・」

「・・・今回は申し訳ないが、他の方を選ばしていただいた。書面にある通りです。変更はありません」

「・・・」

 中川殿が、頭下げれば、こちらは引き下がるしかなかった。



「近藤さん、惜しかったな。次を探して頑張ろう」

 道場に戻ると山南さんが、慰めの声をかけてくれる。そして今回、指南役に決定した三名の名前を書いた通達書を見せてくれる。

 一人目、二人目は勝ち残った人物だったが、3人目、それが『柳生』だった。

拙者が勝ったあの『柳生新陰流』であった。

「拙者はこの柳生に勝った。どうしてこいつが選ばれる?」

 実力主義で指南役を決めると募集された実力重視の剣術指南役の仕事のくせに、自分より弱いものが選らばれていた。

「こいつは旗本の次男坊、前任の指南役からの強い推薦ですね」

「山南さん。これは実力主義だったはずでは・・・」

「我らの知らぬ間に別の陣にて、敗者復活戦が行われ、そしてこの者が勝ち残ったらしい」

「柳生は確かに実力があったが、自分が倒した。勝ち抜いて残ったのはこちらだ」

「結局は旗本の癒着した有名な道場主が指南役に選ばれたということです」

 

 そういえば陣の中で審査員たちの声を聞いた。

「天然理心流?しらんな」

 そんな言葉を耳にした。

「これから有名にしてやる」と思って聞き流したが、所詮、天然理心流がいくら強くても、旗本の次男坊は、柳生新陰流。そして最後は「柳生」の名前が評価される。

 なんのことはない。今回は実力主義の公開審議と鳴り物入りで募集させてもいつも通り、最後は名前で判別する。

「所詮 流派か」

 独り言が漏れた。

「・・・・」

 山南さんには、聞こえていただろうけど、しかし山南さんはあえて何も言わないでくれた。

部屋に戻り、墨をする。苛立った気持ちを抑えるために書を書く。

「そんな大事か、名前が?」

 だめだ、治まらない。

「やはり名前だ。名前がいるのだ。何をするにも、名前がなくては認めてもらえない」

 それは有名であるかどうかの基準。

形式,様式、武士の世界は、すべては伝統が優先される。





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