第3話 剣舞
屯所である前川邸の主人・前川荘司は両替商で家を何件も持つ富豪のため、江戸浪士組が来た時に前川邸を本部にされ借り取られてしまった。
その後、浪士組が去っても、芹沢のぐり押しで、借りたまま返さず、そして新選組になってもそのまま使用されてしまっている。
現在は邸内から家人も出て、家屋を明け渡し、六角油小路に引っ越している始末。
気の毒に思うがこんないい家屋は他にないため仕方ない。
その局長室のある前川邸から、向かいにある八木邸に向かう。
向かいにある八木源之丞邸は、浪士組の部屋割りで、拙者ら試衛館 の仲間と芹沢たちの仲間が宿泊先にされていて、当初、屯所を八木邸にされた。
浪士組が去り、屯所が前川邸に映ってもなお、八木殿の優しい人柄に甘え、原田や永倉などの幹部の宿泊先にさせていただいている。
八木邸の家主の八木源之丞殿は古くから作物農家の領主様である壬生豪農 。
壬生住人士として幕府から帯刀の認可を得ている。そのため刀を観るのが趣味で、刀匠が催す鑑賞会や試し切りの場とかに頻繁に出入りしている。
そこで顔見知りになった京都にくる大名や公家の貢ぎ物の刀などを預かるようになってしまい、自分の蔵に刀箪笥を買い込み、隠し物や売り物の刀を保全したり、手入れの場合など知り合いの職人を紹介し、世話をやくようになってしまった。
色々な方と親交ができ、多分、江戸から押し寄せた壬生浪士組が来た時に、京都守護職に見込まれて、家に浪士を住まわすという災難に、巻き込まれてしまったのではないかと思う。
「八木殿はどちらですかな?」
かまどで夕餉の支度を始めた御内助にお聞きすると
「あら、そこいらにおまへんか?」
「旦那はん、作物を卸にいかれましましたえ」
今は留守だそうだ。
「では、また参ります」
まあ、この辺の農地の地主だ。何かと忙しい人である。
屯所の部屋に戻ろうかと思ったが、鴻池の虎徹を持っているので、野外で抜いてみたくなった。
しかし八木邸の庭で抜けば誰が見ているかわからん。
「ここで抜いて振り回していると、褒美をもらった子供のように、はしゃいでいるように見えて恥ずかしい」
足を外にむけ、八木邸を出る。裏手に周り裏にある壬生寺を抜け、奥の雑木林から寺から壬生菜畑ぞい竹藪がありそこに出られる。
そこは屯所でもやりずらいこと、隊士が真剣を振り回すの練習を、この竹藪で行っている。一人で真剣を抜いて太刀筋を確認するには危険で危なため、周りに人がいてほしくない。
その竹藪に入る
踏み入る道の脇の竹が、皆が試し切りで切り落すため、切り開かれている。生竹は斬りやすいので袈裟切の練習で切り落すが楽しいのだろう。斬られて転がり、竹の残骸が朽ち果ている。
さらに奥に入り、皆が振り回して切り開かれた空間があった。剣筋確認になっている場所だろう。
周りに誰もいないのを確認して、拙者もそこで手に持つ鴻池の虎徹を鞘から抜く。
竹林に入ってくる木漏れ陽を、虎徹が反射してキラキラ光る。
「うん、とても良い。姿は綺麗だ」
鞘を竹の小枝にかけて、両手で虎徹を握る。そして青眼から上段に上げて、唐竹の剣筋で下ろしてみる。
「軽くもなく重くもない。自分には合っていそうだ」
反りが少ないので抜きやすいのが虎徹の利点だ。できれば抜刀も試したいが拵えが出来てないので、胴元から抜き差しは出来ない。腰元から引き抜きの模擬抜刀を何度か繰り返す。
連続技、山陰剣の形から、打払、唐竹の剣筋で振ってみる。滑らかに剣筋が通る。
「これはいい。しかし・・・」
嫌なことに平助の声が自分の耳に残っていた。・・・これは切れるのか?
「まったく平助はろくな事をいわんな」
周りには切られた竹が転がっているが、本来は、野生の竹をそのまま剣で試し切りするのは、あまりいい話ではない。
ここにある斬られた竹は、剣を振っていて、どうしても切りたくなった奴が切っているだけなのだ。
野生なのだから、しなやかのものもあれば堅いのもある。ただ竹を切るだけだが、刀のその後がどうなるのか、一応は覚悟がいる。
「どうしたもんか?野の竹を切って、刃こぼれでもしたら目も当てられない。・・・ しかし拙者も、どうしてもこの気持ちはおさまらないな」
中段からの振りあげて、袈裟切りで、前の竹を切る。
「きえー」
刃がストンと落ちた。
ゆっくりと切れた竹が地面に下がっていく。
「やはり斬れる。まあ斬れて当たり前だが、・・・」
見回してみると、竹が色々な切り落とされ方をしている。
「・・・平助の兼重なら、どう斬る?」
平助は北辰一刀の「親指切り」と言われる剣技をよく使う。
背負うような上段から、大胆な振り下ろし。そこから相手の手元で細かく角度を変えて振る。剣の切先あたりから前の部分をよく使い、相手の柄を握る手の指を落とす。
指がなければ剣は握れない。そして平助はトドメを刺す。
「あんなにひらひら、まわせるか?」
平助を真似るが、上段ではなく、山陰剣の構えから、切っ先で祓うように虎徹で切ってみようと思った。
細めの竹にサクっと入り、さささっと音を立てて竹が切れて落ちる。
「なるほど、北辰一刀流の剣筋ではなく平助は、手首を返して斬っているのか。やはり北辰一刀流の竹刀の拵えにせず、柳生の拵えにしているのはそのせいだな」
平助は握りの部分を「柳生拵え」にしている。両手をくっつけて握るように、中央を細くしているのが柳生拵えの柄の部分だ。
「剣は舞うが、力が入らん。平助は刀が重い癖に変なことをする」
では天然理心流ならどうか?
叩きつけて斬る。
足を広めにし、踏み固め、突っ込む。
突っ込まないと相手にたどり着けない。だから飛び込む気組みが必要。
飛び込む。
「きえー」
掛け声と共に、刃の根本を使って叩きつける。
さすが虎徹。まったく抵抗もなく斬れている。
主に剣の中あたり。接近戦の時に一番当たる場所。そこで切れる。
これは安心して打ち込める。
そして物打ちの部分で切る。使うのは真ん中より少し上。刃先から少し下。
立ち会いすると、ここが一番当たる。一番力が入る部分。誰もが一番使う場所で切ってみる。
人間の袈裟斬り同様、竹に袈裟切りに刃を入れる。当然、文句なく。切り落とせる
満足である。
そして払い胴。一番切れづらい太刀筋。横に払うような剣筋で振ることになる。そしてここは竹の節があるの、固い節に入れないように慎重に刃を入れる。
切れる。横倒しになっていく竹。
連続の技。返して袈裟斬りの角度で剣を引き下ろす。
はらい胴で切れた竹が落ちて転がる。
そこで落ち着き、周りを見回す。
どの竹も綺麗に切り落とせた。この虎徹は、切先、中腹、根本どこでも切れる。
「さすがは虎徹。満足できる切れ味だ」
笑みが溢れた。
再び八木殿を訪ねると先刻、戻られていて、今は蔵にいるという。
八木殿は刀好きなため、預かった刀を、好きな時に好きなだけ、見ていいと約束で、預かっているので、蔵の中に刀箪笥と置き、あまり使われない名刀は仕舞われている。
拙者が蔵の中に入ると
「お持ちしてましたよ、近藤様。そちらにお持ちの物は例の、噂のものでございますか?」
と八木殿がニコニコと待っていた。
「ああそうです。また八木殿に拵えの装飾をお願いしたいと着た次第で」
「鴻池の虎徹・・・ですね?」
「みんなの見たてで興里・虎徹であろうという結論です。みんな素人です。目の肥えた八木殿に言葉をいただけたらありがたいです。見ていただけますか」
八木殿は、刀の管理や手入れなども頼まれ、仲介などもするので、今まで刀を見てきた数は膨大な量。刀にめっぽう詳しい。 鑑定資格などはないが一端の目利きになってしまい、それを頼って、真贋を聞きに来る奴もいるほどの目利きである。
「私ごときに言葉なんて、とてもとても。素人の戯言です。ただ見せていただければ本望なのです」
永倉も判断出せなかったが、八木殿と思い、鴻池にもらった大名装飾された虎徹を渡す。
「眼福させていただきます」
座布団を持って来て、そこに虎徹を鞘から、抜き出しておく、
左手で和紙を持ち、手で刀部分を触らいようにしながら、右手で柄をもち上下させて見る 。
刃が揺れる
「これは確かに何か燃えるようなものを感じますな。なにか今まで見てきた虎徹と違う気がします」
「興里ではない?」
「銘は?」
「いえ、拵え直しで見てもらおうかと。いささか大名拵えは柄を抜くの大儀で」
そう柄の目釘が木ではなく、金属が使われている。これは、一度抜くと元に戻るかわからず、躊躇し永倉も銘を見ようとはしなかった。
「なるほど」
「初期?いや中期にしても、ちょっとおとなしい。・・・ですかな。・・・でもこれが、興里の後期なのかもしれません」
「八木殿。偽物は多い。大丈夫か?」
虎徹を模写して偽物も非常に多い。似せてあれば、素人には判別つかないものも多々ある。
八木殿も平助のように刀を平にして、少し上にあげ、刃文を見る。
「数珠があります。虎徹と言ったら数珠刃と言われている。数珠刃をつくれるのは名工の印。ですから虎徹と思っていい・・・」
「やはり、数珠刃か」
「・・・のですが、数珠刃をこしらえた贋作も最近はあったようなので・・・」
「数珠刃をもつ贋作?」
「はなから、数珠刃を見越して焼きを作るらしいのですが、数珠刃のみを作るため、鍛えられておらず、なまくらのまま完成させているものです。しかしこれは鴻池さんですよね?そんな変なものは掴まないと思いますが、安心していいと思います」
そうだよな。竹もちゃんと切れた。偽物じゃない。これは大丈夫だ。微笑む八木殿の顔を見て 、やっと安心出来た。
八木殿に「刀拵え」の職人に回してもらって、大名拵えを、実質仕様に頼む。
「鞘も鍔も握りも変えてもらう。柄は鮫皮で滑しを3回した柔らかいもので、京の織のやわらかい紐で和紙を挟んで常組で編んでください。
自分は、柄(刀の持ち手部分)の材質にこだわる。手にした時の安心感が欲しいからだ。
「はい、心得ております。目貫はいつものように違いですか?」
「ええ、鞘はエンジの漆塗り。三度塗りで、深みにしてください。紐のは紫色で絞ったゆるみのないもので結んでください」
「色っぽい感じですね」
こっちの他の刀と見まちがえてたくはないのもあるが、二本目の虎徹なのだ、少しは優美にしたい。
「鍔は落として転がらない四角の角ばった鍔に変えていただきたい。よろしくお願いします」
と頼み、預けて蔵をでた。
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