第2話 長曾祢虎徹・興里
「鴻池に虎徹をもらったって?見せてくれ」
大阪から戻り、屯所の局長室に入って帯を解いて、くつろごうとしていると、どっから聞いてきたのか藤堂平助が部屋に入って来た。
「早耳だな。どこかに間者でもいるのか?」
「そこで尾形が騒いでいるよ。・・・さすが近藤局長、大名刀の虎徹を頂戴した。あっぱれ、あっぱれ。・・・近藤さん、尾形って奴はめでたいヤツだな」
「そこつな、おしゃべりが」
「でもこれで近藤さんは、ますます虎徹だね。虎徹の近藤だ」
「まあそうなるか」
こういう言われ方は悪い気はしない。
「俺と同じ。剣と共に生きる決心がついたね」
目の前にいてニコニコ見つめる藤堂平助は『上総之介兼重』という刀を所持しており、周りから『兼重の藤堂』と言われている。
この『上総之介兼重』というのは津藩御用達の刀匠で、平助が文久2年2月に拙者たちと共に、江戸から京に上る際、藩から佩刀された由緒正しい刀剣である。
もともと平助は、津藩主のお落胤であり、お世継ぎの継承順番は7番目。ほとんど藩主になる可能性は乏しいが、お世継ぎ候補であるため悠々自適の生活は約束されていた。だがその暮らしを捨てて、拙者らと共に京都までやってきた変わり者だ。
常日頃、その兼重を見せ、「剣は人を表す」と言ってはばからず、佩刀していただいた貴重な兼重を常時、持ち歩き、新撰組の見回りのお勤めでも、それを使用する。
我々の隊務というのは、町で行き交う不審な武士に対して、尋問、捕獲。従わないものに対しての絶命である。
それゆえに刀の扱い方は酷使を極め、相手が攻撃してきた場合は、当然、応戦して決着をつけなければならないため、たとえそれが物凄く固く強い名刀であっても、道具として扱つかわれ、折れたり曲がったりする可能性はありえる。
通常の名刀と言われるものは古来より、合戦、特に「ここ一番」の戦いに使用される物である。しかし平助は躊躇なく貴重な大名刀の兼重を抜き放ち、「藤堂平助が藤堂平助である証」といい、兼重を使って隊務を遂行する。 本当に剣と共に生きている。
「近藤さん、その虎徹はどこにある?」
物欲しそうに手を出す平助。仕方なく床の間に置いた錦の刀袋を持ってきて、袋ごと虎徹を渡す。すると嬉しそうに紐を解き、まるでお土産を開くかのように袋から刀を出す。
「こりゃあ凄い拵えだな。先は本当に大名所有か?」
出て来た刀の鮮やかな柄、拵え、織込まれた帯胴紐をみて笑う。
「これじゃ刀じゃないな。どう見ても端午の節句のお供え物だ」
「詳しくは聞かなかった。向こうも事情があるだろう。好意なのだからありがたく頂戴した」
するとそこにどやどやと噂を聞きつけ、永倉や原田も部屋に乱入してきて、
「近藤さん、『最上大業物・虎徹』を見してくれ」
「新選組、結成祝いだってな。豪気なことをするもんだ。さすが大阪一の大商人・鴻池だな。やることが違う」
と、虎徹を持っている平助の周りに、ずかずかと座る。さながら拙者の局長室を虎徹見学室にしてしまった。
鞘を持ち、ゆっくりと抜いてみる平助。綺麗な刃が現れた。
なめらかな剣の肌。
「さすが綺麗に整っている。・・・近藤さん、銘は?なんと?」
「真贋を頼まれたならまだしも、もらったその場で、銘を見るわけもいかんだろう」
「そりゃそうだ。失礼だな」
永倉が笑った。
永倉新八は、新選組において剣の達人。新道無念流の免許皆伝で、若いうちから諸国修行の旅に出て、全国各道場で剣を磨いてきた男だ。江戸の試衛館に来たころには剣豪に匹敵する腕をもつ剣客になっており、江戸はもちろん、それから京都に登ってからも隊務のお勤め、他流派への道場巡りの試合でも、負けたのを見たことがない。
「どうだ平助。本物か?」
眺めるようにして見ている原田が聞く。
永倉に比べて、原田左之助は偽物を期待しているようだ。
まあそりゃあ、そうかも知れない。虎徹は人気があり、偽物が大量に出回っている。「虎徹をみたら偽物とおもえ」というほど模造刀が出回って刀で、その虎徹が新しく来たのだ。
それが本物なら素晴らしい、目の保養になる。・・・が、話のネタとしては、それが偽物であれば、これほど愉快なことはない。もらって喜んで見せていたものが、偽物であったなら、こんな面白いことはない、・・・と原田は野次馬根性で見に来ているようだ。
もともと原田左之助は、数年前に一旗揚げたいと伊予松山から京に出たが、その時は思うように仕事に恵まれず、そのまま参勤交代の「雇われ侍」(大名行列に入って歩く偽物の侍)を続けるうちに、流れ流れて江戸まで来た脱藩浪士だ。そこで永倉と同じように、江戸の試衛館に来るようになり、町民に稽古をつける楽な剣客商売が気にいり、そのまま居候になった。
永倉同様、古くからの試衛館の仲間で、何ごとも忖度なしに、ずけずけものをいう気の置けない仲間の一人である。
「刃文はどうだ?」
虎徹を持つ平助に永倉が聞く。
刀の表面に現れる剣肌の模様は、化粧磨りといって綺麗に整えられているだけのもの。刃文というのはその化粧彫りの奥に隠れている刀の焼きと鍛錬が作る模様のため、刀匠ごとに千差万別の模様が刻まれる。
永倉の言葉を受けて、平助は刀を斜めにして刃文を見る。
この虎徹は刃文が「乱刃」であり、白っぽく、互の目のように見える。
そして乱刃の中に「瓢箪がつながった形で数珠になってる形」が、均等に刃先あたりに数列現れている。これは数珠刃という刃文で、まるでソロバンの玉が並んでいるかのような模様である。
「うおー数珠刃だ。虎徹だ。虎徹。こりゃ虎徹だよ」
一目見て、うなずき、平助は原田に渡す。
「数珠刃か。こりゃ最上大業物の本物。すればどう転んでも500両は軽く超える」
「左之(原田)は、すぐ金の話だ。もっとじっくり見ろ」
「高ければ斬れる。斬れるから高い。そういうもんだろう」
原田はゆっくりと上から下まで眺め、隣で見たくて、じれている永倉に渡す。
受け取った永倉、全体見ながら、確認していく。
「虎徹でよくみられる特徴は、先細であって、切先が短い。ソリが浅い。・・・・地鉄を鍛えているから、鍛え肌が木の年輪ように丸い。木目肌が特徴」
永倉がぶつぶつ、独り言を言いながら確認していく。
長い剣術修行のせいだろう、結構、刀も見て来てるようだ。一応は虎徹の特徴も知っている様子。
「新八、本物か?偽物だろ?」
興味津々で聞く原田。まだ偽物の期待をしているが、鴻池の虎徹はその永倉が言う特徴を備えている刀であるため、返事出来ない。
「数珠があるんだよ。虎徹だよ虎徹」
「そんなもので判断できるのか?」
もう決めつけて喜んでいる平助と対照的ではある。
「何言ってんの原田さん、乱刃の数珠刃があれば本物です」
「俺には互の目に見えるが」
「互の目でいいんだよ。その中の数珠があればいい。それが数珠刃といったら虎徹。本物の証拠なんだってば」
「まあ簡単にきめつけるな平助。近藤さん、今、持ってる虎徹を見せてくれ」
刀を持つ永倉が、こちらを見て言う。
「そうだ。見比べよう。虎徹を並べるなんてそうそう出来るもんじゃない。近藤さん、虎徹、虎徹」
平助が再び、こちらに手を出し、子供のように要求する。
まあ、仕方ない。鴻池の虎徹と違って、昔から持つこちらの虎徹は、周りから偽物疑惑がかかっているため、あまり見せたくないが、行きがかりじょう仕方ない。刀掛けにかけた現在の虎徹を抜いて、平助に渡す。
それを永倉に手渡し、二振り、抜き身で見比べさせる。
「どうだい新八さん。なんか違うか?」
声をあげる永倉。
「いかん、全然違いすぎる。こりゃあどうだ・・・・」
昔からの虎徹が、鴻池にもらった虎徹と、まったく雰囲気が違っているので、驚く永倉。
まず見た目で雰囲気が違う。
鴻池の虎徹は透き通ったような発色。明るく輝く。そして今渡した虎徹は地金の模様が黒っぽくみえて、冴えている。色が全く違うのだ。
「・・・・まあ姿や特徴は、どちらも虎徹の説明に当てハマっているが、鴻池は数珠刃だが、近藤さんの虎徹は、刃文がヒョウタン。・・・・見比べると、どちらかが本物で逆が偽物とさえ思えてくるが、・・・」
「今まで使用してきた虎徹は初期の虎徹なのだ。鴻池のものが中期のハネトラ、ハコトラとなら、違ってあたりまえだ。どっちも本物であってもおかしくあるまい」
「うむ・・・近藤さんの言う通りだな。しかし・・・・ここまで雰囲気が違うと、全く違う刀だ」
実際、前から持っていた虎徹は、初期の「古鉄」と言われている。
鴻池から貰ったものは中期、後期の虎徹であった場合、材料や製法が変わっているのは当たり前だ。実際、鴻池の虎徹は刃文が小さく平地が多く見えて輝きを放っている。
「たぶん鴻池の奴は叩きが多く、地金が光っている」
「そっちと比べてどうだ?」
「わからん。こっちとこっちは色々違うのはわかるが、しかしここまで違うと俺にはさっぱりだ。何が本物かさえわからん。すまん。判別がつかん」
永倉といえども、刀の真贋を下すほどの目利きではない。鑑定士ではないのだ。まして今まで偽物だらけの虎徹を見てきたのだろう。これは「偽物」という言葉は言えても、これこそ「本物」だと言いきる決断がつかないようだ。
「なんせ虎徹だものな。色々あってあたりまえだ」
と言って永倉は渡した抜き身の古い虎徹を返してきた。
そもそも虎徹とは刀匠の総称で、初代虎徹は、長曾祢興里といい、若い時は越前にて甲冑や装飾などの鉄を鍛えていた。それが50歳になってから一念発起して江戸に出て来て刀工になった人物だ。
そんな年老いた刀匠だが、「虎徹は斬れる」と評判が出始めて、誰もがこの老人・興里に刀を発注した。そのため興里が存命中15年ほどの間に、200振り以上の刀を制作させられることになる。
確かに斬れる虎徹が、ただ切れるだけで有名になった訳ではなく、理由があった。5代将軍の綱吉の頃、江戸の試しきりの専門職の山田一門が、刀番付という書物を出したのが始まりだ。今まで、斬れるという噂だけで、誰も確認してない刀の数々を一挙にまとめて『番付』にして、書物で白日の元に晒したからである。
番付表は、刀職人の山田一門が、自分たちが作った新造の刀、知り合いの大名から試し切りを頼まれた刀を使い、刑罰処刑されて死んだ人間の胴体を二個三個、重ねたてそれを切断した。重ねた胴が切れた数で「二つ胴」「三つ胴」と記し、そしてその刀の切れ味を吟味し、注釈を入れ、「上物」「業物」「大業物」「最上大業物」と4段階に格付けされ、書物として刊行した。
今まで有った、あやふやな噂や「斬れる」「斬れた」という感覚とではなく、現実のその刀の切れ味をはっきりと番付した書物は今までなく、これによって「名刀」「秘剣」「魔剣」を所有していた各国の大名や旗本が、自分の刀は、本当はどの格付になるのか騒いだためである。
無論、初代興里の作の虎徹は一番上の「最上大業物」に書かれていた。
「まあなんにせよ鴻池が間違うわけもない。本物ということで間違いはなかろう」
永倉、持っている鴻池の虎徹を、静かに鞘に入れてパチンと閉じる。
「しかし近藤さん、虎徹を2本も持ってどうするのだ?」
原田が、ちょっと物欲しそうにきく。
「拵えを変えて、適所に持っていくのを変える。」
「豪華だね。虎徹三昧」
平助が笑った
「そりゃそうだな。まあ、あばよくば、古い方の虎徹のおこぼれがあるかと思ったが駄目か」
「刀は消耗品だ。二振りだろうと三振りだろうと、あるにこしたことない。残念だったな左之」
永倉は笑って原田を茶化す。
「しかしこの虎徹は、どんだけ切れるんだろうね。そっちと比べてみたいね」
平助に言われた。
確かにそうだ。刀なのだから、どんなものか。知りたいと思うのが当たり前。
「そういわれれば切れ味が見たいな」
拙者も刀は斬れるものがいいと思っている。だから虎徹が好きになった理由でもある。
平助の兼重は斬れる。隊内のみなが認めている。
三尺七寸。他の刀より長く重く、それを小柄な平助は、体全体を使って振りまわす。
千葉道場、北辰一刀流の創始者・千葉周作は背が低く小さい。平助はその周作翁から直接教わった剣の使い方で背負うように振りまわす。
無茶な剣筋なのだが、確実に平助は仕留める。拙者はこの虎徹で、平助の兼重のように斬れるのか?そう言う疑問が湧き、確かめたくなる。
「そうだな。久しぶりに巡回に出るか」
一番手っ取り早いのは、巡回に参加して、不逞浪士を斬ること。・・・なのだが、
「まさか試し切りにために行くつもりじゃないでしょうね?」
「滅多な事をいう物ではない。そんなことで巡回に出るわけいかない。それじゃ辻斬りと大差ない行為になってしまうじゃないか」
ここ屯所において、襖の奥で誰が聞いているかわからん。尾形のようなお喋りに聞かれていたら、たまらんから、局長として一応、平助の言葉を否定しておく。
「間違っても試し切りに街に出ないでくださいよ。俺やハジメが退治しに行かなきゃならなくなるから」
平助が笑う。
まったく平助の奴に、のせられて軽口を漏らしてしまった。しかし切れるかどうか。試したい気もちが体の奥に渦巻き出す。
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