第1話 召喚、そして接触

 宮川信一がこのナローシアと呼ばれる大陸に『召喚』されたのは18歳の時であった。


 当時、ナローシア大陸の南東部はヘレニジア王国という大国と、隣接するアナトリア帝国の対立地帯であり、領土を巡って日々激しい争いが繰り広げられていた。そんなある時、高校を卒業したばかりの彼は、当初はヘレニジア軍の兵士となるべく、数十人まとめて召喚された者の一人として、ダーキア地方の軍隊に属していた。


 別世界よりやってきた者には強大な能力が宿り、戦士として高い活用性があるという事に着目したヘレニジア王国の暴挙に対し、宮川は当然ながら憤慨した。だが憤慨したところで元の世界に帰れる筈もなく、ただ鎧を身に纏って槍と盾を持ち、アナトリア帝国の騎馬戦車旅団に立ち向かうしかなかったのである。


 だが、彼が徴兵されて直ぐの時期に、ヘレニジア王国上層部は愚かな決断を下した。何と、安定して兵士を供給できる地を求め、地球世界への侵攻を企てたのである。何せ召喚者はこれまで1万人以上も獲得出来たのだ。彼らから地球の人口を知った王国上層部が、安直に皮算用を立てて計画を立案するのは無理からぬ事であった。


 その時に用いた兵力は、召喚者以外の歩兵が5万人、召喚者の知恵と技術によって開発された馬具によって組織的に実現できた騎兵が1万騎、標準化された教育プログラムによって大量育成された戦闘魔術師1千、遠距離攻撃をメインとする弓兵が4千の計6万5千人は、当時の人口700万人を数えたヘレニジア王国として過去最大の規模であった。


 だが、この出兵は失敗に終わった。この当時のヘレニジア王国は火薬を使った兵器などなく、攻撃魔法も現代兵器に通用するポテンシャルがあったとはいえ、戦術兵器レベルの威力と影響はなかった。『魔法の存在しない世界の軍など恐るるに足らぬ』と侮った重装歩兵は瞬く間に全身を鉛玉で撃ち抜かれ、騎兵は戦車砲で木端微塵に吹き飛ばされたのである。魔法使いも普通科自衛隊員と真正面から戦うには人数が足りず、加えて白兵戦に持ち込まれる可能性を考慮していなかったため、その貧弱な肉体は自衛隊員の屈強な腕力で屈服させられたのである。


 宮川は異世界の『門』が築かれたダーキア地方にて王国軍の動きが慌ただしくなったのを察し、この時点で、上司に当たる貴族を唆して生き残る事を目論んだ。彼が仕えるダーキア地方行政府のウラキア伯爵家は、当主含む多くの関係者が戦死ないし自衛隊の捕虜となり、若い子供と女性ぐらいしか残されていなかった。


 魔法の取り扱いで他の召喚者よりも優れた才能を見せた彼は、魔法具に用いられる術式を改良する事で、性能や耐久性を向上させるという快挙を成していた。そのため伯爵家より技術者として尊重され、私兵部隊の中でも信頼を寄せられていた。その彼が『自分の技術では勝てる見込みがないし、頼れる大人も全滅した』として、まだ見ぬ敵軍への秘密裏の接触と交渉を進言したのである。伯爵家自体も中央政府から敵軍の迎撃という無茶ぶりを命じられていたため、自分たちの忠誠を見せるのに都合がよかった。


 斯くして、宮川とウラキア伯爵家の若き後継者たるハンス・ウラキアは、僅かな護衛とともに正体不明の敵軍に接触を果たしたのだが、結果は穏便な遭遇に終わった。ハンスは終始不安にさいなまれたが、久々に召喚者以外の日本語の通じる者と出会えた事に、宮川は安堵したのである。


 そしてハンスは、自衛隊のみならず日本の技術力の高さと、それに裏付けされた軍事力の高さに驚愕し、彼らに降伏する事を決断。そしてこの決定が、自分たちの運命を大きく狂わせていく事となる。

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