第51話 ~枯れ落ちる魂~
弾丸の嵐が吹き荒れる。 同胞の発砲を聞き付けて続々と集まってきた兵士共が、俺達に向かって構えたライフルのトリガーを一心不乱に引き続ける。
マズルフラッシュの影に時折浮かぶ顔から見出せる感情は、職務に準ずる冷徹な覚悟でも、巨大な組織に使い潰される諦観でもなく、ただただ不快な愉悦。
自分を苛立たせたヤツをまたしても嬲り殺せるという、歪んだ癖に突き動かされるがままに兵士達は俺達の目の前に群がり、囀り続けた。
「何だこのキモい化け物は?」
「おい! 予定じゃもっと大勢来るんじゃなかったのかよ?」
「なぁに、過激な映像が撮れなかったら薬漬けにして近場の国に解き放てばいい。 さっさと玩具にして遊ぼうぜ!」
今一体何が起ころうとしているのか、事の重大さを理解していない末端の兵士達はごっこ遊びと例えるのもはばかられる迂闊さで近寄ってくる。 自分達は攻撃に晒されることがないのだと、たかを括るように。
それが命を失う行為であるということも分からぬまま。
「消えろ」
「「「あ?」」」
四方から浴びせられた弾丸を掻い潜って踏み込んだ俺達に、顔面を文字通り粉砕されふっとんだクズ共の身体が、追い縋るように伸びていった枝と蔦にズタズタに引き裂かれ、肉片に変わる。
その瞬間、兵士達の動きが凍り付いたように止まり、浮かんでいた軽薄な笑みが強張った恐怖に塗り潰された。
「ひっ……」
「消えやがれえええ!!!」
誰かが上ずった声を漏らすとほぼ同時、噴き上がった血の雨が波止場を真っ赤に染め上げた。 密かに脱出を企てられないよう、全ての船舶を振り回した蔦で粉微塵に破壊し、散らばった破片を投擲して、向かい来る兵士達を片っ端から生命から物体へ変えていく。
「な……何なんだよあれは! 話は違うじゃないか! すぐに魔法で狂わせて下等民族共にけしかけられるって」
「効かない! 異界人にはてきめんに効くはずの呪詛がアイツには効かない!」
「ふざけるなよこのクソカルト共! 騙しやが……」
「うおおおおおおああああああ!!!」
何やら小賢しい対策を施してらしいが、俺達の動きにはなんら支障も無く景気よく兵士達の死体が量産され続ける。 一体何人役立たずを飼っていたのか聞いてみたくなったが、悠長にしている暇はない。
「は……はやく増援を……! 沖合をうろうろしてる艦を呼び戻せ!」
「駄目です通信が! 全ての回線との接続が確立しない!」
「馬鹿な! 世界中の軍や超大企業様のプライベート衛星に相乗りしてるんだぞ!?」
『増援は来ない。 そして文明の利器も役には立たない。 たまには自分の手足を動かしてみることだ』
殴って蹴って投げ飛ばして踏み潰して、鮮血の雨と骨片の飛沫を浴びながら前進する俺達の頭の中に、電脳世界から様子を伺っていたアルケニーの皮肉げな言葉が響くも、それに反応を示す時間すら惜しい。
『こちらは引き続き奴等のネットワークへ攻撃を続ける。 君達は物理的殲滅を続けろ。 安全が確保され次第、モコモコが退避用の門を開ける。 それまでに囚われた皆の解放を』
「死ぃぃいいいねええええええ!!!」
『……まぁせいぜい頑張ってくれ』
身体の奥底から噴き上がる暴力衝動の為すがまま吼え哮る俺達に、アルケニーは半ば呆れたような励ましを残して俺達の意識から消えるが、やることは別に変わらない。
大砲を撃ち込まれようが、ヤク漬けにされて気が狂った哀れな大型異界人を差し向けられようが止まることはない。 立ち塞がる全ての障害をこの両手足が叩き潰し、一心同体たる化け物が勝手に息の根を止めていく。
無慈悲な共同作業が止まることはない。 俺の目の前に大勢の人生をねじ曲げたクズ共が右往左往し続ける限りは。
「たった一匹! たった一匹の動物だぞ! 何を手間取っている!?」
「知らねぇよ! 俺が知りてぇよ! 何なんだよあれは!」
「こ……こっちに来たあああああ!!!」
地表にいた兵士共を殲滅し、大口を開いていたシェルター内に足を踏み入れた俺達を新たな悪党共が出迎える。 あるものは地球上に存在しない生物の血肉で顔を汚し、またあるものは乱暴の途中だったのか、血塗れの軍服がみっともなく半脱ぎになっている。
その姿から、この島で異界人相手に何が行われていたのか全てを察し、今まで抱いたことが無いほどの憎しみが俺達の耳元でそっと囁いた。
報いを受けさせろと。
「カス共が!!!」
大理石の床にヒビが走るほどの力で加速し、銃を構えようとしたクズ共の首と四肢をグシャグシャにへし折る。 次のクズも次のクズも、その次のクズも、機動隊に取り押さえられた頭のおかしい活動家以上に狂った悲鳴を上げ、壁のシミになっていく。 その果てに、警備担当らしき偉そうな男がたった一人、貧相なピストルを片手に残された。
「ま……待て! 何が望みだ? 金か?名誉か?それとも女か?子どもか? 我々はその全てを君に提供出来るぞ? ん?」
最早抵抗の意志すらないのか身に付けた物だけは立派な男は、銃を簡単に放り投げて揉み手をしながら俺達に引き攣った笑顔を見せてくる。
対して俺達は何も返事も反応もしてやらない。 ただ、施設中に散らばった異界人達の死骸を見おろし深いため息を吐くと、一拍の間をおいて、媚びるような笑みを浮かべたクズの顎を叩き割り、勢いそのままに蔦で首を切り飛ばした。
「あ……あが……」
「欲しいのはただ一つ、テメェらの首だ!」
宙高く跳ね上がった首級を掴み、返事が来る前に思い切り壁へダンクを決めて叩き潰し、何事も無かったかのように残心を決める。
そうしておもむろに周囲を見渡すと、助けを求めるか細い声がどこからか響いてくるのを察した。 以前だったら絶対に気が付かなかったが、身体中の機能が強化された今ならばハッキリと分かる。
「商品は手近な所にってか? アホ共が」
付近にあった壁を反射的に粉砕してその奧を覗き込むと、何が起こったのかも分からず身を縮ませる大勢の異界人達の姿が視界に入った。 彼らは鮮血に塗れた俺の姿を見て息を呑んだようだが、敵意が一切ないことを察するとおずおずと立ち上がり始める。
「安心しろ! 外の敵は全て排除した! 奧に逃げた連中は俺が処理するからアンタ等は地上に逃げろ! 後で協力者達がアンタ達を安全に逃がしてくれる!」
俺が悪党共と同じ種族だった故か、俺からの勧告に応じるかまごつく異界人達。 だが、俺の脊椎から飛び出し蠢く植物性の触手を見て同類だと思ってくれたのか、一人また一人と勇気を出して外へと飛び出していった。
「これでまだほんの一部か……!」
『人質の位置は全てこちらで把握している。 君はナビゲート通りに施設の破壊を続けてくれ』
「あぁ、頼りにしてるよ」
一通りネットワーク上の破壊工作が終わったのか、再び意識下に声を届けてきたアルケニーの指示通りに壁や床を破る度に多くの人種、多くの種族が血塗れの廊下に飛び出し、濁流のような勢いで外へと逃げていく。
当然、クズ共もせっかく捕らえた商品を逃がすまいと残存兵力を結集させるが、俺達がそれを通してやる義理は無い。
宣戦布告代わりに先ほど仕留めた警備担当者の死骸を投げつけ、そのまま殺戮を再開する。
くれてやる慈悲など無い。 特に、人様の命と尊厳を踏みにじって悦に浸っていたカス共には。
「う……嘘だ……嘘だ……たった一匹の化け物に我々の楽園が……」
「俺達は歴史上もっとも差別され続けた民族で何をやっても許される被害者だ! これはヘイトだぞ! ヘイト……」
「うるせぇぞ豚が」
最早立ち向かう士気すらなく、被害者仕草を全開にして逃げ出そうとした輩の首を、目にも留まらぬ速さで宙を躍動する蔦が勝手に刎ね飛ばしていくが、そんなものに気をやる暇すら今は惜しかった。
「リーリア! リーリアどこだ!」
次々と牢獄を破壊し、囚われていた人々を解放していくがリーリアの姿だけが一向に見当たらない。 そして小賢しくも俺を欺いた鳩野の姿も。
「おいアルケニー、本当にここにあの子はいるんだろうな」
『無論だ、今この瞬間も彼女の強い生体反応を感じる。 どうやら連中のお眼鏡に叶う極上の商品扱いだったようだな。 同時に極めて強力な反魔術領域を検知しているから、門を開いて無理やり回収するのも不可能だ』
「クソッ!」
一体どんな目に遭わされているのか想像することすらゾッとする。 願わくばまだ彼女が元の形を保っていることを祈りつつ、俺達は厳重に封鎖されていたシェルター最深部の防護壁を粉砕した。
濛々と立ち登る埃に紛れ、用心深く最深部へと侵入を果たすが、最深部に安置されていたものを見てしまった瞬間、俺は反射的に拳を解き、立ち尽くす。
「惨い……、人間がやることじゃない」
分厚い隔壁の向こう側に収められていたのは、異界から持ち出されたと思わしき呪法と、数多の生命体を駆使して製造されたと思わしき肉の檻。 その上、建材として杜撰に消費された命は未だ生きており、近寄った矢先に皆一斉に殺してくれと懇願してくる。
「まさかこの檻の材料にリーリアが……」
『しっかりしろ、あそこにちゃんと居るだろうが』
最悪の結末を予感し、冷や汗を零した俺をアルケニーが叱咤し前を見るように促す。 その先には、全身血塗れ痣だらけでボロボロになりながらも、商品呼ばわりされた他の異界人達を守るように一人凜々しく立つリーリアの姿があった。
周囲には、高貴な存在を自称していた半裸の悪党共の死体がうずたかく積み上げられ、檻に入れられた人々が何をされそうになっていたのかを雄弁と語る。
「良かった……、生きていてくれて本当に良かったよリーリア……」
安堵し、ごく自然と俺自身の言葉が零れるがすぐさま気を持ち直すと、低い声でアルケニーに問う。
「なぁ、この檻を解放できるか?」
『いや、純粋な魔術による封印相手には君の馬鹿力も私のハックプログラムも無力だ。 膨大な魔力を注ぎ込めば解放できるだろうが、一人でそれをやったらカラッカラに干からびて死ぬぞ』
「そうか……」
流石に世の中そう簡単にはいかないと肩を竦め、どうするか思案しつつグロテスクな編み目状の肉塊に近づくと、その中に見知った顔付きをした元人間が混じっているのに気が付いた。
「手柄を上げた手駒すらこの扱いか……、奴等にとってのカス札は未来永劫馬車馬として生き続けろってことらしいな化け物」
もう二度と見たくもなかった鳩野のツラに一発、拳をしたたかに叩き付けながら皮肉を言ってやると、肉の檻の材料に成り果てていた鳩野は負けじと口を開く。
「俺が化け物だと? はっ! 暴力しか能が無い猿が! 遂に自分のことすら見えなくなったか? 自分の小汚い姿を鏡で見てみろよ!」
「何だと?」
生きた建築物に成り下がって尚喧嘩を売ってくる鳩野への嫌悪感よりも強く、自分を脅かすような言葉を口にされ、俺はその辺に打ち棄てられていたナイフに己の今の姿を映す。
「あぁ……」
その瞬間、俺という存在がこの世から消え去りかけているのを否応が無く理解させられる。 自分からは見えない身体の部分が軒並み樹皮と化しており、遂には肩口から徐々に手先に向かって植物へ変異を始めているのに、初めて気が付いた。
『……黙っていて悪かった』
「気にするな、もし俺が速攻で動かなければ恐らくリーリアは死ぬより惨い目に遭わされていた。 だから、今さらお前やモコモコを恨んだりはしないよ」
電子生命体として考えれば、極めて異例の謝罪をするアルケニーの言葉を受け入れつつも、俺は目の前に聳える肉の檻を睨み付ける。
変な言い方だが、タイミングが良かったとも思った。 もしこの身体をこのまま放置していれば、いずれ肉体どころか意識すらも支配され、勝手に活動を始めるだろう。 そうなってしまえば一体どんな惨事が引き起こされるか見当もつかない。
ならばやることは一つ。 自身の意識が生きている間にこの身体を処分する。
俺は覚悟を決めると、首筋から伸びた一本の蔦を肉の檻に突き刺し、魔力を注ぎ始めた。 リーリアに魔力の扱い方を最低限習っていたおかげで、作業自体は滞りなく進んでくれる。
注がれる魔力が増えるに従って意識は薄れ、自らの足で立っていられなくなるがそれにアルケニーは何も言わない。 俺の意志を尊重してくれたのか、彼は既に俺の意識下にはいない。
「お前馬鹿か!? 命が惜しくないのか!?」
「死にたくないさ……。 だがな、無責任に誰かへ後始末を押し付けるのも気が引けるんだよ……。 俺は……お前ほど恥知らずじゃない……」
無駄に生きたがりの鳩野とくだらないお喋りを辛うじて続けている間にも、巨大な肉の檻を伝うように大量の枝と蔦が伸びていき、固体化していた魔力と魂が大気に放出させ、檻自体を軟化させていく。
ありがとうありがとうと、犠牲者の魂が謝意を示して大気に還る最中、檻の中で荒い息を吐いていたリーリアは、ようやく外の異変に気が付いた。
振り返った先で跪く俺の変わり果てた姿を見て全てを察したのか、檻を挟んですぐそばまで駆け寄り、音すら遮る結界を必死に殴りつけ泣き叫んでいる彼女の姿が、霞み始めた視界に映る。 そのあまりにもいじらしい姿に俺は樹木の仮面の下で思わず微笑む。
ここまで彼女に想われていたのだと、とても嬉しく感じながら。
「やめろおおおお!死にたくねええええ!!!」
自我の崩壊に直面し泣き叫ぶ鳩野の言葉を聞き流すと、俺は最期の力を振り絞って結界に寄り掛かり、リーリアの掌へ自身の掌を重ねる。
「今までありがとうリーリア……ごめんな……何もしてやれなくて……」
この言葉はきっと伝わらない。
けれどせめて、少しでも何かが彼女の中に残って欲しいと思いながら、俺は目を閉じ意識を手放した。
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