第50話 ~奪還の狼煙~

「レイジ君、起きてるか?」

「う……」


 自分でも気が付かないほど深い眠りに落ちていた俺の耳に、毛長龍の厳かな声が届く。 わざわざここまで裂け目を開いたのかと、眠い目擦りつつ俺は瞼を押し上げると、テレビの中に異界との回廊を開いていたモコモコと自然と目が合う。


「悪いな、こんな時間に起こしてしまって」

「まったくだよ畜生……こんな夜更けに何があったんだ……」

「君のパートナーの所在が分かったぞ。 他に囚われていた者達の所在。 ついでに小賢しく動き回っていた連中のことがな」

「本当か!?」


 予測を裏切る良い知らせに、思わず跳ね起きてテレビをそのまま砕かんばかりに迫るが、対するモコモコは別に気にすることもなく、鼻先に浮かべていた資料を眺めながら物理的に大きな口を事務的に開いた。


「あぁ、彼女に付与された通信用デバイスの追跡機能がまだ生きてて助かった。 彼女の現在地は、この世界のデータベースより隠匿された島。 相手は我々が来訪する以前より、各国の権力者相手に極めて特殊なサービスを数世紀に渡って提供してきた世界的な犯罪組織。 組織と根城とする島に正式な名称は無い。 名付けられ、己を定義されること自体が致命傷になることを、悪党共はよく理解していたようだ」

「御託はいい。 さっさと皆の所に送ってくれ。 デカい鉄火場になるんだろう? 俺一人が日和ってもたもたするわけにはいかない」

『いいや、この事実を知っているのは彼と私だけだ』

「……何?」


 何故だと俺が問うよりも早く、PCの電源が突然勝手に立ち上がり、灯ったメインモニタの中に実体を持たないアルケニーの蜘蛛型アバターが浮かび上がった。 モコモコと同じく、異界人同士の繋がりを維持するにはかかせない重要な個人。 その二人が何故一緒に現れたのかと俺は一瞬訝しむも、先に抱いた疑問をとりあえずぶつける。


「何故皆に知らせない? 今は一刻を争うはずだ。 バレたら身内で余計な対立が起こるぞ」

『奴等の真の狙いが分かったからだよ。“大勢の異界人による侵攻を受けて無実の民草が惨たらしく大勢殺された” という絵面を、クズ共は飼い慣らしているメディアの犬に撮らせたがっている。 異界人を共存可能な生物ではなく、殺すべき害獣として世界中に喧伝する為に』

「根拠はなんだ」

『私を誰だと思っているんだ? この世界の未発達な電脳など、私のような情報生命体から見ればただの空き地同然だ。 どれだけ小賢しく立ち回ろうがネットワークに頼る限り、私の目からは決して逃げられない』


 実家にたむろしていたチビロボット達と同じ言い草で、俺がまだ見ぬ相手を遠回しに低知能するアルケニーだが、何故それで攻撃を渋るのか分からずに俺は画面越しに蜘蛛型アバターを睨む。


「たとえそれが事実だとしても、ネットを封鎖をしながら隠蔽魔法を使って現地人に化けて乗り込めばいいだけの話だろう。 ユリウスが当たり前みたいに使ってるのを見たぞ」

『生意気なことに魔法への対策は完璧に為されている。 察するに、あちら側に組みした異界人のカスも少なからずいるようだ。 腕利きのハンターであるリーリア嬢が抵抗かなわず捕まったのもそれが原因だろう』

「リーリアが……」


 ほんの僅かな合間に連れ去られた同居人の屈託もない笑顔が脳裏をよぎり、思わずため息をつく。 最早話を聞かないという選択肢はなかった。


「それで、俺に一体何をしろと?」

「単刀直入に言うとな、ハザマ教授の簡易転送装置が完成する前に、奴等を駆除して貰いたい」

「はっ? 馬鹿な! 俺にたった一人で得体の知れない巨大犯罪組織に立ち向かえと言うのか? 正気じゃない! そもそも俺はユリウス達のようなプロじゃなく素人なんだぞ!?」

「安心しろ、君はただ死なないためにその異常に強化された身体を動かすだけでいい。 殺すのは、君の中に潜む怪物の役目だ」


 街のチンピラ共をぶちのめすのとは話が違うと食ってかかる俺をなあなあと宥めるように、モコモコは落ち着いた語調で言葉を紡ぐと、キネシスらしき魔法で裂け目の向こうから何かを投げ寄越してきた。


 反射的に翳した手の中に飛び込んできたのは、何時の日かローザ婆さんから受け取った赤いアンプル。


「これは……」

『無断で申し訳ないが中身を調べさせてもらった。 このアンプルから検出されたのは、リーリア嬢の世界に繁茂する植物の活動を著しく促進させる成分。 何故君がこんなものを持っていたかは知らないが、何か言い含められて渡されたんじゃないか?』

「……っ」


 思わず口籠もった俺の脳裏に、アンプルを手にしたローザ婆さんの神妙な面持ちをした顔が甦る。


 ――どうしてもヤバいときがあったときだけに使え。


「あぁ、確かにそう言われたよ。 何かどうしようもないことが起こった時に使えって。 あの婆さんは、俺の世界にもクソみたいなロクデナシがいるってのを察していたのかもしれないな」


 異界人以下の察しの悪さだったのかと俺は思わず自嘲し、見慣れた天井を仰ぐ。


『……勿論無理にとは言わん、君が難色を示すなら今からでも別のプランを立案しよう』

「今さら耳障りのいいことを言うのはよせ。 そもそも俺が断れないと分かってて持ちかけてきたんだろうお前ら」


 視野の広い連中が考えていることなど、小市民である俺には理解できない。


 分かっているのはただ一つ。 ここで俺が動かなければ、数え切れない程の異界人を含めた人々が不幸を背負い込むことだけ。


 リーリアのみならず、この世界に訪れている異界人達の未来を考えれば、最早選択肢はなかった。


「せっかく身体を貸してやってるんだ。 少しは人様の役に立てよ」


 心に潜む臆病風を振り払うように、俺は身体に今も巣くう寄生植物へと毒づくと、受け取ったアンプルを思い切り首筋に深々と打ち込んだ。


 ……刹那、身体中に今まで感じたほどがないほどの活力が漲ってくるのをハッキリと自覚する。 このまま動かなければ、逆に身体が弾け飛びそうだと危惧するほどに。


「畜生! どいつもこいつもふざけやがって!」

『君だけに重荷を背負わせるつもりはなかった。 くれぐれもこれだけは理解して欲しい』

「社交辞令はいいからさっさと飛ばせ! さもないとテメェらからぶっ殺すぞ!」

「ではお望み通りに。 せめて君が死なないことを心から祈ってるよ」


 自分でも御しきれない程の暴力衝動に突き動かされるまま、あの日チンピラ共をぶちのめした時以上の憤りをぶちまけると、モコモコが俺の状態を察してすぐさま足下に門を開いた。


 送り込まれた先は、地球上ではあるが正確な場所も分からない孤島の埠頭。


「リーリア……君は今一体何処にいる……」


 状況を少しでも把握すべくおもむろに顔を上げて周囲を見渡すが、真っ先に入り込んで来たのは今すぐにでも会いたかったお嬢様などではなく、既に殺害されたらしき異界人の子どもの死骸を笑いながら踏みにじるクズ共。


 身に付けている物こそ一端の兵士めいた立派な物だが、ヘラヘラと笑い合うその姿は人間というよりケダモノのそれだった。


「うん? 何だお前は?」

「その小汚い格好! 貴様招待客じゃないな!?」

「この神聖な島にどうやって潜り込んで来やがった!!!」


 何も無いところから突然現れた俺に向かい、少なくとも日本人ではない人種のゴミカス共が銃口を向けてくる。 どうやら電子的にサポートをしてくれているアルケニーが勝手に翻訳してくれているようだが、今の俺にとってはそんなもんどうだって良かった。


 体内に潜んでいた化け物の一部を遠慮無く体外へ放出し、正体を暴かれぬよう顔を植物の仮面で覆い尽くしながら俺が怒鳴ると、お返しとばかりに弾丸が耳元を掠める。


「俺達の道を塞ぐなら粉々になって死にやがれ!!!」


 警告もなく問答無用に発砲してきたのを宣戦布告と判断すると、俺は固く拳を握ってそのまま一直線に駆けだした。


 圧倒的な正当性を得た暴力の衝動に、ただ身を委ねて。


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