第49話 ~予感~

「ええい何者だ貴様ら! 何処の誰に雇われたかは知らんが私の技術は誰にも渡さんぞ!」

「大丈夫ですから落ち着いて下さい、我々は敵ではありません」

「いきなり不安定な裂け目に投げ込んでおいてその言い草が通るか馬鹿者共が!」


 異常を察したモコモコが開いてくれた裂け目を通り、命からがら異界人の拠点に帰還した俺やユリウス達を待っていたのは一人の壮年のわめき声だった。


 リーリアを連れ去られて落ち込む暇も与えられず視線を上げた先で藻掻いていたのは、草臥れたボロボロの白衣を身に纏い、身体中に拷問の痕跡が見受けられながらも決して口は閉じないハゲ親父。


 俺はその姿に既視感があった。 否、忘れるはずがない。 クマさんに付き合わされるがままクラファンに金を払わされた日、寄付ページのトップにハッキリとツラを出していた得体の知れない科学者。


 ソイツが縄で手足を縛られたまま、床の上をエビよろしく飛び跳ねつつ元気に喚き立てていた。


「まったく、独裁者のクズに拉致されたかと思えばメディアと銀行屋の走狗共に捕まり、休む間も無く薄汚い戦争屋から莫大な金塊で買われた挙げ句、人身とヤクの流通大手に流される。 そんでもって今度はこの世界に密入国してきた化け物に囚われるか。 一体私は前世でなにをしでかしたことやら」

「分かりましたから落ち着いて下さい、我々に敵意は御座いませんので」


 一足先に帰還していたアントニウスがハゲの手足を縛っていた縄を切ると、そいつはようやく多少は大人しくなり、用意されていた椅子にドカリと偉そうに座ってみせる。 内に宿る猜疑心を一切隠すこともなく赤裸々にしながら。


「危険な真似をして連れ出して申し訳なかった。 ハザマ教授、貴方を危険に晒すつもりは無かったのです」

「ハッ、最初は誰もがそう紳士ぶって接触してきたよ。 だから私は口先だけでは君達の事を信じない。 お前達異界人が、この世界の人様の敵ではないというハッキリした証拠を見せたまえ」


 周囲を取り囲むこの世界の生命体で無い者達に強い嫌悪を剥き出しにしながら、教授とやらはまともに取り合わない。 このままでは埒があかないと察した俺は、今まで粘り強く説得を続けていた黒豹の紳士に手振りだけで代わるように伝えると、未だに強気の態度を崩さないハゲを負けじと睨んだ。


「証拠なんてないが、少なくとも俺が見ている限りには重大な事件を起こした輩はいない。 万が一そんな真似をしでかすような連中だったら、俺が通報して駆除して貰っていたよ」

「ふん! 異界人が警察と通報だと? 戸籍も持たない不法入国者がなにを……」


 ただの迷いごとだと一蹴しようしたハゲだったが、俺に視線を向けた瞬間、態度が急変する。 年の功を笠に着た横暴で乱暴な口調のジジイから、極めて理知的で何故か同情の感情を露わにする研究者のそれへと。


「まさか君は地球人……、それも何か身体に混ざっているな?」

「分かるのか?」

「長いこと別の世界の研究を続けているとな、察してしまうのだよ。 これは異界の何か、それはこの世界の何か、あれは混ぜ物ってな。 しかし何故そんな身体に?」

「アンタのせいだよ。 アンタがイタズラに門とやらを開きさえしなければ、俺は普通の人として生きていけたはずだった」

「……そうか、悪いことをしたな」


 俺の苦言を受けて何か思うところがあったのか、教授は俺の顔を一瞥した後、尊大だった態度を改め、疲れた様子を露わにする。


「今となっては正直後悔しているよ。 あんな理論を発表しなければ私は、暴力以外に誇るものがない悪魔の猿共によって人生を玩ばれることもなかった。 どいつもこいつも私の理論を陰謀論者の世迷いごと呼ばわりしておいて、いざそれが有用であると理解した瞬間、成果を奪うためにあらゆる手段を行使しやがったよ」


 ここに連れてこられるまでにも相当痛い目に遭わされたようで、多数の痣が刻まれた身体を労るようにもみほぐしながら、教授は俺を含めたその場にいる全員にぐるっと草臥れた視線を向けた。


「それで、一体何が望みだ? ただこうやってくだらんお喋りをするためだけに捕らえた訳では無いのだろう?」

「本来保護するはずだった同胞達や現地人達、そして救出任務に従事していた同胞一名が突然消えた。 恐らくは門を使った攻撃だろうと私達は推測している。 故に貴方にはその捜索に協力していただきたい」

「突然消えた? 奴等め、私に仕掛けていた雑なセイフティのみならず、まだ調整も終わってない玩具を使って神気取りか……」


 以前も同じことをされたのか、教授はただでさえ不機嫌だった表情をさらに深刻に歪ませ、ゆっくりと立ち上がると、何の気後れもなく頷いた。 その言葉に躊躇いや疑いの気配はない。


「捜索するまでも無い、奴等の本拠地の座標は頭の中に叩き込んでる。 もしお礼参りをするというのなら是非協力させて貰おう。 奴等には両手足の指を使っても数え足りないほどの恨みがある」

「……いいだろう。 ならばこちらからも必要となる機材や人員は提供しよう。 行動は何事も早い方が望ましい」

「交渉成立だな、必要なものが揃い次第準備に取りかかる」

「頼んだぜ、大先生様よ」


 ユリウスとアントニウス、そしてその他の頭脳労働係らしい種族が軽い話し合いを挟んだ後、異界人側の代表格である獅子頭の好漢は、教授の要求を不敵に笑いながら承諾した。


 全ては連れ去られた皆を取り戻すため。 正当性は確実にあるし、教授も嘘をついている気配はない。 そのはずだが……。


「……っ」


 おかしい。 あまりにも話が出来すぎている。 確実な根拠も無く、言いがかりであると言われたら反論の余地もないが、何か本能的な不安感が俺の思考を襲う。


「どうしましたレイジ殿。 顔色が優れないようですが」

「何でもない……、ただリーリアのことが心配になっただけだ……」


 俺の様子がおかしいことに気が付いたアントニウスが気をかけてくれたが、俺は軽い返事を返すに済ませた後、窓の外から視線を投げかけてくるモコモコに軽く声をかけ、自宅へ繋がる門を開いて貰う。


「今日は色々疲れた、何かあったら声をかけてくれ」

「……分かった、大変だったな」


 パートナーを奪われたことの意気消沈であると解釈してくれたモコモコの労りの言葉を背に受け、いつもの我が家へと帰り着くと、俺はそのままベッドに倒れ伏す。


「何でだ? 何故俺はこんなに焦っている?」


 リーリアを連れて行かれたことの焦燥は確かにある。 だがそれ以上の説明しがたい危機感が、俺の心を揺らし続けていた。

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