第47話 ~悪意の化身~
長い移動を挟んであっという間に迎えた夕暮れ時、隣町のさらに外れに位置する辺鄙な山の中へ、俺達を乗せた車は乗り込んでいく。 定期的な整備すらも施されず、所々砕けた道路を道なりに進み続け辿り着いたのは、既に寂れた工業地帯が見下ろせる山の中腹。
そこには人知れず大きなパイプテントが設営され、中からは微かな灯りが零れている。
「おうおう待たせたな御同胞達、長らく待たせて悪かったな」
ここはどこかと周囲を訝しみながら見渡す俺達を引き連れながら、ユリウスは横幕を乱暴にまくり上げてテントへと入り込む。 中には虫のような外見の厳つい怪物、流動する身体の中にグロテスクなコアを収めたスライム、身体中に配されたアンテナから役割が察せられるロボット、そしてユリウス同様に獣の頭を持った種族がそれぞれ入念に持ち物を確認していた。
「お帰りなさいませ陛下、お待ちしておりました」
真っ先に出迎えてくれたのが、粗野な見た目に反して聡明な語調をした黒豹頭の男。 彼はユリウスの前に跪くと、傅くように深々と頭を垂れた。 もっとも、忠誠を示された当人は色よい反応を返さずバツの悪そうに鬣を掻く。
「そう畏まるなアントニウス、何度も言うがこの世界じゃ身分の差もクソもない」
「お気になさらず、私は好きでやらせて貰っているだけですので」
「俺が気にするんだよ堅物野郎」
後ろ盾のない権力者など何の価値もないと、周囲から浴びせられる視線を恥じるようにユリウスは言い捨て、外付け機械とボディを直接ケーブルで繋いでいたロボットの肩を叩き、促す。
「とにかくこれで駒が揃った。 メッセ君、先に行った連中から何か返事はあるか?」
『偵察隊からは既に廃工場内に設けられたラボの地図と巡回記録をいただいてます。 トラブルさえなければ速やかに作戦を終えられるでしょう』
「ちょ……ちょっと待ってくれ! 俺達は未だ何が起きているのかも説明されていない! 作戦って何だ? お前ら何をする気なんだ?」
名を呼ばれたロボが何気なく返した言葉から、ろくでもないことに巻き込まれていることを察し、俺はリーリアの不安げな視線を背に受けながら説明を要求する。 その途端、テントの中にいた人員は皆一斉にユリウスを睨み付けた。
「陛下、貴方説明を省きましたね?」
「ワザとじゃない!慣れない運転に夢中だったんだ!」
「言い訳はよろしいです、代表者としてさっさとお二人へ説明を。 我々はさっさと持ち場へ着いていますので」
今は少しでも時間が惜しいとばかりに、電子戦担当であるメッセを除いた全員がテントから飛び出し、薄暗い森の中へと消える。 音も無く、自分達がそこにいたという痕跡すら残さずに。
「さっきの方々、素人じゃないわ。 一体何をしでかすつもり?」
「あぁ……端的に言うとな、俺達異界人を資源扱いしてとっ捕まえてきたカス共を潰すのさ。 迂闊に手を出したら惨たらしく死ぬとしっかり分からせる為にな」
「つまり、レイジ君に人殺しをさせると言いたいのね?」
「……」
常に死線に身を置いていたからこそ分かるのか、リーリアが狩人としての殺気を纏いながら詰問すると、ユリウスは返答代わりに重々しく沈黙してみせる。
当然、俺は強い拒絶の念を抱いた。 別に悪党共がどんな惨い目に遭って死ぬかは別に知ったこっちゃない。 だが、自分の手で息の根を止めるとならば話は別だ。 この世界の表側で地道に生きてきた人間である以上、殺しなど言語道断としか考えられなかった。
「悪いが別の連中に頼んでくれ、俺は罪人として吊されたくはない」
「二人して早合点するな! お前らに頼みたいのは一緒に捕まっていた現地人の保護なんだよ!」
「現地人だって? 何でこっち側の人間まで捕まってるんだよ」
『ただの現地人ではありません。 この世界が異界間を繋ぐハブとしての役割を持つに至る要因を生んだ人物。 そして、異界に関する出来事と接しすぎてしまった方々も共に監禁されています』
「何だと?」
一見ふざけてるとしか思えない話だが、即座に見せ付けられた酷薄な映像が二人の話が嘘でないことを裏付ける。 さらに囚われた人々の中から、国に保護され治療中であるはずの中善院さんの姿を見出し、俺を瞠目させた。
「馬鹿な……、どうしてあの人がここに!?」
『驚くようなこともないでしょう。 既に多くの国が、異界に関する事柄を少しでも探ろうと躍起になっていますからね。 ともかく、我々を目にして現地人達がパニックを起こしては、作戦に大きな支障が出ます』
「だからな、俺達が敵性存在を誘い出してる間、増援が来る前にモコモコが開いた裂け目まで連れ出して欲しい。 異界人の虜囚は我々が担当する算段だ。 お前らが戦う必要は無いから……」
力を貸して欲しいと、俺より二回りは大きいユリウスが情けなく頭を垂れて懇願する。 勇壮な偉丈夫が取るとは思えぬ卑屈な行為は、その姿をより一層惨めに腐らせてしまっていた。
「分かった分かった、やるからさっさと頭を上げてくれ。 さっきの動画の中に顔見知りが混じってたんで断る訳にもいかない」
『ありがたいです。 ではさっそく任務に必須となる道具を装着させていただきます。 ただ念じるだけで会話や情報のやり取りが可能となる軟膏式通信デバイスです』
「軟膏ってマジかよスゲぇ……異界じゃこんな発明がゴロゴロ転がってんのか……」
頼みを受け入れると同時、メッセに渡されたものを半信半疑に肌へ刷り込んだ瞬間から、既に任務遂行中の異界人によって処理された情報が俺の頭に直接流れ込んでくる。
「凄いわね科学って、先に出発した方々の位置が手に取るように分かる」
「ほら、俺もリーリア準備完了だ。 時間が押してるならさっさと連れてけ。 そもそもお前らが先に露払いしてくれないと皆を逃がせないだろ」
「まぁまぁ急かすなよ、こういう時に慌てるとつまらんことで事故るからな」
仕事に誘った時とは裏腹に、やる気になった俺達を宥めるユリウス。 夕日を浴びて燃えるように輝く鬣を靡かせる偉丈夫は、俺達に軽く手招きをすると勢いよくテントを飛び出した。
慌てて後を追った俺達の眼下に見えたのは、既に工作活動を行っていた先遣隊の成果。 カメラはあらかた破壊され、車庫や外に停められていた車も使い物にならないよう念入りに潰されている。 おまけに廃工場を囲む壁沿いにはいくつかの電波障害装置らしきものが転がっており、相手の孤立化が完全に為されていた。
「うんうん、早い仕事で余は満足だぞ皆の衆」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと彼らを連れて行って下さい。 アホ共と遊んでやる暇など我々にはないのですから」
長引いて物量勝負に追い込まれたら流石の腕利き揃いでも分が悪いと、アントニウスの遠慮無い申告が俺とリーリアに与えられたデバイスにも伝わってくる。
「……先に暴れてる人達のおかげできっと陽動が効いてる。 だから後は私達だけでも大丈夫。 貴方は他の方々を助けに行ってあげて」
「了解、くれぐれも無理をすんなよ。 特にそこの素人」
「俺だって死にたくないから馬鹿な真似はしねぇ」
突っ立ってしゃべる時間も今は惜しく、分かれ道に差し掛かった瞬間に俺達とユリウスは一切スピードを落とすことなく別れた。 遠くから銃声や悲鳴が聞こえるあたり、かなりの激戦が予想されるが今は自分達が託されたことをやり遂げるだけで精一杯。
「なんでこんなことに……警察は一体何をやってるんだよ……」
役立たずの騎兵隊への文句を零しつつ、俺達は頭の中に注がれる情報を頼りに地下へと遠慮無く踏み込んでいく。 陽動が効いているというリーリアの予測は正しかったようで、今のところ俺達に襲い来る反社構成員は誰一人としていない。
「牢獄までもうすぐね……、早く解放してここから離れましょう」
「あぁ、これ以上厄介ごとを抱えるなんてごめんこうむりたい」
銃火器を持った人身売買業者など、普通の人生を送る上で最も関わり合いになりたくないクズだと俺は思わず吐き捨て、リーリアの方へごく自然と視線を向けた。
――刹那、俺の心臓が早鐘のように鳴り、異常に強靱化した肉体を躍動させた。
この瞬間、俺だけが見えていた。 リーリアがほんの一瞬気を緩めて俺の顔を見返してくれるとほぼ同時に、古びたコンクリートの壁の向こう側から、グロテスクな肉塊が一直線にこちらへ向かってるのが。
「リーリア! 危ない!」
「えっ?」
戸惑うリーリアに構わず、俺は咄嗟に彼女を抱き締めて床を蹴る。 たった心臓の数拍しか感じられないような僅かな間。 それが過ぎると同時に、さっきまでリーリアが居た空間を謎の生き物が通り過ぎ、全てを挽き潰していった。
「何よあれ……あんな怪物がこの世界にもいるなんて……」
「いや違う、アイツは!」
俺はそいつに見覚えがあった。 いや、正しくはそいつの馬鹿でかい図体には不釣り合いなほど小さな頭に。
あるはずだった俺の平凡な未来と、家族の仲をズタズタにしていった輩に似通った面構えに。
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