第46話 ~因縁~
実家に帰って早二三日が過ぎた。 とは言ってもその間、大したイベントらしいイベントが起きた訳では無い。
好奇心旺盛なリーリアが望んだ通り、昔の話を聞かせたり自分のゆかりの地を回ったり、或いはフォークス達を交えて異郷同士情報交換を行った程度で、後は時折家族に冷やかされながらものんびりと時を過ごしただけ。
刺激も何も無く退屈じゃないかと何度か彼女に問い掛けたこともあったが「貴方がそばにいてくれるならそれでいい」と、微笑みながら返されるばかり。
しかし、そんなだらだらとした日々を実家で無責任に送るにはあまりに忍びなく、俺はリーリアと相談した上で帰宅を決めた。
「まったく、ずっと家に帰ってこなかった分ウチにのんびりしていていいのに。 仕事場だって未だに閉鎖状態なんでしょう?」
「だからって家をずっと開けておくのも心配なのさ。 一人暮らしだと特にね」
「はぁっ? アンタまだリーリアさんと同棲してないの!? 実家に連れてくるくらいの仲ならアンタの方からさっさとアプローチしな!」
「い……いや、そこまで迫られても受け入れるかはリーリアの判断だし……」
「あーもう!れーちゃんも母さんもうるさい! 話すならもっと静かに話しなよ! 本人だって聞いてるんだから!」
そろそろ自宅に帰ることを告げた次の日の朝、フォークス達に手伝われて帰り支度を進める俺に向けられるは母さんの極めて下世話な言葉。 御託はいいからさっさと懇ろになれと母さんが俺に向けるデリカシーのない言葉は、自室にリーリアを招いて談笑していたみひろの神経を逆なでした。
「私に恥をかかせないで」と言わんばかりに部屋から飛び出してきたみひろは、俺に冷たい視線を向けていた母さんへ遠慮無くがなり立て、さっさと外に追い立ててしまう。
当然後から口論になって貰っては面倒なので、俺はなあなあとみひろを宥めながら立ち上がった。
「まぁ落ち着けって、それよりリーリアはどうしたんだ? タクシーの時間までそろそろなんだが……」
「すぐそこにいるよ。 気になるなられーちゃんが呼んでみれば?」
「何だよそりゃ、お前さっきまであの子と一緒にいたんだろうが」
「そんなことは知りませーん。 聞こえませーん」
「……ったく、おいリーリア? そろそろ迎えが来るから出てきてくれ!」
何だか乗せられてるような気がしながらも、俺はみひろの部屋がある二階へそれなりの大きさの声で呼び掛けた。 ……その瞬間、何者かが音もなく背後に忍びより、俺の顔にすっぽりと袋をかけた上で抱きついてきた。
「ぶっ!?」
「えへへっ、だーれだ?」
「……リーリア、君以外にいるわけないだろ?」
顔をピッチリと包んだ袋をホイッと投げ捨てつつ、俺はイタズラを仕掛けてきたお嬢様を見やる。 忙しい時にするべきことじゃないだろうと小言を伝えるために。
だが今のリーリアの姿を視界に収めると同時、吐き出そうとした言葉は胸の底に落下したまま帰ってこなくなった。 代わりに出てきたのは小賢しい妹への問い掛け。
「おいみひろ、企画立案はお前か?」
「当たり前でしょ? 困ってる子は助けてあげなくちゃね!」
後方彼氏面で偉そうに頷くみひろの生暖かい視線を背に受けつつも、俺は顔が上気するのを感じながらリーリアと真正面から見つめ合う。 普段着ている動きやすさ重点の衣装と全く趣きの異なる、小洒落た服を着せられてすっかりと垢抜けて見違えた彼女と。
「ねぇレイジ君、このお洋服私に似合うかな?」
「……ああうん」
スカートの両端を軽くつまんでひらひらと舞わせ、微かに頬を赤らめながら微笑む彼女の姿は、柔らかな春の日差しを浴びて舞う桜の花弁のよりもずっと美しく思えた。
だが悲しいかな。 昔から女遊びとは無縁だった俺には、異性なら誰しも喜ぶような歯に浮く台詞を何一つ思い浮かべない。 故に何とか絞り出せたのは何の面白みもない言葉。
「あ……あぁ似合う。 今まで見た中で一番素敵だと思うぞ」
「ちょっとれーちゃん何よそれ!? そんな言い方じゃ駄目じゃない!」
途端に、衣装の買い出しに付き合ったであろうお転婆が割って入り、気が利かない俺の腕を容赦なく抓る。
「いでででででで!?」
「大事なパートナーなんでしょ!? だったらもっと気が利いて寄り添った言い方しなさいよ!」
「ぷ……プライベートでちゃんと伝えるから怒るなって……」
「本当? そんなだから誰もれーちゃんを一人の男性として見なかったんじゃないの?」
「ぐっ……」
痛いところを問答無用にビシバシ突かれて言い負かされるのは、正直な話リーリアに見られたくない程度にはみっともない。 このまま放たれるであろう二の句三の句で兄の威厳を徹底的に叩き潰されるのを思わず覚悟するも、外で一人タクシーを待っていた親父が意識せず助け船を出してくれた。
「おーい、準備が出来たならさっさと出てきなさい。 人様を待たせるんじゃないぞ」
「はいはいっと、じゃあなみひろ。 それとチビ助達。 親父と母さんを頼む」
「「「お任せ下さい」」」
「まったく……、大学通い始めるまでの貸しだからね」
小さなロボット達と、ため息混じりの妹の返事を背に受けて、俺とリーリアは連れ立って無駄にデカい門をくぐり抜ける。 ずっと昔、仲睦まじかった頃と同じように再び並んで立っている両親の暖かな見送りを受けながら。
「リーリアさん、そこのアホに困らされたらいつでもここを頼ってくれ。 我々のことを家族と思って貰っても構わないからな」
「私達はいつだって貴方達の味方、忘れないでね」
タクシーに乗った俺達が出発する直前まで名残惜しそうに語りかけてきた両親。 帰宅前に想像していた以上に老け込んでいた二人は、タクシーが曲がり角に差し掛かる瞬間までこちらに手を振り続けていた。
「羨ましいな、あんな素敵な家族がいたなんて」
「君が思っているほどじゃない。 俺はその素晴らしい家族の欠点を見てきてるからね」
「でも、憎んだり縁を切る程じゃないんでしょ?」
「まぁな」
「わざわざ両親への挨拶なんて随分と殊勝なことだな。 やはりお前は顔で損してるよ」
「……なんだと?」
リーリアと話している最中、突然赤の他人である運転手から投げかけられた失礼極まりない言葉。 だが、その声は俺に怒りよりも先に戸惑いの感情を生ませる。 なぜこんな小男から知っている大男と同じ声がするのかと。
その瞬間、運転手の身体全体が文字通り蜃気楼のように揺らぎ、その下に隠されていた獅子頭の偉丈夫の姿が垣間見えた。
「ようお二人さん、相変わらず仲睦まじいことで羨ましいな」
「ユリウス!? お前こんなド田舎で白タクやってるなんて……、まさか都会で銀行強盗でもやったのか?」
「ちげぇよ馬鹿! アルケニーに頼まれたのさ。 お前を迎えに行ってくれってよ」
「俺を? どうして?」
身の丈に合わない小さなハンドルを指でつまむように操作する傍ら、ユリウスは助手席に積まれていた資料束の一部を器用に後部座席へと乱暴に投げ込んでくる。
「俺も詳しくは聞かされていないが、事の発端はお前なんだから責任を取れだとさ。 取り敢えずそれ見せれば全部納得してくれるんだと」
「なんだよそりゃ」
ユリウスに言われるがまま、俺は渡された資料に目を落とす。 そこに書かれていたのは異界人の出現に呼応した反社会勢力と、それに準ずるお友達共の碌でもないビジネスの記録。
そして……。
「馬鹿な! どうしてコイツがまたこの街にいるんだ!?」
どこから拝借してきたのかも分からない一枚の画像に映っていたのは、徹底して悪党共にへりくだる小汚い格好をした男。
忘れられるはずもない。 そいつはずっと昔、俺と家族を破滅に導かんとしたお偉方の馬鹿息子だった。
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