第37話 ~不器用な真心~
「おや、随分遅いおかえりだったな。 言ってくれればここまで送ってやったのに……」
「まだ自分の足で歩けるからな、過剰な心配はいらないよ」
共同住居に帰ってきた俺達へ真っ先に声をかけてきたのは、他の住人の希望に合わせて住居を構成する物体をこね回していたモコモコ。 既に完成していた他の住居パーツを宙に浮かせ、全体的なレイアウトを考えながら作業していたらしき偉大なる龍は、挨拶もそこそこに俺達を割り当てられた部屋へとさっさとワープさせた。
「何があったかは聞かんが、明日へ引き摺らないよう早めに休むんだな」
「あぁ……、分かってる」
軽い忠告を最後に消えるモコモコの気配。 気を遣ってくれたのかは知らないが、プライバシーが完全に確保されたのを見計らい、俺はようやく押し黙ったまま背後に控えていたリーリアの方へ目線を合わせる。
「そんなに申し訳なさそうな顔をしないでくれ。 検査の結果は良好だった。 君が危惧するようなことは起きない」
「本当?」
「ああ、本当だ」
嘘だ。 俺の命は既に十字架へ磔にされているも同然。 いつ脳を破壊されて主導権を奪われてもおかしくない。 しかしその事実を今の彼女に伝えるのはあまりにはばかられた。
俺の脳裏によぎるのは、リーリアの家で大事に保管されていた親父さんの生首。 植物の化け物に内側から食い破られた挙げ句、娘に介錯されたことを示す残酷な痕跡。
きっと、彼女の心を深々と抉ったであろう出来事と重ね合わせないようにするため、俺は悟られないよう笑ってみせる。
「ああ本当だ、俺は死ぬまで人間として生きられる。 だから安心するんだ」
「本当? 本当に? なら良かった」
咄嗟に俺が吐いた嘘へ縋るように呟いた直後、リーリアは緊張の糸が切れたように力無くその場へ座り込んだ。
「おいおい、何もそこまで……」
責任を感じる必要はないと声をかけようとした瞬間、俺は思わず言葉を呑み込む。
リーリアが泣いている。 情けなど無い過酷な世界で生き抜いてきたはずの彼女が、大粒の涙をぽろぽろと零し、微笑みながら泣いている。
「私ね、貴方の背中から化け物が飛び出した瞬間からずっと思ってたの。 私が貴方の人生を奪ってしまった。 私がいなければ、貴方はきっとこんな目に遭わずに済んだんだって……」
「リーリア……」
時々しゃくり上げて言葉を詰まらせながらも、彼女は胸に溜まっていた不安をゆっくりと吐き出していく。 俺が嘘をついていたことなど、何一つ知らずに。
そんな彼女の涙を、俺はただ黙って拭ってやることしか出来なかった。
「ごめんなさいレイジ君……」
「謝らなくて良い、これは事故だったんだ。 君は何も悪くない。 悪いとすれば、いきなりこの世界に門を開いた神様とやらだろう」
ひとしきり気持ちを吐き出して落ち着いたリーリアの手を引いて、俺は彼女をソファに座らせてやると、俺自身も彼女の隣に腰掛ける。 そして自然と、以前から気になっていたことを口にした。
大した理由は特にない。 ただ、今は何気ない沈黙が辛くて堪らなかった。
「君の親父さんはどんな人だったんだ?」
「……賢くて優しい人だった。 母さんが狩りに行っている間、父さんが私に魔法のイロハを教えてくれたの。 少しでも魔物に抵抗できるようにって。 今考えたら、父さんは自分がいつ死ぬのかまで分かっていたのかもしれない」
ずっと昔に置いてきた幸せな日常の記憶。 父のことを聞かれてそれらも共に思い出したのか、リーリアはどこか悲しげな笑みを浮かべる。
「すまない、迂闊に聞くべき話じゃなかった」
「大丈夫気にしないで。 ちょっとぼーっとしちゃっただけだから」
「そうか……」
詫びを入れた俺に気を遣ってくれたのか、リーリアはすぐに首を横に振って否定すると、そのまま俺の肩にしな垂れかかった。
「リーリア?」
「ごめんレイジ君……、今日は色々あって疲れちゃったから……」
「構わない、ただ寝るときはちゃんとシャワーを浴びてベッドで寝るんだぞ?」
思えば、今日はずっと身体を酷使し続けっぱなしだったと今さらになって考えながら、俺はリーリアの為すがままになり続ける。
すると、リーリアは上目遣いでこちらの顔を見上げ、少し顔を赤らめながらおずおずと口を開く。
「あのね、今日は一緒の部屋で寝ていい?」
「ん? それは別に構わないが……。じゃあベッドは君が使ってくれ」
「違うの! 今日だけはそばに居て欲しいの……」
「何だって!?」
全く想定していなかったお願いに困惑し、俺は思わず身を仰け反らせるが、リーリアの妙に気迫の篭もった視線を浴びせられると、やんわりと断ることが出来なくなってしまう。
「……そばで寝るだけだぞ?」
「うん! 約束よ!」
渋々ながらの俺の了承を得るや否や、彼女は喜んで寝る支度に入っていく。 何だか良いように遊ばれてるように感じながらも、俺は大人しくシャワーの順番を待った。
自分が自分で無くなる不安を、とりあえず頭の片隅へと追いやりながら。
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