第36話 ~絞め殺されゆく命~
クマさんの大袈裟としか思えない指示のもと、大勢のスタッフ達が入れ替わり立ち替わりに俺を複数の検査室へと連行していく。
単純なレントゲンから、俺が全く知らないハイテク機器による診断まで。 検査が進む都度に、重苦しい表情をした看護士や医者達が資料を抱えて足早に病棟の奧へと消える。
「一体何が起こっているんだ?」
各検査を終える都度に信じられられないような目、同情するような目、怯えに染まった目と、俺が知り得ない情報を見て仰天する看護士達の姿がイヤでも視界に入ってしまう。
「人を見世物扱いしやがって……」
検査の為に通されたはずが、これではまるで檻に入れられた動物だと、軽い不満が込み上げてくる。
そんな折り、受付前に置いていってしまったリーリアのことが頭に浮かび、彼女のことを考えることで辛い現実から逃れた。
「流石に帰ってるよな、これだけ時間がかかってると……」
一通り検査が終わって結果を待っている間、ふと窓の外へ目をやると、既に日はとっぷりと暮れており、家主を迎えた家々の窓から淡い光が洩れていた。 日付こそ回っていないが、それでもただの検査にしては長すぎる。
自分の身体に異常なことが起こっているのはうすうす気付いていたが、ここまで根掘り葉掘り調べられると流石に不安が込み上げてしまう。
「何でこんなことになっちまったんだ……」
これが異界に触れたことへの罰なのだと言うのなら、何故異界へ繋がる門を開いたのだと、神という名の無責任な傍観者への苛立ちが、俺の心を蝕んでいく。
しかしそれも、待合室に響いた抑揚のない声によって霧散し、俺を現実に引き戻した。
「鷹見さん、診察室へどうぞ」
「あぁ……、分かりました」
処刑台に引っ立てられる罪人よろしく、絶望が背に這い寄ってくるのを感じながら、俺は診察室に足を踏み入れていく。
中で待っていたのは、うずたかく積み上げられた資料に黙々と目を通していたクマさん。 彼は俺の顔を見るや否や、哀れみに満ちた眼差しを一方的に向けてきた。
「アンタもそんな目で俺を見るんだな」
「今回の検診結果を見れば誰だってそうなる」
「そうかい、だったらいつまでも勿体振らずに教えてくれないか」
一切訳も知らされぬまま哀れみを向けられ続けては、流石の俺でも不満の一つでも覚えてしまう。
「寄ってくる看護士さんらが皆気の毒そうな目で俺を見てくるんだ。 一体何がどうなってる? 怒らないから聞かせてくれ」
「簡単に言ってくれるな、君が思っている以上に事態はずっと重いんだぞ」
「そりゃ何となく俺だって思ってるよ、普通の人間じゃ有り得ないことになってるって。 だからこそ知らなきゃ行けないんだろ?」
「……君がそれを望むのなら、今分かっていることだけでも親切丁寧に教えてやる」
言外に諦めるつもりはないことを示しながら話す俺を見て、クマさんはついに根負けしたのか深々とため息を吐くと、俺に知らせたくなかった情報とやらをホワイトボードに張り出した。
各診断の仔細な結果と、俺には全く分からない大量のデータ。 それらを棒で指しながらもクマさん自身は俺の顔にしっかりと視線を向けてくる。
「まず君の基本的な身体の情報だが、この時点で異常なことが確認出来る。 血中からはこの世界には存在しないはずの成分が見つかり、肺活量や血圧も人間が持ちうるレベルを逸脱して……」
「身体能力が滅茶苦茶なことになってるのには気付いていたから、今さらそこまで驚くようなことじゃないと思うんだが」
「医者の話は黙って真剣に最後まで聞け。 本題はここからだ。 何故人間としての体格を維持しつつ、人間のみならずこの世界の生命体としての限界を超越した力を得られたのか。 専門的なことは理解出来ないだろうから、門外漢でも一発で事態が把握出来る資料を持ってきてやったぞ」
そう言いつつクマさんが差し出してきた複数枚のレントゲン写真らしきなにか。 それを手に取って眺めた瞬間、俺は背筋に冷たいものが流れるのを自覚した。
「馬鹿な……一体なんだこれは……」
思わず取り落としたそれに写り込んでいたのは、普通の人間とかけ離れた構造となっていた俺の体内。 知らぬ間に人様の中に潜り込んでいた植物の化け物が、俺の身体を勝手に改造し尽くしていた。
本来なら脊柱があるべき場所には、太く強靱な茎が代わりに居座っており、それを起点として蔦や根っこ、もしくはその他の神経繊維らしきものが体内のあらゆる場所に通っている。
文字通り頭のてっぺんから足先に至るまで、例外となる部位は一切ない。
「本当に……本当にこれが人の身体か……?」
「ナターシャの時も勿論酷かったが、それとは比べものにならないほど侵蝕が進んでしまっている。 正直な話、自由意志を保っているのが不思議なくらいだ」
足下に落ちたレントゲン写真を拾い上げ、改めてホワイトボード上へ貼り直すクマさん。 その表情からは強い同情の念を感じられるが、医者としての責任に殉じてか淡々とした説明は続く。
「おまけにコイツの生育はまだ終わっていない。 君の脳組織を使って外部の情報を収集し、死なないよう適度に力を分け与えながら、じっくりと肉体の支配権を強めているように見える」
「馬鹿な! じゃあ俺はどうなるんだよ!!!」
「逆に君に教えて欲しいよ私は。 ナターシャよりずっと病状が酷いはずの君が、何故元気に五体満足で動けるのかをな」
思わず声を荒げてしまった俺に一切臆さず、無表情で逆に問い返してくるクマさん。 当然上手く言い返すことなど出来ず、俺はただ押し黙ることしか出来なかった。
「さっきの資料を見て分かったと思うが、摘出手術も不可能だ。 君の臓器にどれだけのダメージが及ぶか未知数な上、抵抗するコイツの手によって、施術する私や他スタッフ達の命も危険に晒される」
「でしょうね」
つい半日前、自身の体内から這い出してきた化け物の姿が脳裏をよぎり、俺は大人しく頷く。
クマさんの予測は限りなく正しい。 もし無理に手術を行えば間違いなく多くの命が犠牲になる。 それを考慮すれば、俺のワガママを通すことなど出来なかった。
「君が望むなら緩和ケアを行ってもいいが」
「ありがたいけど今はまだいいよ。 現に俺はまだこうやって元気なんだ。 この先の身の振り方は俺が決める」
「……そうか」
これ以上憐憫の情を一方的に向けられながら話すこともないだろうと、俺は礼もそこそこにそそくさと席を立った。
逃げるようにクリニックの外に出た俺を待っていたのは、街灯無しでは一寸先も見えないような夜の闇。
まるで俺の未来を象徴するかのような暗黒が、俺の身と心を包む。
だが、物陰から音も無く歩み出てきた人影が、俺の心に射し込んでいた絶望を微かに和らげてくれた。
「リーリア、待っててくれたのか?」
俺からの問い掛けに彼女は何も返してはくれなかったが、黙って寄り添ってくれることで答えてくれる。
そんな彼女の温もりをそばに感じながら、俺は時折星空を見上げつつゆっくりと家路についた。
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