第34話 ~血塗れの百合~
俺の背中を切り開き、鮮血を撒き散らしながら生えてきた謎の植物。 潮流に乗って揺らめく海藻よろしく、しばらくの間勝手に揺れ動いていたそれは、大気中の魔力を吸って急激な成長を遂げると、空洞内の壁全てを引き剥がさん勢いで暴れ始めた。
こちらからのコントロールは一切受け付けず、俺が出来ることと言えば勝手に外へ飛び出さないよう、地下茎代わりに足を踏み締めて堪える程度。
ちょっとした弾みで主導権を奪われるような綱引きの最中、数本の蔦を掴んで化け物の動きを抑制しながら考える。
一切身に覚えが無かったワケではない。 リーリアと出会って以来、肉体が異常に頑強になったのは紛れもない事実。 しかし俺はその原因を魔力の方にあると一方的に決めつけ、深刻に考えることを拒否し続けていた。
「つまり、迂闊に異世界の人間と交流を行ったツケが今さら回ってきたと。 神とやらも随分と手の込み入った嫌がらせをしやがる」
今冷静に考えれば、寄生のチャンスはいくらでもあった。 この世界の大気を吸い、水を飲み、食物を摂取し、何よりリーリアと共に行動している。 ロクに抗体も無いであろう俺がこの世界の寄生生物共の標的にされることなど、冷静に考えれば必然だったかもしれない。
しかし今のこの状況は、現地人であるお貴族様連中にとっても異常な状況であるようで、狡猾であるはずの連中ですら黙って俺の動向を伺っている。
唯一動けたのは、お貴族連中が仕掛けた小細工に心身を甚振られながらも、こちらに気をかけてくれたリーリアだけ。
「レイジ君……私……こんなことになるなんて……」
「何も言わなくていい、俺は大丈夫だから早く逃げるんだ」
自責の念に打ちひしがれ、悲しげに顔を歪める彼女を傷付けぬよう言葉を選びながら、俺は無理にでも笑みを見せてやる。
だが、こんな何気ない会話すらも俺に寄生した化け物は気に入らなかったようで、数本の蔦を急成長させると、嫌がらせのようにリーリアの急所めがけて突っ込ませた。 本来の彼女であれば容易く避けられただろうが、今の状況ではただ息を吸うことすらもままならない。
圧倒的な力を持つ存在がやるにはあまりにみみっちい行為。それを目撃した瞬間、寄生生物共に封じ込められたはずの異常な膂力が怒りと共に俺の全身を駆け巡った。
「このカスが!!!」
怒号と同時に、俺はリーリアを殺そうとした蔦を容易く掴み上げると、ただの握力だけで断裂させる。 誰がこの身体の主人であるのか、しっかりと分からせるように。
「テメェに意志があるかは知らないが良く聞け。 今度その子に手を出したら、テメェが勝手に根付いた俺の臓器ごとぶっこ抜いて殺してやるぞ!」
全く動けない相手であることを幸いに、真っ先に嬲り殺そうとしたカス共への見せしめとして、地面に散らばった蔦をグジャグジャに踏み潰しながら宣言する。
たとえそのせいで俺の命が道連れになったとしても、後悔は少ししかなかった。
そんな俺の気持ちを理解したのか、化け物共はリーリアへの攻撃だけは完全に止めると、代わりに壁の中に隠れた外道共への攻撃を開始する。 自分達は絶対者であると錯覚していた馬鹿が一人、また一人と壁の中から引き摺り出され、次々と首が飛んでいく。
大気を切り裂く音だけを残し、周囲の地形を鞭のように打ち据えながら運動する朱い蔦。 それは人間の視覚に備わったフレームレートの限界を易々と振り切るほどに速く、俺には既に引き起こされた事象しか確認することが出来ない。
驚愕と絶望の表情を浮かべた生首が、ただ積み上がっていくのを。
「くっ、いつまで殺すつもりだコイツ……」
いくら相手がロクデナシのクズ共とはいえ、人の死に様を見せ付けられるのは相変わらずいい気分じゃない。 つくづく、自分が平時の人間に過ぎないことをまざまざと思い知らされる。
そう考えるうち、俺は今まで大暴れしていた蔦の動きが勝手に鈍っていくのに気が付く。 標的を見失ったのか、はたまた殺戮に喜びを見出せなくなったのか定かではないが、制御を試みるには良いチャンスに違いない。
「もういい、もう十分だろ。 飽きたならさっさと寝てろ」
これ以上ワケの分からないことはごめんだと、俺は深く呼吸を繰り返しながら背中の筋肉の動きに集中する。 どうやってこれを操作するのかなど全く見当もつかないが、俺の身体に宿る本能は、知らぬうちに植え込まれていた蔦の制御を多少なりとも理解していた。
「蔦がまたレイジ君の中に収まっていく?」
「多少なり俺の望みを聞いてくれるのはありがたいね。 後はクマさんに診て貰うまで大人しくして貰うと幸いなんだが」
ナターシャの体内に潜んでいた同類を摘出して見せたクマさんなら、何とか出来るかもしれないと俺は淡い希望を抱いて両足に力を込めた。
――刹那、突如として激しい眠気が、俺の意識を奪わんと頭の中に立ち籠め始める。
「何だ……これ……」
ただ眠たいだけなら睡眠不足で流せたかも知れないが、俺から肉体の主導権を再び奪いつつある植物共の動きから、それが否であることを突き付ける。
「研究初期に仕込んでおいた制御呪文が未だ機能するとは、セーフティとはかくあるべしだな」
「くっ!」
壁の中から注がれる僅かな魔力を伝い、頭の中に響く戯れ言。 それが眠気を強めるに従い、身体の中から激しい殺戮の衝動が湧き上がる。
この苦痛をもたらす愚か者を、今すぐ探し出して殺せと。
「ぐあああああ!!!」
停止と行動。 相反する命令と板挟みとなった俺の身体は、虫のような不気味な挙動で権力者共が埋まっていた壁のそばへと勝手に這い寄っていく。
壁が近づくにつれて強まる頭痛。 それは、俺に干渉する何者かが近くに潜んでいる何よりの証左だった。
「私の位置を嗅ぎ取って寄ってきたようだが、無駄な足掻きだ。 絞殺病を創ったのはこの私だぞ? もしもの時の備えをしていないはずがあるまい。 他の連中は全員死んだようだが、一人でも生きていればいくらでも再建出来る」
「やめろおおあああああああああああ””!!!」
名も知らない誰かが囀り、身体の中を蔦が動き回る都度に、全身の穴という穴から鮮血が止め処なく体外へと溢れて周囲を汚していく。
ハッキリ言って地獄だった。
このまま自分から溢れ出した血溜まりの中で狂死するのかと、絶望に近い感情を抱きながら遂には突っ伏してしまう。 動けなくなって尚、呼吸に合わせて高まり続ける痛みは遂には鼓動にすら連動するようになり、やがて……。
――何の唐突も無く、俺の身体から消えた。
「な……何だ……どうなってる……?」
今さら同情して痛みを消してくれるような輩じゃない。 なのに何故だと顔を上げた瞬間、俺の視界の中にリーリアの背中と、彼女の手で壁の中から引き摺り出され、首を刎ねられたクズの死体が入り込む。
「リーリア……?」
「コイツはたった今絞殺病を生み出したと自白した。 つまり私の両親の仇だった。 だから、私が殺さなければならなかったの」
俺を嬲ることに夢中になりすぎて、足下を見ることを忘れた結果訪れた結末。 それを知覚せぬまま死に逝ったクズの頭を踏み砕きながら、リーリアは血に塗れた顔をそのままに微笑む。
「私は狩人だからどれだけ血に汚れても構わない。 でも貴方は違う。 貴方は綺麗なままでいて、お願いだから」
殺しも知らず、平和な世界で生まれ育った俺を羨むように、笑うリーリア。
そんな彼女の頬を拭ってやりながら、俺は促す。
「……帰ろうか」
「ええ」
裏側の権力者連中が総じて居なくなった今、敢えて停滞させられていたこの世界がどう転がるか分からない。
でも、少なくとも今は、他人の未来を憂いてやれるほど余裕がある身分ではないことを、俺はイヤと言うほど思い知らされていた。
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