第33話 ~影に潜む者共~
頭の中に刻まれた確かな道筋を辿り、俺達は広大な空間の奧へ奧へと進んでいく。 懸念していた相手方の迎撃なども何故か無く、道中はただ静かだ。
気になることといえばリーリアの様子だが、数分前までの激しい動揺がなかったかのように、今はただ黙々と俺より先行し続けている。
一体何があったのか聞き出したいのは山々だが、彼女の醸し出す重苦しい雰囲気が、俺に対話を躊躇させていた。
しかし、張り詰めた空気の中で突如、慣れ親しんだ気配を感じ取ると俺もリーリアと共に思考を巡らす。
「ねぇレイジ君、この魔力の波長に覚えはない?」
「俺は君ほど魔力に過敏ではないから分からない。 でも言いたいことは分かる」
奧に進めば進むほど、既視感を覚える気配は大きくなっていく。 そして一際広い空洞へと飛び出した瞬間、この感覚の正体を察して絶句する。
「そんな……、まさかあれって……」
「間違いない。 あれは“門”だ。 だが何故こんなところに?」
大量の植物繊維と接続され、莫大な魔力をどこかへと流し続ける異界への出入り口。 俺とリーリアの家を繋ぐものと比べるとずっと大きく立派だが、何故か境界面が不安定に揺らぎ続けており、問題なく機能するかは定かではない。
一つ分かったことと言えば、この物体の存在を暴かれることを、影に潜み続けた権力者達が望んでいないことだけ。
「リーリア! 伏せるんだ!」
「くっ!」
空洞を形成する樹木の壁から一斉に放たれた魔力の奔流を目視すると同時、俺は反射的に覆い被さってリーリアを庇った。 普通の人間なら容易く焼き払えるであろう恐るべき熱と圧力の嵐も、何故か異常な耐久性を持つに至った俺に取ってはそよ風と何ら変わらない。
これで腹が立たないかと問われれば、全く別の話だが。
「そんなモンが俺に効くか馬鹿が!」
一方的に釣瓶打ちにされて許容出来るほど、慈悲深くはない。
この状況をすぐにでも打破するべく、俺は咄嗟にリーリアからナイフを借りると、殺気を感じる方向へ全力で投げた。 弾丸以上の速度で宙に撃ち出されたそれは、リーリアの制御によって大きく弧を描いて飛び、魔力の奔流を放つ樹木の壁をぐるりと大きく切り裂いて、そのまま床に深々と刃を突き立てる。
「やれたか?」
「いいえ、でも隠れ場所からは引き摺り出せたみたい」
悪意ある魔力の流れが途絶えたことによって俺はようやく身を起こすと、無防備に仰向けになっていたリーリアを助け起こす。
「ちょっと反撃されただけで攻撃を止めるなんてな。 ……撃ってきた馬鹿はどの辺にいる?」
「あそこ、さっきぶった切ってやったところに沢山隠れてたわ」
溢れる魔力を駆使して手元にナイフを引き寄せつつ、顎で悪意の根源を指し示すリーリア。
彼女の示した方へ視線を向けると、切り開かれた樹皮の下に隠れて、人間らしき物体が多数音も無く蠢いていた。 植物と半端に融合したそれらは、目玉だけを器用に動かし俺だけに視線を向けると、女々しい憎悪が有りっ丈込められた思念を発する。
「おのれ、ゴーレムにしては賢すぎると思っていたが成人した男だったとは……」
「それも忌まわしき異界人。 あれだけの仕掛けを軽く突破してきたのを察するに、ここよりもずっと文明が発達した世界出身だろう貴様」
「いや、別に俺の世界は物凄く発展してるワケじゃ……」
「謙遜のフリをした自慢か? 不快この上ないぞ小僧」
俺の考えや返答など一方的に否定しつつ、支離滅裂な妬みを撒き散らす人のような物体達。 彼らが何故人の姿を捨てて、植物と一体になったのかは分からない。 だが、ローザ婆さんから貰った木製チップに秘められていた情報のおかげで分かっていることもある。
彼らこそが、この一帯を支配する真の権力者達であることを。
「落ち着けよ、この世界だって完全に進歩が止まったワケじゃないだろ。 アンタ達だって権力者として学を修めてるなら分かるはずだ」
「黙れ。 発達した文明の中で不自由無く生きてきた貴様に、我らの屈辱など決して分かるものか」
「我々は他に類を見ない素晴らしい文明を、生涯かけて築き上げたはずだった」
「だが、他の世界に広がるそれと比べれば、我らが作ったのはあばら屋に過ぎなかったのだよ」
そう語る人間だった物体達の視線の先にあるのは、門の向こうで揺らぎ続ける無数の世界の蜃気楼。
しかし、ここよりもずっと発展した世界もあれば、成長途上の世界や文明という言葉が似つかわしくない荒廃した世界も当然存在する。
「ちょっとコンプレックスが強すぎるんじゃないか? この世界があらゆる世界に比べて特段劣っているってワケじゃない。 それにここには魔法なんて大きいアドバンテージだってあるんだ。 悲観しなくたって魔法が存在しない世界に比べれば発展していく可能性はずっと高いだろ」
「随分上から目線のご指摘だな。 こんなものがあるからこそ、この世界の発展は止まったのだ」
「そう、愚民共が知恵を絞らず、ただ楽に流れ続けたせいでな」
「我々は何も悪くない、悪いのは我々の期待を常に裏切り続けた虫けらどもよ」
「……男が働き盛りになる前に皆死ぬような小細工をやっておいて、その言い草なのか?」
「反乱分子を未然に抹殺し、秩序を維持するのも我々の使命だ」
「そうかい」
自分らの責任を棚に上げ、他人に全てを擦り付ける姿勢は、失策が続き拗らせた権力者そのもの。 ノブレス・オブリージュを投げ捨てた醜態は、この世界で真面目に生きてきたリーリアに再び強い憤りをもたらす。
だが、この一帯を支配していた人のような物体連中にとって、現地住人たるリーリアを手玉に取るのは息をするよりも容易かった。
「随分と苛立っているようだな小娘」
「だが、勢いだけで何とかなると考えているのなら甘すぎる」
「男相手にしか仕込みをやっていないと本気で思っていたのか?」
「戦いなんてものは、事が始まる前の身の振り方で全てが決まるものだ」
「なんですって?」
意味も分からずリーリアが問い返した瞬間、彼女の表情が苦痛で歪んだ。 抱いていた権力者への怒り全てが、そのまま苦しみに転化してしまったかのように蹲り、歯を食いしばって悶える。
「泣き叫びこそしなかったか。 仮にも腕利きの狩人なだけある」
「だが、その痩せ我慢がいつまで続くかな?」
「お前の中に存在する原因菌を取り除かない限り、その苦痛は死ぬまで続くぞ」
「痛みに狂って死ぬか、跪いて我々の靴を舐めるか好きな方を選びたまえ」
彼女の体内に潜む何かしらのコントロール権限でも握っているのか、人のような物体連中はサディスティックな笑みを浮かべ、リーリアの屈服を悠々と待ち続ける。
「リーリア……!」
出来ることなら今すぐにでもクズ共の懐に飛び込んで張り倒してやりたいが、それが今の俺には出来なかった。
決して臆病風に吹かれたワケでは無い。 ただこの場から一歩も動くことが出来なかった。 俺の動きを縛ったのは、頭のてっぺんから足先までを引き裂かれるような途方もない痛み。
つまり、人のような物体連中がリーリアにのみ仕掛けたはずの術が、何故か俺相手にも勝手に作用している。
何故? どうして? そんなことを悠長に考えている暇も無く、俺の背中が突然内側から引き裂かれた。
「うわあああああああ!?」
「え?」
「何だ? 何故貴様が!?」
痛みに悶えていたリーリアも、術をかけている側であるはずのクズ共も、何故か俺の方を見て言葉を失っている。
俺の体内から現れたのは、血のように赤く染まった無数の蔦。
リーリアの親父さんの自由意志を永遠に奪い去った、俺が決して持ち得るはずのない物が、目に見えない魔力の流れに乗って静かに揺らめいていた。
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