第32話 ~収束する歴史~

「神に選ばれし民草の皆様へ申し上げます。 家畜共の権力譲渡定期イベントは無事完遂しました。 不要となった御輿が処分され次第、次の御輿候補者の社会的立場を洗い出し、リストアップする予定です。 選定の権利をお持ちの方々は投票にご協力をお願いします」

「定期イベント? 投票? 一体どういうこと?」

「気にするな、今は先を急ごう。 騒動が一段落して誰か戻ってくる前に、ここが何なのかを突き止めるんだ」


 天井に張り巡らされた木の管を通して聞こえてくる無機質かつ悪趣味なアナウンス。 その意味を理解できずに首を傾げるリーリアに先導しながら、俺は行く手を阻む簡単な仕掛け(この世界の人間の常識では多分難しいもの)を操作していく。


 途方もなく巨大な樹木の内部に秘匿されていた空間。 そこは外部と隔絶されている場所とは思えぬほど広大であり、肌に感じる空気も春先の陽気のように心地良かった。


「とっても快適ね、まるで貴方の世界にあった空調が効いてるみたい」

「だが、この世界には普通ない物なんだろう?」

「ええ、せいぜい魔法で個室程度の部屋を短い間暖めたり冷ましたり出来る程度。 ……そのはずだったのに」


 天井に通された透明な管を流れる魔力を含んだ水が、窓一つ無い空間を日中のように明るく照らし、俺達の足取りを助けてくれる。 しかし明るいということは、遠方から存在が発覚しやすいのと同意である。


「……っ!」


 俺が何も気付かぬうちから気配を感じていたのか、リーリアは俺の真横を飛ぶように疾駆すると、物陰に隠れていた小さな影を引き摺り出して地面に叩き付けた。


 灯りの下へ無理矢理姿を晒されたのは、全身を包帯でぎっちりと包まれた人のような物体。 それはリーリアが構えたナイフを見て半狂乱になって泣き叫ぼうとするがすぐさま口を塞がれる。


 しかし彼から放たれる心の叫びは遮ることが出来ず、リーリアに向けられた悲鳴が魔力の繋がりを通して俺にも響く。


「ひぃいいいいいいい! やめて! 殺さないでくれええええ! 俺はここでずっと雑用をさせられてるだけなんだ! 誰も殺してなんかないんだよおおおお!」

「なら騒がないでさっさと失せなさい。 飼い主に何も知らせない限り、少なくとも害することはないわ」


 俺の目の前ということを意識しているのか、リーリアは小間使いの命を奪うことなく解放してやる。 もっとも保険はしっかりかけているのか、逃げていく小男の首に魔力の印が刻まれているのを、俺は見逃さなかった。


「別に俺の目なんて気にしなくても良かったんだぞ。 この世界での主導権は君にある」

「でも、人の惨い死に様を見たくなかったのは確かでしょ?」

「まぁ……、そうだけども……」

「だったら私だって気を遣うわ。 貴方の実生活まで尾を引くようなことをしたくないもの」


 小細工を目撃されているとも知らず屈託のない笑みを浮かべるリーリアの姿に、俺は微かな危うさを抱く。


 この世界の常識だから冷徹に動くのか、それが彼女の本性だからなのか。 魔力の繋がりこそあれど彼女の深い意識は全く分からず、憶測だけが俺の中で積み重なっていった。


「どうしたのレイジ君?」

「何でもない。 それより一旦道を変えよう。 流石にここじゃ目立つ」


 人通りが無いに等しいとはいえ、発見の連鎖が続いてお偉方に侵入が知られては不味いと、俺はリーリアを物陰が多い脇道に誘う。


 なるべく時間を食うような行動は避けたいが、背に腹は代えられない。 もっとも、具体的な行動の指針がない以上、時間は過ぎていくばかりなのだが。


 どうしたものかと互いに途方にくれていた矢先、リーリアはふと思い出したように顔を上げると、俺がローザ婆さんに持たされた袋を指差した。


「そういえばレイジ君、御婆様から何を預けられた物の中身は見た?」

「いや、そういえばそんな物もあったな」


 貴族共のことさえハッキリ知らされてない以上、さらに秘匿されていたここで役に立つ情報はほとんど無いだろうと、すこしの期待も抱かずに俺は袋の中に詰め込まれていたものを引っ張り出す。


 中に入っていたのは、俺に授けられた自動翻訳の加護でも訳されない特殊な文字が刻まれた複数の木片。 しかもリーリアですらその字を読めないようで、彼女は怪訝な顔をしながらそのうちの一つを注意深くつまんで見せる。


「何これ? こんなガラクタが一体何の役に立つの?」

「……いや待ってくれ、これに似たものを俺は知っている」


 よくよく見ると、木片の端っこには端子状の模様が描かれ、全体的に電子的記憶媒体にそっくりな形に加工されている。 単なる偶然かもしれないが、もしかしたらという微かな可能性に賭けて、俺は試しに自分の内部から引っ張り出した魔力をそれに流して見る。


 そうしろと指示があったワケでは無いが、この世界特有の要素といえば魔力以外に思いつかなかった故に。


「ぐっ!?」


 ――刹那、視界の中を大量のノイズが入り乱れ、俺の全身から力が抜けていった。


「レイジ君!? どうしたのしっかりして!」

「俺にも分からない! 何なんだこれは!?」


 視界の中を存在しないはずの光が迸り、それに伴って激しい頭痛が俺を痛め付ける。


「あのババァ……! 一体この子に何をさせるつもりだったんだ!」


 目まぐるしく全身を駆け巡る不快感と痛みに悶え、堪らず俺は膝をついた。 しかしそれも束の間、コンピュータが外部からの知識を受け入れるように、俺の頭の中に知らない知識が注ぎ込まれてくる。


 ここに至って、俺はローザ婆さんが渡した物が何であるかを理解した。


「なるほどな、つまり魔法を使える者を対象とした大規模記憶媒体。 結局どこの世界の人間も、考えることは収束するってことか」

「うぅ~……、私の頭の中にも何か入ってくる~」

「リーリア、気持ち悪いなら一旦接続を断ってもいいんだぞ」

「……ううんやめない、私だって知りたいことがあるから」


 頭の中に注ぎ込まれる情報量に混乱するリーリアを気にかけながらも、俺は視界の中に浮かぶウィンドウに触れ、書かれている物を次々と読み耽っていく。


「絞殺病克服の歴史、魔物の抗体と絞殺病の関係と可能性、人造風土病拡散時に見られる下等共の社会的行動について……。 へぇこりゃまた、ここのお偉方は随分ときな臭いことをやって来たみたいだな」


 情報の海に潜れば潜るほど出るわ出るわ、自然発生したかのように見せかけた人造の病を利用して行われた非道な行いの数々。


 思わず虫唾が走るのを感じながらも黙って眺めていくうち、俺は何故か気になる文字が視界をよぎり思わず口走る。


「逃亡防止用寄生体運用記録報告書。 テスト被検体名“ゴードン・シャミナ”」

「え……?」


 俺の読み上げた名前を聞いた瞬間、リーリアの動きが突如完全に固まった。 まるで鈍器で殴られた直後そのまま時が止まったかのように、絶望に満ち満ちた目でこちらを見つめている。


「どうしたリーリア?」

「ううん何でもない……、何でも……ないの……」


 必死に平静を取り繕い笑ってみせるリーリアだが、彼女の精神が乱れているのは明らかに分かっている。 特に彼女と繋がった魔力から直に伝わってくるざらつくようなノイズは、収めようにも抑えきれない激情の表現そのもの。


「……行こうか」


 木片に秘されていた情報のおかげで行くべき場所が分かった以上、いつまでもうろうろする必要は無い。


 リーリアの心の底から湧き上がる得体の知れない感情に急かされるように、俺はただ足を動かした。


 どこからか吸い上げられた膨大な魔力が集約する、大樹の心臓部へと。

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