第31話 ~あるはずの無いもの~

 結果だけ言えば、俺とリーリアが辿り着く前に大勢は決していた。


 長年、領地の防衛を怪物共に押し付けていたせいで私兵共の質が落ちていたのか、狩人の集団は貴族達を護る最後の防衛網を容易く打ち破り、屋敷への突入を完了させていた。


 あまりに一方的な戦闘だったのか狩人側も貴族側も一切の死者が無いようで、無力化されて転がされた捕虜が大量に広場に並べられている。


「この低脳共!自分達が何をやってるのか分かっているのか!?」

「その言葉、そっくりそのままお返ししようかボンレスハム共」


 先制攻撃を仕掛けた側であるにも関わらず、簀巻きにされた私兵共はすっとぼけたように自分達に責任がないと主張するが、寝言を聞かされた見張りの狩人はただ無言でペチペチと兵隊達の額を引っぱたいていく。 彼女の様子を見るに、貴族共の内情に心底呆れ果てているようで、そこには敬意の欠片も感じさせなかった。


 やがて、屋敷の中から一際高い歓声が上がると、狩人達の注目も自然とそちらへ集まっていく。


「捕らえた! 私らをゴミのように見ていたカスをようやく捕らえたぞ!」


 ワッとはやし立てる声の中心には、番犬代わりに飼われていたらしき魔物の首を槍の先端に掲げた、反乱の首魁らしき女傑が悠然と歩いて行くのが窺えた。


「リーリア、あの人を知ってるか?」

「えぇ、魔法を考慮しなければこの辺の集落で一番強い人。 普段は物静かで思慮深い人なんだけど、ここまでコケにされたら流石に黙っていられなかったのね」


 面目を潰されたらそれ相応の報復という価値観はどこの世界でも通じるようで、女傑の背後に控えていた屈強な狩人達が、ブタのように肥え太った貴族らしき醜い女共を、威勢の良いかけ声に合わせて屋敷の中から引き摺り出していく。


 当然そこに気遣いや慈悲などない。


「くそ! やめろ動物共! 私達は絶対なる神に選ばれた清らかなる血筋なのだぞ!!!」

「こんなぶくぶくになった身体をした連中が神聖で清らかな血筋だぁ? 冗談は顔だけにしとけ」


 諦め悪く過去の偉人の栄光を笠に着て何とか貴族共は虚勢を張るが、歴戦の狩人達の態度は至極辛辣で、逆に貴族共のはち切れんばかりに膨らんだ腹をイヤミを込めてピチパチと引っぱたくばかり。


 ここまで徹底して“偉い人”としてのメッキを剥がされると狩人達も遠慮無く動けるようで、後生大事に屋敷内で死蔵されていた大量の武器や食料、その他物資等が次々と略奪の憂き目に遭っていった。


「展開が早いのはいいことだ、戦いが無駄に長引いて良い事なんて一つもないからな」


 最早戦後処理と言っても過言では状況を目にして、俺は無意識に肩へ入っていた力を抜く。


「俺達が何かするまでもなくて良かったなリーリア。 見つかって面倒なことになる前にさっさと帰ろう。 俺達に出来ることなんて今さら何も無いだろ?」


 あんなタフな女性らに見つかって囲まれたらどうなるか、ちょっと考えただけでも身の毛がよだつと俺は遠回しにリーリアへ伝えるが、返事がない。


 何事かとよくよく様子を窺うと、彼女の視線は貴族共でも仲間の狩人達でもなく、からっぽになった屋敷の方へ釘付けになっていた。


「リーリア? どうした?」

「今、屋敷の中から微かだけど魔力の気配を感じたの。 私の同胞のものとは全く異質な魔力を」

「何だと?」


 魔法の扱い方に優れたリーリアだからこそ気付くことが出来たのか、彼女は少し考え込んだ後、すぐに縋るような視線を送ってくる。


「ごめんねレイジ君、もう少し私に付き合ってくれる?」

「危なくなったらすぐに逃げ帰る。 それでもいいなら」

「うん、ありがとう」


 巧遅は拙速に及ばず。


 同じ格言がこの世界にあるかは定かではないが、俺の了承の言葉を聞くと同時にリーリアは屋敷の最上階から躊躇無く飛び込んでいき、慌てて俺もその後を追った。


 制圧や略奪が済み、誰もいなくなった屋敷の最奥へと。


「リーリア、君が気配を感じた場所ってどこだい?」

「物凄くアバウトだけど、多分一番偉いお貴族様が私室にしていた部屋当たりよ」

「ということは、お偉方だけが知ってる秘密の脱出口があってもおかしくないわけか……」


 様々な憶測を重ねつつ辿り着いたのは、略奪の憂き目に遭って荒れに荒らされた屋敷の主人の部屋。


 既に粗方捜索を終えているのか、壁を隠すには好都合な本棚や巨大な絵があちこちに散乱し、いかにも何かしら仕掛けられていそうな不思議な紋様の壁が剥き出しになっているが、リーリアはそれらには一切興味を見せず、何かに引き寄せられるように部屋の中央へと歩み寄っていく。


 一見、引き裂かれたゴミが乱雑に積み上げられただけにしか見えない場所。 しかし彼女が何かを払うように手を動かすと、高度な魔術のベールに隠されていたものが床に浮かび上がった。


 この世界では、まだ発明されていないはずの物が。


「レイジ君これって……」

「機械だと? 何故こんな物がこの世界にある?」


 まだ初歩的な段階だが、歯車やそこそこ複雑な機構が組み込まれたそれは、この世界ではかなり高度なもの。 もっとも、機械が身近に存在する世界出身の俺に取っては知育パズルとなんら変わりは無い。


 訳も分からず頭を捻るリーリアの代わりにさっさと解いてやると、分厚い床板に隠されていた通路が、もったいぶったようにゆっくりと日の目を見た。


「……っ」

「不安か?」

「ちょっとだけね、でも今さら引き返すことなんて出来ない」

「だろうな」


 権力者の手によりここまで厳重に隠されていた以上、公に出来ない何かが必ずこの先にある。


 そんな強い確信を互いに抱きつつ、俺とリーリアは静かに且つ素早く、闇に包まれた通路を降りていった。


 微かに血の匂いが混じる澱んだ空気に、軽い吐き気を催しながら。

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