第30話 ~幽鬼の導き~
リーリアが普段世話になっている集落に向かう。 言葉にすれば至極簡単なことだが、実態はその真逆であった。
オスの羆以上の体格をし、イカやタコのような触腕を備えたグロテスクな化け物が、枝の間を鳥のように飛び回りながら複数で襲ってくる。 俺だから何とかなるものの、普通の人間からしてみれば生ける災害と言っても大袈裟ではない。
「リーリア! コイツらは何なんだ!? この辺の化け物は狩り尽くしたんじゃないのか!?」
話が違うと俺は思わず声を荒げてしまったが、リーリアは動じることなく化け物共の動きを目で追いつつ、魔力を帯びて浮き上がったナイフを周囲に舞わせる。
「どうやら元の縄張りの主が狩られたのをいいことに、別のところで繁殖していた連中が勢力を伸ばしてきたみたい。 とは言ってもコイツら一匹一匹は大したことないから、貴方のスパーリングにはいいかもしれないわ」
「気軽に言わないでくれないか?」
人間相手の喧嘩ならともかく、化け物相手の殺し合いにすぐさま適応出来るわけがない。
今出来ることと言えば、俺目掛けて飛来してくる触腕の鞭を何とか受け止めて拘束し、その隙にリーリアにトドメを刺して貰う程度。
「止めたぞ!」
「分かった」
俺の合図に従ってナイフの刃先が化け物の急所を貫く都度に、迸った鮮血が周辺の緑を紅葉の如く染めていく。
「大丈夫レイジ君? こういうこと慣れてないでしょ?」
「そりゃそうだけどな、この際贅沢言ってられないだろ!」
情けや慈悲を見せてもただ喰われるだけ。 同胞が狩られて尚、嬉々として襲撃を継続する名も知らぬ化け物共のツラを見て確信しながら、俺は自分が出来ることに心血を注ぐ。
結果、俺達の通った後には死体が山のように積み上がり、殺戮の臭いを嗅ぎ付けて現れた小型の化け物共がそれらを次々持ち去っていった。 極まった食物連鎖のサイクルの早さに俺は内心度肝を抜かれながらも、慎重に先導してくれるリーリアの思念にしたがって足を飛ばす。
「……っ」
「リーリアどうした?」
「死体漁りの連中が現れるのが少し早いなって思ったの。 奴等だって狩りの標的になるから集落まで滅多に近寄らないはずなのに……」
まるで最初からそこで待ち受けていたようだと、リーリアは不安げに語りながら頬に滴る返り血を拭う。
「何か集落にいるかもしれない。 気を引き締めておいて」
「君んちを出てからずっと臨戦態勢だよこっちは」
彼女にとっては日常であるかもしれないが、平時に生きる者にとっては何もかもが異常事態でしかない。 不意に殺されないことだけを強く願いながら、俺は次第に早足になっていくリーリアの後を急いで追った。
俺と彼女の間に、突如として人のような何かが大量に落ちてくるまでは。
「ああああああああうあああ!!!!」
「っ!?」
耳障りな奇声をあげつつ襲ってきたのは、全身の穴という穴から得体の知れない植物の根や枝を生やした人間の成れ果て。
リーリアの親父さん同様、人間的自由意志を失った植物性ゾンビ達は、まだ人間として生きている者を憎むかのように殺到してきた。
だが、俺もこんな所で殺されるつもりはない。
「このタコどもが!」
誰かに声を聞かれぬよう心の中で怒鳴りながら、向かい来るゾンビ共を殴っては蹴って投げ飛ばす。 打撃が命中する都度に骨がへし折れる鈍い音が響き、吹っ飛んでいった相手は足場に叩き付けられた衝撃で身体中の筋肉が断裂していくが、完全に死に至ることはない。
「あ……あうあああうああ……!」
「ごめんなさい」
俺が集団を相手に大暴れしている隙に、リーリアは動けなくなった元同胞のそばへ駆け寄ると、持っていたナイフで急所を一突きして確実なトドメを刺していく。
「どういうこと? 女にまで爆発的に感染が広がるなんて聞いてない」
「これは異常なことなのか?」
「こんなことが日常だったら私達はとっくに絶滅してるわ」
不可抗力だったとはいえ、身内だったものに刃を突き入れるのは流石に堪えるのか、少し乱暴に言い捨てるリーリアの横顔は、どこか疲れ果てたようにも見えた。
「リーリア……」
ヌルい世界で気楽に生きている俺から言えることなど何も無いかもしれないが、せめて慰めの一言でもかけられないかと思案するも、それを口に出すよりも先に彼女の方から指示が届く。
「人の気配が近寄ってくる。 分かってるわねレイジ君」
「あぁ、心配するな」
ロボットもしくは人形のように、リーリアの背後で棒立ちになりながら目だけで周囲を様子を探る。 すると程なくして枯れ枝のような老婆が、血で汚れたナタを片手に音も無く、枝葉の影から降りてきた。
誰なのかと魔力の繋がりを通して問うと、向かうはずだった集落を束ねる長のような人だと、いかにもらしい答えが返ってくる。
「ご機嫌麗しゅう御座います、ローザ御婆様」
「誰かと思えば久しいじゃないかリーリア。 荷物持ちのゴーレムまで引き連れてるなんて長らく遠征でもやってたのかい?」
「ええまぁ……。 そんなことより何事です? どうして絞殺病がここまで蔓延しているんです?」
俺の存在を追求されなかったことへの安堵と共に伝わってくる強い憤り。 それを意識してか老練な狩人は、得物にこびり付いた血や肉片を拭いつつ、手短に説明へと移る。
「半狂乱になって集落に入ってきた貴族の犬共の身体が文字通り爆発して菌を盛大にばらまいた。 運良く室内にいた者は難を逃れたが……、騒ぎを聞き付けた連中のほとんどは内側から食い破られて死んだよ。 介錯を拒否して施設から逃げ出した男共のようにな」
リーリアの微かに強張った顔と、何故か人形のフリをする俺にも時折視線を投げかけながら語るローザ。 穏やかな口調ながらも冷たい眼差しをした老婆は、開きっぱなしになっている死体の目を閉じてやりながら問う。
「他の連中は既にクレームを付けに行ったが、お前も貴族共の所に行くつもりかい?」
「……ペットの責任は飼い主が取るのが常識でしょう?」
「ならさっさと行った方がいい。 普段は怠けてる腕っこき共も皆怒り心頭で突っ込んでいったからな。 下手するとお楽しみまで終わっているかもしれんぞ」
思った以上に強気な返答がおかしかったのか、ローザはフフッと小さく笑うと、何かを纏めた革袋をリーリアに投げて寄越した。 予想外に重たかったのか、受け取ったリーリアはよろめきながらも何とか体勢を立て直すと、俺に指示している体でさり気なく持たせてくる。
「これは?」
「貴族の犬共がワザワザ遺していったものだ。 色々役に立つかもしれんからお前にくれてやる」
「あ……、ありがとう御座います」
「礼はいらないからさっさと行け。 万一獲物に逃げられたら狩人の恥だよ」
しっしとハンドサインを混ぜて促すローザに従うがまま、リーリアは棒立ちになっていた俺に手招きをしつつ、木々の間を跳んでいく。
それに習って俺もすかさず彼女を追いかけていくが、身を捩る動作をして無意識に背後を見た瞬間、思わずハッと息を止めてしまった。
ローザは見ていた。
先を急ぐリーリアではなく、植物の鎧に包まれ完全に傀儡として振る舞っているはずの俺自身を。
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